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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第二章 仙国スオウ編
33/54

予知された者たち

 スオウを覆っていた大結界が極光と共に消失した。

 サキさんやアウリーがどうにかやり遂げたということだろう。


 なるべく精霊との契約を隠したい俺だがいつ命が失われてもおかしくないこの絶望的状況下で何もしないつもりはない。

 ここまで天守閣にて戦場を見下ろすだけだったのにはもちろん理由があった。


 俺は開戦からずっと四大聖獣の一角であるはずのケトゥスを警戒していたのだ。

 わずかな動きや動作を見逃さないために。

 大海の策謀者と呼ばれていた奴が攻撃を受ける危険のある中で何故前進をしていたのかずっと考えていた。

 その答えは急な魔力の高まりで察することができた。


 かの大賢者は気付いたのだ。

 圧倒的優勢の戦況を覆しかねない一手の存在に。

 故に自らの身を危険に晒してまでも儀式を進めるサキさん達を排除しようと動いた。


 賢き鯨が儀式を邪魔するならばこれを迎撃する者が必要となる。

 だからこそ俺は戦場全域を俯瞰でき、儀式に最も近く守りやすい天守閣に控えていたのだ。

 ケトゥスから放たれたのは三発の水弾。

 高速で迫る凶弾が生半可な威力ではないのは見ればわかる。

 加えて相手は創成から生きる伝説の存在、もし直撃すれば精霊とて無事では済まないし儀式の続行は危ういだろう。

 かといって並の魔術程度で迎撃できる威力でもないだろう。

 その時、二の丸の方から赤紫色の閃光が飛翔し直線上にあった二発の水弾を穿った。

 見れば本来固定して使用する魔導砲を肩に担ぎ撃ち放ったオリベ国主の姿があった。

 鼓膜が破れたのか耳から血を流しながら天守を見上げて俺へと何かを言った。

 もちろん聞こえないがその瞳に宿っていたのは……信頼。


「その信頼に応えないわけにはいかないよな」

 

 そう呟きながら()()()()を発動させる。

 精霊魔法とは契約している精霊の力を借りて精霊にしか使えない魔法のことを指す。

 しかし、俺がこれから使おうとしている精霊魔法は精霊を介さない。

 俺もただ本を読み漁っているわけではない。

 本や書物には無限の知識とアイデアが詰まっているのだからそれを応用できないかと考えることは当然ある。

 そしてあるとき思ったのだ。

 精霊魔法も魔術と同じく術式に落とし込めるのではないかと。

 今まで読んだ本の蓄積した知識を総動員して暇潰し的に研究してみた結果、できてしまった。

 といっても術式というよりは召喚魔術の際に描く陣に近い。


 …ふと思ったがこのお粗末なものを精霊魔法と呼ぶのはアウリーに怒られる気がするな……。

 また別の名称を考えておこう。


 水弾がサキさんの数メートルになったタイミングで軌道上に仕込んだ精霊魔法を炸裂させた。

 巨大な水弾は辺りに水飛沫を激しく撒き散らしながら霧散した。

 それとほぼ同時に光が視界を埋め尽くした。

 目を開けば空を覆っていた結界の姿はどこにも見当たらない。


「無事終わったってことか」

 

 安堵する一方でやはり疑問が生じる。

 予知夢に従ってスオウを覆っていた魔封じの大結界は解き放つことができた。

 しかし、魔力を手にしたところですぐに魔術を使えるわけではない。

 これでどうなるのかはまさしく未知数。

 

 変化が起きるよりも先に突然ケトゥスが咆哮を上げ、プリア海に数多の魔物が出現した。

 少なくとも今まで戦っていた魔物の倍の数はいるだろう。

 新手の魔物の大群は津波の如くスオウへと殺到した。 

 持ち堪えていた前線が崩壊する。

 誰もがそう思い絶望した。

 その瞬間、最も魔物が殺到していた右翼へ光の矢が降り注いだ。

 青白く輝く矢の全てが的確に魔石を貫いていた。

 何が起きたかわからずに敵味方問わず硬直する中、俺はケトゥスからも意識を外してある方向を見ていた。

 レインを超えるほどの膨大な魔力が集まるその場所を。





「…マジか……。 元々ヤバい性能の弓だとは思ってたけどここまで壊れてたんだ……」

 

 つい数刻前に気をつけようと言っておきながら思わず心の声が出てしまうほどに彼は驚いていた。


 ある時突然周防に現れ、類稀なる弓術と知謀で出自不明にも関わらずたった一年で将軍まで登り詰め、この京都防衛線にて周防軍の総大将を担うことになった青年、毛利翼。


 翼の名が知られ始めた頃、家老である細川優里は直轄の諜報部隊御庭番衆に謎多き翼の身辺を調べさせたことがあった。

 周防の諜報能力は列国に劣るどころか帝国相手でも引けを取らないほどに高い水準にある。

 そんな御庭番衆ですら彼の過去に関する情報は手に入れることができなかった。

 しかしそれは当然のことだった。

 何故なら毛利翼は異世界からの転生者なのだから。


「やっと条件が整ったんだし無双系主人公目指してもいいよなぁ」


 翼は転生の際にアテネと名乗った神より封印された弓を授かっていた。

 名を【ミストルティン】。

 この弓には放たれる矢の速度上昇が付与されており、封印されている状態でも十分な強さを持っていたが、その封印は今解き放たれた。

 転生以来、翼はずっと封印から解き放つ方法を探していた。

 アテネから言われた『永き隔たりの壁』の正体を。

 スオウが光に包まれた時、頭に響いた声は封印の解除と新たな力を示した。


 翼は矢をつがえずに空へ向けて弓の弦を引き絞る。

 すると青白く光を放つ矢が現れた。

 

 【ミストルティン】には吸魔弓という別名がある。

 周囲の魔力を集め、魔力の限り無限に矢を生成する。

 そして放たれる矢は必中を宿す。

 一度狙われて矢を放たれれば対象に当たるまで追尾してくるという破格の能力を持っていたのだ。

 

「右翼の次は……ふっ!」

 

 鋭く短い声と共に引き絞り張り詰めた弦を解放した。

 放たれた必中の矢は天高く昇り、空中で雨へと姿を変えて左翼へと降り注いだ。

 狙い通り魔石を撃ち抜かれた魔物から次々に倒れていく。


「…うーん、やっぱり強すぎると思うんだよなぁ……」


 たった二射で二百以上の魔物を倒した青年は苦笑しながら三射目を放つ態勢に入った。

 

 



 キョウト南西に築かれた氷壁の内側で繰り広げられていた戦いは大きく状況を変えていた。

 獲物に至る道を塞いだ一人の少女を蹂躙するべく襲いかかった三百体近い魔物の大群は残り二体まで数を減らしていた。

 たった一人の少女に蹂躙されたのだ。

 気温が大きく下がる凍氷の舞台で役者のように舞い民を襲おうとした卑劣な魔物を殲滅したレインは最後の二体を見据えた。

 

 レインと相対するのはジャイアントフロッグとマーシャルタートルという魔物でどちらもA級に属する。

 ジャイアントフロッグは名前から想像できるように巨大な蛙の魔物でレインの前にいるものは体長三メートルはある大物だ。

 マーシャルタートルの甲羅はミスリルのように硬く並みの武器では傷をつけることすらも難しい。

 加えてあらゆる魔術を跳ね返すという性質も持ち合わせており魔術士殺しとも呼ばれている。


「これで終わらせます」


 ジャイアントフロッグの体躯よりも巨大な氷柱を二本頭上に滞空させた少女が告げる。

 魔術の基礎知識を持つ者ならばその光景の異常さに気づくだろう。

 

 魔術において詠唱は必要不可欠であるというのが一般常識。

 ほとんどの魔術書にも必ず詠唱文が記載されている。

 魔術は千変万化、使いたい魔術をどれだけ鮮明に想像し創造できるかが魔術師としての格を決める。

 詠唱とは術者が使用する魔術をイメージしやすいように先人たちが定めたものなのだ。


 今回レインが使ったの水系統魔術第九階位に属する『凍龍槍』。

 並みの人間にはできない高等魔術なのだがそれを無詠唱で、更には複数の魔術を同時に展開する多重詠唱も用いている。

 これほどの魔術師は最も魔術が栄えるシャラファス王国ですら希少なことだろう。


 膨大な魔力がレインを中心に広がり付近には冷気が漂い始めた。

 A級ともなればある程度の知能を持つ。

 龍をも刺し貫く氷槍の標的となった二体はそれぞれが生き残るための行動に移った。

 亀は絶対的防御を誇る甲羅に立て籠り、蛙は離脱すべく強靭な両脚へと力を込める。

 それすらが無駄だった。


 既にこの場所はレインの舞台となっていた。

 辺り一体は凍りつき氷点下へと至っている。

 魔物とは動物が魔力を過剰に吸収しすぎたことによる変異とされている。

 つまり、

 

 「動物としての習性や特徴は残る。詰みです」


 そう、氷の舞台が整った時点で結果は決まっていたのだ。

 亀も蛙も寒くなれば身体の動きが鈍くなり冬眠する。

 魔物とて同じことだと知っているからこその氷の世界。

 この戦いの終末を告げる轟音が響き渡った。

 跳ね返すこともできず甲羅ごと差し貫かれた大亀とかわすこともできずに穿たれた蛙が戦いの勝者を表していた。

 

 「あとは……」


 常人の数十倍の魔力を使った疲労を見せることなく少女は残された最後の戦場へと動き出した。

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