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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第二章 仙国スオウ編
32/43

紡ぐ希望

 地中から溢れるように現れた魔物の大群。

 戦う術を持たない無力な人間へと迫る魔物の先頭は既に獲物を視界に捉えていた。

 護衛の兵士達は少数で少しでも時間を稼ごうと応戦するが数が違う。

 勇敢にも戦った十数人の兵士はすぐに魔物の流れに呑み込まれ死者へと変わる。

 死体は踏み潰し荒らされ原型を留めることも叶わない。

 一瞬で周囲の大地を朱色に染め上げていく。


 だが刹那の時間稼ぎが彼女の到着を間に合わせた。


 魔物の強靭な牙が、鋭利な爪が民へと振りかざされた瞬間、巨大な氷柱が先頭の魔物たちを貫き地面へと突き刺さった。

 魔物も逃げる者たちも足を止めて一様に氷柱の上に立つ少女を見上げた。


 地面を凍らせその上を追い風と共に滑りやってきた彼女は骸すら残せなかった兵たちに一言謝ってから魔物たちを見据える。

 風になびく薄紅色の髪は静かに燃える炎の如く。

 透き通る深緑の瞳は怒りに震えていた。


「…魔物に道理を説くのは無駄。理性などないこともわかっています。それでも……戦場に立ち今もなお懸命に故郷を、大切な人を守ろうとする人々を嘲笑うようなこの行動。…私は許さない。あの時のように誰かを喪う思いを誰にもして欲しくない。もしこれがあの鯨の統率によるものなら……私が必ずこの手で倒します」


 そう言い放った少女、レイン・フォン・アストレグと民たちの間に数十メートルにも渡る氷壁が出現した。


「魔物が全て息絶えるか、私の魔力が尽きるのが先か、勝負です」


 咆哮をあげて迫る獣たちを氷柱の雨が迎え撃った。





 地上に湧いて出た魔物の対処はレインが行ってくれた。

 彼女の魔力量はアルニア皇国随一、長期戦に耐えられる希少な魔術師ではあるが限りはある。

 魔物の最後方から赤騎団がすごい勢いで背を討っているがレインの魔力枯渇前に間に合うかどうかは彼ら次第だろう。

 なんとか間に合うといいが。


 レインの到着も少数の護衛の兵達が稼いだ刹那の時間がなければ既に少なくない数の民が犠牲になっていただろう。

 …いや、今は考えている場合じゃない。

 今一番対処しなければらないのは……。


「王様気取りのくせに動くのかよ…」


 魔物たちの攻勢と同時に鯨、ケトゥスがゆっくりとキョウトの地へと進み始めていた。


「無数の魔物を統率して揺さぶる策を弄しながらも攻め時は見逃さない。敵にすれば面倒で嫌な類の指揮官だなまったく…」


 今の局面で重要なのは相手の思考を理解すること。

 あの前進は勝利を確信したダメ押しの前進なのか、それとも自らを囮として誘き出した人間を蹴散らすためなのか。


 創世神や四大聖獣が描かれている創世記の一節でケトゥスはこう記されていた。


【海の守護者であるケトゥスは心優しく賢い。人や動物の悩みや疑問に答え、創世神ノアの良き相談相手だったことから海の大賢者とも呼ばれていた】


 これは有名な話なので知っている者も多い。

 だが創世からの千年を描く伝記、皇国図書館に残っていた絶版本の中にはこうも残っていた。


【魔界から悪魔が攻め込んできた時、残虐極まる戦禍が海へと広がることを憂いたケトゥスは海に住まう者達を率いて迫り来る無数の悪魔を翻弄した。巧みな指揮と無駄のない策略、時に自らを囮とした大胆な行動に悪魔は翻弄され打倒された。以来、悪魔達は海に近づくことは無くなりケトゥスを大海の策謀者と呼んだ】


 他の物語にもケトゥスの存在は描かれているが大半は心優しい知恵者と残されている。

 

 しかし、今は違う。

 魔物を自らの手足のように扱い、人の性質をよく理解して戦力の分散を図り、前線が薄くなったタイミングを逃さない。

 大海の策謀者の名に相応しい知謀は魔に堕ちてなお健在ということだ。


「そんな知恵者が無防備に前に出るわけがない」


 四大聖獣とはいえど今を生きるもの。

 もちろん刃を突き立てられれば傷もできるはず。

 加えて水軍の魔導砲や白鳳騎士団の魔術も目にしている。

 それでも前進を続けるということは何かある。


 思考を回している間にも右翼の船が徐々に沈み、海上の第一防衛線を突破した魔物が上陸始めた。

 魔物の転身と同時に左翼前線に布陣していたオニシマヅを半数ほど右翼の援軍に回していたこともあって右翼は耐えれているが長くは持たないだろう。


「まだなのか…?」


 開戦から一刻は過ぎている。

 頭上で儀式を行う精霊王たちへ向けた俺の呟きは誰に届くことなく虚空へと消えた。





 首都キョウトの遙か上空には二人の少女の姿がある。

 風を司る精霊の王、アウリー。

 光を司る新たなる精霊の王、サキ。

 開戦から一刻が経過しているが結界の解除は未だ進んでいない。


「もっと魔力を込めて……ああっ、込め過ぎ込め過ぎ!」

「うぅ…」


 精霊王となったばかりのサキにとって証たる王印の力は大き過ぎた。

 王印は周囲に漂う魔力を自らへと取り込む体外器官のようなものでそこから吸収される魔力の総量は計り知れない。

 現在のサキは大きすぎる力を手に入れて加減が一切わからなくなっているのである。

 今まで三割の魔力を込めて放てば魔物が倒れていたものが一割込めれば魔物どころか地面に大穴が穿たれるようになっているのだ。


「むぅ…あとはサキが力加減をわかってくれれば解除までいけるんだけどなぁ」

「すみません…中々コツが……」

「私は自然とできちゃったからこれ以上の助言も難しいし…。ねぇ何かいい方法ない?」


 この場にはアウリーとサキしか人の姿はない。

 だが人影は他に四人分揺らめいている。


『オレは加減しねぇからわからねーわ! グッと力を注いでバッと弄ればいけちまうしな! ガッハッハッ!』

「なんで貴方が繊細なことをできるのか私はほんとにわからないよ…」


 呆れるアウリー。

 紅色の人影の豪快な笑い声はいっそ清々しい。

 

『力の使い方は一長一短で身につけられるものじゃないからね…』

『残念だけど僕も力にはなれないかな。僕とその子は力の方向性が真逆だしね』


 青朽葉あおくちば色の人影は右手を顎にあてて考え込み、黒鳶くろとび色の人影はお手上げとばかりに両手をあげた。


「そうだよね」


 アウリーもあまり期待はしていなかった。

 この場に集う彼らは元々できてしまう天才たちだから。

 ただ一人、平凡な才能でありながら努力をもって王へと至った彼女を除いて。

 

『…力加減を考えすぎちゃダメ』

『わ』

『え』


 天色の人影が声を上げたことに他の人影からも思わず声が漏れた。

 彼女の親友であるアウリーですら驚いた。

 極度の人見知りで数百年の付き合いである他の精霊王にでさえ自分から話しかけることはない。

 自分から話かける相手といえばアウリーとプラールくらいだった。

 

『…あなたは何を思って誰のために何をするの?』


 人影に目はない。

 だが心の内側を見つめる視線をサキは感じていた。


「…私の大事な場所を、大事な人たちを守るために、結界を解く」

『ならそれ以外考えなくていい。大事に想う場所、人……それだけを思いながら魔力を込めて』

「大事な…」


 サキは瞼を閉じて五感全てを遮断した。

 スオウ初代国主の残した言葉にこんなものがある。

 

 想いの力は無限の可能性を秘めている。

 時に凡才の想いは天才の才能にも勝つ。


 抽象的だと笑うものもいるだろう。

 迷信だと鼻で笑うものもいるだろう。

 

 だが、奇跡というものは常に想いの隣にあり強い想いの元に訪れるのだ。


 唐突にスオウ全土を覆う光の膜が可視化された。

 最北に位置する軍事都市である米沢からも、

 最西にて連合国家マルシアの再侵攻に備える港湾都市の七尾からも、

 スオウ一の商業都市であり今は救援部隊の兵站を担う河越からも、

 攻勢強まる魔物たちから寡兵で守り抜く上田からも、

 魔の森林の手前で柳川奪還のため激戦を繰り広げている柳川救援軍からも、

 今も命を賭け散らしながら祖国のために戦うキョウト防衛の最前線の兵士たちも一様に空を見上げた。


「…さあみんな合わせるよ。彼女にできて私たちができないなんて言わないよね?」

『はっ! 何のために数十年振りに集まったと思ってやがる!』

『これまで力になれていない分、張り切ってやらせてもらおうか』

『彼女はこの短期間で成したんだ。それに応えるのが僕たち先輩だろう?』

『…任せて』


 サキが結界へと繋げた魔力の導線を元に五人の魔力が結界へと流れ込む。


 苛烈な炎のような紅色の魔力。

 優しき水のような天色の魔力。

 駆け巡る風のような若竹色の魔力。

 穏やかな土のような青朽葉色の魔力。

 静かなる闇のような黒鳶色の魔力。

 天から照らす光のような山吹色の魔力。


 六色の虹の如き魔力が数百年に渡って人々の魔力を封じた結界を覆っていく。

 

『『『『「「永きに渡り人より魔力を断絶せし封印、我ら王の名のもとに今この時をもって解き放たん」」』』』』


『苛烈なる炎を司りし精霊の王、ドレイヤ』

 紅色の人影が拳を打ち合わせて声を上げる。


『静寂なる水を司りし精霊の王、リル』

 天色の人影が静かに告げる。


「自由なる風を司りし精霊の王、アウリー」

 若竹色の少女が朗らかに告げる。


『母なる大地を司りし精霊の王、クレイ』

 青朽葉色の人影が一歩前に出て冷静に告げる。


『幽玄なる宵闇を司りし精霊の王、ダーネス』

 黒鳶色の人影が優雅に告げる。


「慈愛なる光を司りし精霊の王、サキ」

 山吹色に染まる少女が故人に語るように告げた。

 

 膨大な魔力が結界を満たす。

 スオウを中心に世界が震える。

 この地を解き放つにふさわしいのは彼女以外はいない。

 五人の王から視線を集める新参の王は締め括る言の葉を紡ぐべく息を吸い込んだ。

 その瞬間、儀式を進める精霊王たちの元へと戦場から五メートルを越える水弾が三発放たれた。

 実際にこの場にいるアウリーとサキとは違い、四人の精霊王は魔力で作った身体を用いている。

 当たれば即座に偽りの身体は消滅し形になった儀式も水泡となるだろう。

 かといって誰か一人が迎撃しようものなら大結界に注いでいる魔力が四散してしまう。

 つまり儀式中は抗う術がない。

 だが諦めた表情をした精霊は一人もいない。

 彼らは信頼しているのだ、人間を。


「その信頼に応えなくて何が国主かっ!」


 ニジョウ城の二の丸櫓から撃ち出された魔導砲の一撃は寸分違わず二つの水弾を無力化させることに成功した。

 片膝をつき右肩に担いだ魔導砲を床へと下ろした周防を統べる天下人は残る一発の水弾を見上げ呟いた。


「あとは君に任せたよ」


 残る一発がサキへと当たる直前、水弾が内側から爆発したように霧散した。

 水飛沫が舞い空には虹がかかった。

 

「六柱の王の承認を以て彼の地を解放せよ」


 瞬間、閃光が周防を支配した。

 あまりの眩しさにあらゆる生物が視界を奪われた。

 儀式を無事遂行し意識を失ったサキを抱き抱える風の王は鮮烈な笑みを浮かべ言った。

 

「此処に数百年魔力を封じた大結界解放の儀は成った。愛しい人の子達よ、反撃の時間だよ」


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