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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第二章 仙国スオウ編
31/33

開戦

 プリア海より魔物の大群が迫るスオウの首都キョウト。

 戦力をかき集めてなんとか防衛線の構築はできたスオウ軍だがその壁は頼りないと言わざるを得ない。

 仕方のない話だがスオウは小国。

 アルニア皇国やルクディア帝国と比べられないほど人口が少ない。

 国土の広さを考えれば兵の数自体は多いがタイミングが悪すぎた。

 スオウが持つ戦力の八割は南の魔の森へと向かってしまっている。


 残されていたのは水軍と僅かな兵のみだったのだ。


「あれだけ啖呵を切ったものの…どうしたものかな」

「どなたに啖呵を切ったかは知りませんが状況は絶望的です。カワゴエの部隊を呼び戻せればよかったですが……」

「あちらの方も放っておけない。それに間に合わない。こちらはもう…始まるからね」


 亡国の危機に瀕する国主と若き女政務官は歯痒そうに東を見つめた。

 




 戦場となる首都キョウトの港町。

 スオウ軍総大将を任せられた若き俊才、毛利翼は迫る魔物の大群を鋭く見据えながら腕を組む。


「敵は大群、味方は少数、準備も万全じゃない。四面楚歌とはまさにこの事だよな…」


 黒髪黒目の青年は溜め息をつきながら部隊の配置が書かれている地図に目を落とした。


 最前線である海上の第一防衛線を守るのはスオウの保有する海軍戦力である村上水軍二千と大小の艦船が八十隻。

 波打ち際に沿って魔物の上陸を防がんと陣を構える第二防衛線に兵一千。

 予備隊兼、最終防衛線として控える軍中随一の白兵戦能力を持つ鬼島津衆八百が左翼。

 紅の甲冑に身を包む精鋭騎兵隊である赤騎団せっきだん五百が右翼に布陣している。

 先日同盟を結ぶこととなったアルニア皇国からやってきたスオウ使節団。

 その護衛であったかの国の騎士団も参戦してくれるとのことだったので本陣前に配置させてもらった。

 配置こそ決めたものの、アルニア皇国軍の指揮権は護衛隊長である白鳳騎士団長の女性に預けた。

 何せ連携の訓練も互いの実力も最低限しか知らない。

 皇国戦力を最大限活かすためには騎士全員の実力を知る者に任せる方が良い。


 それに二十名しかいないもののBランクの魔物であるグリフォンに乗り大空を駆ける白鳳騎士団の方々は貴重な航空戦力だ。

 開戦後は前線を空から援護してもらう手筈になっている。

 短時間にこれだけの戦備を整えることができたのは魔の森の件で全兵士が招集され有事に備えていたから。

 しかし、それでも状況は芳しくない。


「…やっぱり足りない。最低でもあと一千の兵がいれば…」


 本音を言うなら二千は欲しいところだ。

 戦いが始まれば前線の兵たちには疲労が溜まっていく。

 通常であれば交代する兵士が必要だがそんな余剰戦力は無い。

 そもそもこの戦は国の存亡を賭けた決死戦。

 守り切り生き延びるか、淘汰されて死ぬかの二択しかないのだ。


「よし、嘆いても状況は変わらない。やるしかない!」


 覚悟は決めた、あとは戦うのみ。

 翼は拡声の魔道具を手にした。


『スオウを守る兵士諸君、これより始まるのは国が残るか滅ぶかの戦いだ。我々が負ければ民たちがあの魔物達によって蹂躙される。家族を、大事な人を、故郷を守りたければ決死の覚悟で止めるんだっ! 全軍、開戦だっ!!!』


「「「「「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」


 大地を震わす戦士たちの雄叫びを合図にスオウ史上最大規模の戦いが幕を開けた。





 開戦と同時にプリア海に展開する村上水軍は一斉に舵を切って船の右側面を魔物へと向けた。

 どの船の側面にも魔導砲が装備されている。


 演習でも見ることの無い大艦隊を指揮するのは村上水軍大将の村上元安むらかみもとやす

 彼は楽しそうにニヤリと笑う。


「アイツらから奪った艦隊で無数の獣をぶちのめす。はっ! なんていい気分だァ!」


 笑う子でも目にすれば泣き叫ぶであろう強面の顔がさらに見せられないものとなる。


 実は八十隻の大艦隊のうち、元々スオウで造られた艦船は三十隻ほどしかない。


 かつてスオウは連合国家マルシアから大規模な軍事侵攻を受けた。


 圧倒的劣勢にも関わらず、海路から迫る無数の大艦隊をたった四人の仙人が撃退した。

 公にはなっていないがその際にスオウは百隻近い最新鋭軍艦を鹵獲ろかくしていた。

 そう、この艦隊がそれである。


「よぉし! 全艦魔導砲用ォォ意っ!」


 号令に合わせて百門を超える魔導砲がそれぞれの獲物へと砲先を向けた。


「撃ゥてェェェェェェエ!!!!!」


ゴォォォォンッッッ!!!!!


 キョウト全域が衝撃に震え心臓を揺さぶる轟音と共に魔物の塊が文字通り消し飛んだ。

 着弾と同時に爆発する魔導砲の威力は中級魔術の斉射にも相当する。

 砲が光る度に数十体の魔物が海に沈んでいく。

 それでも魔物は減るどころか増えているようにすら感じる。

 雪崩の如く押し寄せる魔物の大波は徐々に艦隊へと到達する。

 そこからは衝角や水兵たちによる接近戦である。


「大将っ! 第二艦隊三隻中破、四隻大破、第五・第七・第八遊撃艦隊が全滅しやしたっ!」

「クソっ、第二艦隊を下がらせろぉ! 後方の第四艦隊を前に出して穴を埋めろっ!」

「わかりやした!」


 魔導砲を四門以上装備した大型艦十二隻を主力艦隊、四門以下の中型艦や小型艦を三隻で遊撃艦隊として運用している。

 実践に基づいた効率的な運用を続けていた村上水軍であったが会敵から半刻も経たぬうちに総戦力の半数を失っていた。

 被害に見合う著しい戦果を挙げているものの無尽蔵に湧き出てくる魔物の波を止めるにはあまりにも足らない。

 

 そこに本陣の方向から太鼓が打ち鳴らされた。

 

「全艦隊速やかに乱戦を解けェ! 作戦通り動け!」


 元安の号令と共に残存している全艦艇が南側へ転身。

 時を同じく陸を守る兵達にも動きがあった。

 第二防衛線を守る兵一千のうち、二百を左翼に残して兵八百が右翼へと寄ったのだ。

 空いた左翼には鬼島津衆が入り、開戦当初と大きく布陣を変えた。


 この布陣は元々作戦の一つとして立案されていた。

 スオウも実戦で魔導砲艦隊を運用するのは初めてであったためどの程度戦えるのかがわからなかった。

 可能性として魔物が一点突破を図ってくる可能性もあったため横陣を敷いていたが実際にはただ正面に突き進んでくるだけだったため対応した陣形へと変えたのだ。


「想定よりも水軍の犠牲が大きかったけど許容範囲内…。まだ海上防衛は成り立つしこれまで上陸した魔物は無い。障害物がなくなれば一斉に雪崩れ込むのが奴らの性質。なら……」


 数えきれない魔物の一団が艦隊が消えた左翼の海へと殺到する。


「戦場に狩場を作り出せる」

「今だ放てぇ!」


 勇ましい女性の声が左翼上空から響き渡る。

 そう、アルニア皇国の航空部隊である白鳳騎士団だ。

 紅蓮に燃える炎の槍が、雫滴る水の刃が、天を引き裂くいかづちが、鋭く尖った岩の弾丸が、一斉に魔物へと降り注いだ。

 無数の断末魔と共に多く魔物が死に絶える。

 魔術を使えないスオウの兵達の士気も大きく上がる。


「あれが魔術か。やっぱりファンタジー世界に生きるなら一度は使いたいなぁ」

「…毛利様?」

「すまない気にしないでくれ。それより弓兵に合図を送ってくれ」

「はっ!」


 伝令が走り去ったのを確認してから大きく息を吐き出した。


「危ない危ない。この世界における扱いがわかるまでは変なこと言わないようにしなきゃな」


 自戒の言葉を聞く者はなく風のみが吹き抜けていった。





「撃てるだけ撃て! 魔力枯渇マインドダウンにはなるなよ!」

「わかってますよ団長」

「私たちは脳筋騎士あのバカ達とは違いますわっ!」


  空を舞い踊るように駆け巡り魔術の雨を降らす戦少女達に言われてる脳筋騎士《黒鳳騎士》はというと……。


「やっぱ空飛べるのいいなー、飛び込みたい戦場にいつでも行けるし」

「馬だとどうしても遅れるしな」

「てか、チクチクと魔術で攻撃するより俺らが突撃した方が強くね?」

「…確かに。最前線いくか!」


 ちゃんと脳筋的な会話を繰り広げていた。

 黒鳳騎士団はいつも通りである。


「ひと狩りいこうぜっ! いいですよね! 部隊長!」

「いいわけあるかっ! 我々は本陣前の唯一の守りなんだぞ!」


 そんな黒鳳騎士達を怒鳴りつける部隊長の姿もよく見る光景だ。

 部隊長クラスはある程度の理性がある者が殆どだ。部隊長への出世条件に理性があるかどうかが含まれているのは意外と知られていない話だが。


「…いくなら別の者を守りにおいてからだろう。おい、モウリ殿に代わりの守備を用意するよう要請してこい!」

「はい! いってきます!」


 大変残念なことにほとんどの部隊長クラスも理性よりも戦闘欲の方が圧倒的に高いので大抵の場合、こうなるってしまうのだがいつもの事なのである。

 




 俺はオリベ国主と共にニジョウ城の天守閣から戦場一帯を見渡していた。

 天守の上空では今もスオウに魔素を取り戻すために解放の儀式が行われている。


 前線の戦況はかろうじて互角。

 俺の予想だと既に上陸されて港町から城下町へと戦場を移すことになるだろうと思っていた。

 圧倒的不利な状況にも関わらず互角となっている理由は三つ。


 まず予想以上にスオウの海軍が強かった。

 というかあの魔導砲の数は味方ながら反則と言わざるを得ない。

 最新では無さそうだがスオウのような小国がこれほどの数を揃えているとは思わなかった。

 皇国の海軍よりも数はありそうだ。


 次に白鳳騎士団の活躍だ。

 皇国が持つ唯一の航空戦力である彼女らは非常に練度が高く、全員が単独でB級の魔物を狩る力を持っている。

 さらに魔術を使える者がほとんどなので安全に空から攻撃する事ができる。

 航空戦力がない魔物側にとってこの上なく嫌な相手となっている。


 そして三つ目。

 魔物の動きに意外性がないこと。

 ただ本能のまま愚直に突き進むのみでその様子はひとつの大きな波のような動きとなっている。

 これでは魔物津波スタンピードと何ら変わらない。

 俺はてっきりあの鯨が魔物を指揮していると考えていたが違うのかもしれない。

 だが、できないならば何故これだけの魔物が同じ時期に大挙してやってくるのか。


 ………いや、やはりおかしい。

 魔物の習性から考えると明らかにおかしな点がある。

 魔物は生物を無差別に襲う。

 これは誰でも知っているような常識だが今の魔物の行動はそれと反している。

 思えば海上の戦いの時からそうだった。

 徹底して突貫していき船を破壊していく癖に乗組員を襲うよりもまっすぐと進むことを優先していた。

 つまりあの不可解な行動にも何か意味があるはずなのだが…。


 駄目だ、狙いが読めない。

 何か見落としているのか…?


 明らかな魔物の増加、活発な水棲魔物の活動、魔の森の魔物の氾濫……。


 もし、全てが繋がっていたとしたら…?


 その時、俺の視界の端に何かがチラついた。

 戦場右翼の後方、本陣のさらに奥。

 広大な牧草地に異変が起きていたのだ。


「…っ!まさか……地中からっ!?」

「なんだってっ!?」


 牧草地の中央に巨大な大穴が現れていた。

 蟻の巣を掘り返した時のように魔物が溢れ出てくる。

 海から迫る魔物ほどでは無いが数え切れないほどの魔物が湧き続けていた。

 現れた魔物は同じ方向へと走り始めた。

 その進行方向は………


「スオウの民が狙いか…!」

「オリベ国主っ! 」

「分かってる! 『赤騎団っ! 民の元へ走れっ! 急げっ!!!』」


 戦場に突如響く拡声の音。

 余裕のない国主の声に反応して本来の指揮系統を無視して赤騎団が右翼を離脱し逃げる民の方へと駆け出す。

 しかし、あの速度では……。

 先に魔物がたどり着いてしまう。

 

 赤騎団の離脱と同時に鯨が雄叫びを上げ、それに呼応するように港側の魔物が戦闘を中断して水軍へと襲いかかった。

 今の今まで直進以外して来なかった魔物の大群が左翼を完全に無視して右翼に固めた艦隊へと襲いかかる。

 さらに海上には新たに魔物が現れている。

 村上水軍は東と北の二方向から攻撃を受けることになる。


 白鳳騎士団も応戦するが魔力が尽き始めたようで魔術の数も減っていた。


 完全にやられた。

 戦の基本である部隊の各個撃破。

 戦う兵が守る民へと奇襲をかけることで更なる戦力の分散を。

 あの鯨、確実に人間という生物の性質を理解している上に知性がある。


 俺は思わず鯨へと視線を向けた。

 その表情はとても読み取れないが鯨はきっと嗤っていたと思う。



── 絶望の刻が始まる ──



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