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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第二章 仙国スオウ編
30/103

契約成立

 魔物の進行速度は早かった。

 だが、到達には多少の猶予がある。


「第一級警鐘を鳴らせっ! スオウ全土にだっ! 対応が遅れればスオウが文字通りなくなるぞっ!!!」

「は、はいっ!」

「住人は全員カワゴエへ避難させるんだ。あれに比べれば魔の森の魔獣なんて月とすっぽんだ。それと今動かせるキョウトの全戦力を東の港に集めろっ! 急げ!!!」

「ははっ!」


 あらゆる人が慌ただしく動き始めた。

 けたたましく鳴り響く鐘の音。

 災厄から遠ざかろうと走り出す者たち。

 自らの守りたいもののために災厄へと立ち向かう者たち。


 そんな状況下でアンジーナは俺の目を見て言った。

 

「逃げましょう、ルクス殿下」

「お前からその言葉が出てくるとは思わなかったな」

「…確かに私は戦わずに逃げるような行為は大嫌いです。ですが、私は皇国に仕える騎士であり、アルニア皇国に二つしかない騎士団の団長です。私には貴方様をあらゆる敵から守りきる義務があります。ですが……私はあの存在から殿下を…守りきれると……断言できかねます」


 俺が知る限り、彼女ほど負けず嫌いで人を犠牲にすることが大嫌いな騎士はいない。

 そんな彼女が唇を噛み切りそうなほど歯を食いしばり勝てない敵と言い、スオウの人々を犠牲に俺を逃がそうとしている。


 俺の護衛隊長である騎士団長の判断としては正しい。

 逃げてしまった方が俺としても楽だろうし、また読書ライフを送れる。

 だが、アンジーナのそんな顔を見てしまっては心を躍らせながら文字を読み進めることはできそうにない。


「最初に言っておくが俺は逃げない」

「何故っ…!」

「俺たちが皇国に逃げ帰るとしても必ず海路を使うことになる。プリア海を超えてムズリアに辿り着くまでどんなに急いでもに十日はかかる。その間の食糧を積み込む余裕があの港にあると思うか? いや、そもそも無事出港できるはずがない」


 魔物はスオウの東のプリア海から迫ってきている。

 皇国に帰るにはあの海を超えなければならない。そう、既に退路は閉ざされている。

 あの鯨がいる限り、俺たちはスオウを出ることができない。

 

「それなら他の港町へ…!」

「どのみち同じだろう。俺たちが帰るにはあの鯨の横を通らなければならない。それをどうぞお通りくださいと黙って通してくれると思うか?」

「……………」

「俺だって逃げたい。だが、無理なら足掻くのが人間だろ?」

「…殿下」

「白鳳騎士団団長アンジーナ・フォン・ペリス」

「…はっ!」


 アンジーナが俺の前に跪き、臣下の礼を取った。

 その首元に父上から預かった宝剣をあてがう。

 これはアルニア皇国において王命を下す際に行う儀式。

 出立式の際に俺が父上から受けたものと同じだ。


「皇王ヴォルク・イブ・アイングワットに変わり、第三皇子ルクス・イブ・アイングワットが命ずる。現時点より一時的に護衛の任を解く。持てる全力を以て盟友であるスオウをの窮地を救い、民を守れ。そして、我らの敵を討ち倒せ」

「白鳳騎士団団長 アンジーナ・フォン・ペリスが殿下の王命を拝命致します。我が騎士道に誓い、必ずや殿下の敵を討ち滅ぼします」


 立ち上がったアンジーナは清々しい顔つきで笑った。


「まさか殿下からご命令頂けるとは…。リゼルに良い自慢話ができました」

「俺がこんなことしても騎士の士気は上がらないだろ」

「そんなことはありません。私やリゼルはもちろん、騎士の多くはルクス殿下のことを神童と噂しておりますから」

「おいおい、ただの引きこもり皇子のどこに神童要素があるんだ?」

「さぁ? 脳ある鷹はなんとやらですね」


 それだけ言うとアンジーナは他の騎士達と合流しにいった。

 さて、あとは………


「私はルクス殿下の護衛についてよろしいですね?」

「いや、今この状況ではレインの力を前線に使わない手はない。悪いがアンジーナ達と共にスオウの戦力の支援に入ってくれ」

「それではルクス殿下が……!」

「レイン嬢、ルクスくんの安全は我々スオウが必ず守る。我々は魔術が使えない。範囲攻撃の手段を持たないんだ。だから君には前線の将兵のためにもその力を奮って欲しい」


 オリベ国主の言葉の前にレインは渋々頷いた。

 俺の身の安全を最優先にと父上あたりから言われているのだろう。

 ありがたいが状況は最悪の一歩手前で予断を許さない。

 彼女の力を俺の護衛のためだけに使うなど愚策もいいところだ。


「……ルクス殿下、どうかご武運を」

「別にレインのように前線に行くわけじゃない。それは俺の台詞だ」

「必ずや魔物を一掃してみせます」


 レインが準備のため退出したこの部屋には俺とサキさんとオリベ国主のみが残された。


「ルクスくん、既に幽様から君の事をある程度聞いている。絶望的な状況において君が希望の光の一つだと私は思っているのだけど力を貸してもらえないかな?」

「俺の命の危機ともなれば仕方ないことですから。ただし、力を貸す代わりに俺のことは絶対に黙っていてください」

「もちろんだ。これはスオウの国主である私と、皇国皇子である君との私的な契約だ」


 アルニア皇国の面々は遠ざけた。

 これで力の露呈の心配は最小限に留めることができるはず。


「アウリー」

「はーい」


 風が吹き、風の精霊王である少女が舞い現れた。

 今の今まで諸々の調整に走っていた彼女の登場に存在を知っていたオリベ国主も驚きは隠せなかったようだ。


「この御方が…」

「オリベ国主、それよりも大結界の解除について聞いてますか?」

「あぁ、聞いてるとも」

「……いいんですね?」

「無論だ。私はあのような争いは二度と起こさせない」

「サキ、準備はいいか?」

「…うん。やり遂げてみせるよ」


 いつになく真剣な彼女の表情の裏には色んな感情があるのだろう。


 精霊王である母から託された責任。

 母を失った時の悲しみ。

 スオウの人々を守りたいという想い。


 これだけじゃない。

 もっと多くの感情や気持ちがぐちゃぐちゃになってる。


「魔封じの大結界を解除する前に一つだけ」


 それでも託された彼女は前を向いた。

 心を折られず絶望に抗うことを選択した。

 ならばその想いに神が応えたとしても不思議ではない。


「君に精霊神アヴァロン様からの神託を伝える。永き間不在になっていた光の精霊王の座に君が座るよう仰せだ」


 精霊神アヴァロン。

 精霊の母であり精霊の祖である創世時代の神の一柱。

 精霊王への任命は神からの指名制だという。

 その精霊神から母を継ぐように神託が下ったのだ。


「私が……新しい精霊王に…?」

「そう、君がだ。光の精霊王がいつまでも空席では小さい子たちが困ってしまうからね。王となるなら目を瞑り、天へと手を伸ばして誓いを言うんだ」


 アウリーの言う通り窓から身体を乗り出して空へと手を伸ばすサキへ光が降り注ぐ。


「私は…光の精霊王として人々に光を与え、母のような暖かい王になります」


 刹那、光が強まった。

 光が収まるとサキの左手には紋章が刻まれていた。

 精霊王の証、王印だ。


 スオウに隠れ住まう精霊達の喜びを感じる。

 今この瞬間、世界に新たな精霊王が誕生した。


「君の名は小さな精霊達が覚えるには長すぎて複雑だね…。精霊としての名前はサキでどうかな?」

「元の名前は捨てなくて良いのですか?」

「もちろん。あくまで人間が呼びやすいように付ける通称みたいなものだからね。といっても人間と精霊の子が王位に着くのは初めてのことだけどね」

「なら、サキと名乗ります」


 小さい頃に読んだ創世記は当時の俺の心に精霊という存在を深く印象づけた。

 精霊王の任命の知識はあった。

 興味深くもあったがそれは物語の中の話だ。

 後世に残る伝説の一幕を、自らの目で見ることができるというのは読書家冥利に尽きる。

 この瞬間は千金以上の価値を持つ。


「さぁ準備は整った。解放の儀には相応の集中力と魔力も必要になる。儀式の間は私やサキも動けない」

「つまり我々は儀式が成るまであの魔物の大群を凌ぎ耐え続けなければならないということですか」

「そう、それが絶対条件。邪魔が入って集中が途切れれば儀式が失敗するだけでなく、二度と大結界の解除はできなくなるかもしれない。この状況が落ち着くまで儀式を待つというのも手だ。でも…」


 予知夢の助言に頼らず、精霊の光に縋らずに魔物の大群を抑え、魔に堕ちた鯨を退ける。


 これは無謀に近いと俺は思う。


「ここはスオウ、私達の国です。他国の皇族や騎士が命を賭して戦ってくださるのに我々が魔物を食い止める程度のことすらできないとなればスオウは天下の笑いもの。御身は我らスオウが命に替えても死守してみせます」


 こんなにも真剣な顔をしたオリベ国主は見たことがない。

 はじめの謁見の時にも感じなかった圧を全身でひしひしと感じる。

 無言の時が流れた。

 やがて覚悟が伝わったのかアウリーがニッと笑った。


「その覚悟と心意気に賭けよう。私たちはこのお城の上で儀式を行う。邪魔、させないでよ?」

「お任せ下さい」


 恭しく礼をするオリベ国主。

 それよりも何故アウリーは俺を見てるんだ…。

 何をさせる気だこのやんちゃ精霊は…。


 スオウ存続の命運を賭けた戦いが今、始まる。

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