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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第一章 アルニア皇国防衛編
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対帝国会議

 アルニア皇国 皇都クラエスタ。

 この国の首都であり、そこを治める皇族の暮らす皇国最大級の都市。

 その中心に位置する皇族の住まうノルテ城内の都市を一望できる玉の間には重苦しい空気が場を覆い尽くしていた。


 恒例の収支報告の際は黒字だったこともあり少し和やかな空気さえ漂っていた。

 しかし、外務大臣と軍務大臣からの報告がされた段階でそんな空気は消え去った。


「皆さんが黙っていては何も始まりません。何かありませんか?」


 宰相であるオーキスの声が響くが、皆唸るばかりで口を開くことは無い。

 何もこの場に集う重臣一同が無能と言う訳では無い。

 むしろ、全員が優れた能力を持っていると言っていい。

 それなら何故優秀な重臣達が頭を抱えて黙り込むかはアルニア皇国の外交を担当する外務大臣と軍事を預かる軍務大臣からの報告にあった。


 領土拡大に力を入れる隣国ルクディア帝国が大陸西部への侵攻を計画している。

 これについては既に周知の事実だ。

 帝国からの侵攻を食い止めるべく外務大臣は数ヶ月に渡り、関係改善を試みていた。

 しかし、外務大臣もこれ以上の遅延は難しく、ルクディア帝国からの宣戦布告は止められないとの見解を示した。

 それを裏付けるように元帥からは帝国軍が我が国との国境である帝国西部へ集結しつつあるとの報告が上がったのだ。


 誰もが声をあげられずにいる中、王の間の扉が開かれた。


「遅れて申し訳ありません、父上」


 やってきたのはユリアス・イブ・アイングワット。

 皇国東部国境を預かる将軍であり、第一皇子の青年だ。

 第一皇子の到着からアルニア皇国国王ヴォルク・イブ・アイングワットも沈黙を破った。


「すまないな呼び戻して。早速東部国境の様子を教えてくれ」

「国家の危機ですのでお気になさらず。まず、これは私が東部を離れる時点での状況となりますので今の状況まではわかりませんのであしからず」


 お付きの騎士二人が東部の地図を広げた。


「帝国軍は依然集結中です。事前に準備を進めていたにしては時間がかかっているので敵は大軍。恐らく帝国西部国境軍に加えて帝国西部の貴族たちも参戦してきます。想定では国境軍から五万、西部貴族連合軍一万の計六万といったところです。対する我が軍は東部国境守備軍一万五千と東部貴族連合軍五千の計二万。兵数差もですが、帝国はほぼ間違いなく精霊使いも送り込んできます。正直言って勝利を手にするのは厳しいかと」


 六万対二万。

 精強誇る帝国軍を相手にするにはとてもじゃないが話にならない数字だった。

 ただでさえ重かった空気がより一層重みを増した。

 しかし、ユリアスの顔は自信に満ち溢れていた。


「にしては明るい顔だな。まだ策があるような」

「父上も宰相閣下も同じことを考えているのでは?」


 各大臣や重臣たちを置いてきぼりにした会話だったが、オーキスは片眉を上げた。


「殿下のお聞きしてもよろしいですかな」

「我が軍だけでは厳しい。ならば、同盟国を頼る他ないと考えますが?」

「その案は既に出ました。我が国と北部国境を接する同盟国、オルコリア共和国は内乱鎮圧の最中でとても援軍を送れる状況にはありません。それに、シャラファス王国は帝国との停戦協定があるため参戦は厳しいでしょう」

「そうですね。私が提案するのは新たに同盟を結ぶ国を頼ることです」


 その場の全員が困惑を露わにしてユリアスを見つめた。

 それも仕方の無い話だ。

 本来、同盟というものは互いに利がある状況で国同士が信頼し合える状態でなければ成立し得ない。

 そんなことはユリアス自身も当然分かっているはずなのだ。

 しかし、ヴォルクとオーキスはニヤリと笑っていた。


「…やはり殿下も同じ考えのようですな」

「そのようだ」

「では、既に手を打っておられるのですか?」


 軍務大臣の問いにオーキスが頷く。


「帝国からの侵攻は前々から予想されていました。そのため、私は秘密裏に仙国スオウに接触をしていました」


 仙国スオウ。

 アルニア皇国よりもさらに西。

 周りを海に囲まれた島国であるスオウは国土も人口もアルニア皇国に劣る小規模国家だ。

 しかし、この国の軍事力は大国に匹敵するのだ。

 理由はいくつかあるが、一番の理由は仙人の守護にあること。


 こんな逸話がある。

 今から数十年前、アトラティクス大陸の西に位置するマーディア大陸の覇者、連合国家マルシアが三十万もの大軍で仙国スオウに攻め寄せた。

 対するスオウの戦力は八千弱とその勝敗は火を見るよりも明らかと言えた。

 しかし、三十万のマルシア軍はスオウの地を踏むことなく敗れてしまった。

 たった五人の仙人によって。

 ある船は一撃で大破され、ある船は炎上し、海は氷結した。

 それ以来、仙国スオウに攻める国は無くなった。


「して…スオウはなんと?」

「貴国の状況を鑑み、ひとまず援軍は送ると」

「おお! これで希望が見えますな!」

「仙人を有する軍が来てくれれば帝国軍など恐るるに足らぬのではないか!」


 重臣たちが盛り上がる中、宰相は溜息を吐き出した。

 その表情に気づいた元帥が怪訝な顔を浮かべた。


「どうされた宰相殿?」

「スオウからの文には続きがあります。貴国の状況を鑑み、ひとまず援軍は送る。ただし、無事に国土を守りきった暁には、両国の更なる関係強化のため貴国の皇子か皇女を一名、大使として迎えたい。と」


 喜びに湧く重臣たちの顔が一瞬で固まったのだった。


 アルニア皇国には皇子は三人、皇女は五人、合わせて八人いる。


 一度戦場に出れば、最前線で味方を鼓舞し、鬼神の如く敵を薙ぎ払う。

 現在は帝国と面する東部国境を守る将にして、第一皇子。

 ユリアス・イブ・アイングワット。


 帝国一の知謀を持つオーキス宰相に並ぶ秀才。

 現在は南側の国境を面するシャラファス王国に留学している第二皇子。

 トレシア・イブ・アイングワット。


 一日のほとんどを図書館で過ごす変わり者。

 政治に関わらず、私服を肥すことも無い第三皇子。

 ルクス・イブ・アイングワット。


 国王の勇敢さと第一皇妃の美貌を受け継ぎ、隣国であるシャラファス王国王太子に嫁いだ第一皇女。

 イリア・イブ・アイングワット。


 同じく第一皇妃の娘であり、美しい容姿と腰まで届く絹のような黄金色の髪が特徴的な才女。

 現在は王立修学院二年の第二皇女。

 エリニア・イブ・アイングワット。


 第二皇妃を母に持ち、ルクスの実姉である穏やかで常にマイペースでありながら貴重な光属性治癒魔術の使い手である第三皇女。

 グレイ・イブ・アイングワット。


 グレイやルクスと同じ銀髪を持つ最年少九歳。

 薄桃色の瞳が可憐な双子の皇女。

 第四皇女、フィア・イブ・アイングワット。

 第五皇女、シア・イブ・アイングワット。


 仙国スオウはこの中の誰かを大使として国に招きたいと要求したのだ。

 援軍を先に送ると確約された手前、この要求に従う以外の選択肢はない。


 皇族は三百年続くアルニア皇国を治める王の一族。

 その重要な一人を大して交流のない国に送るのは躊躇われたのだ。


「既に援軍は我が国に向かっている。故にこの要求を拒否することは難しい…」

「しかし、皇族の誰かをろくに付き合いもない国に送るなど…」

「宰相殿はどうお考えか?」


 大臣たちの問いに宰相は国王へと視線向けた。

 釣られて視線が集中する。


「わしは宰相から事の次第を聞いて相談した。誰を送るかだが、ルクスにしようと考えておる」


 初めて聞いた者達の顔が困惑へと変わった。


「陛下、本気ですか?」

「ルクス殿下は今まで政務に携わるどころか公の場にすら滅多に姿を現すことすらないのですよ?」

「それをいきなり大使として他国に送るなど不安すぎます」


 大臣たちの言うことは概ね正しい。

 王立修学院に通う年齢に達してないとはいえ、ルクスは今まで一度も王城の外に出たことがないのだ。


「我々も同じ懸念を持ってはいますが、他に送れる皇族がいないのです。ユリアス殿下は国境防衛の要、トレシア殿下とイリア皇女は隣国、エリニア皇女は修学院在学中、グレイ皇女は貴重な治癒魔術の使い手、フィア殿下とシア殿下はまだ幼く国外へ送るのは現実的に不可能、となれば…」


 ルクス以外に選択肢はない。

 比較的に影響が少なく、人畜無害な点も適任という良物件だ。

 しかし、大きな問題を抱えていた。

 

「故にこの会議の前にユリアス殿下にはルクス殿下の説得に向かって頂いたのですが…」

「案の定、図書館を動くつもりはなかった。説得もどこ吹く風だったぞ」


 ユリアスの報告に全員の口から溜息が漏れた。


「問題はどう説得するかですな…」

「ユリアス殿下の説得は失敗すると予想していたので予備策は既に打ってあります」

「宰相殿それは一体…?」


 怪訝な顔を浮かべる一同に宰相が名を告げると全員が安堵した。

 その名はアルニア皇国内で知らぬ者はいない少女の名前であった。


「安心されたようで何よりです。説得は彼女に任せ、我々は援軍を含めた戦力の確認や戦術の確認を致しましょう」


 国の行く末を左右するこの会議は慎重かつ迅速に進められていった。


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