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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第二章 仙国スオウ編
29/33

災厄の予知夢、そして

本日二話投稿です。

ときは来た。


あまねすべてを飲み込み蹂躙する災禍。

力無き人は等しく死に絶え、戦士は絶望を抱いて朽ち果てる。


憎悪は水底よりも深く、深闇は地底の如く暗い。

其は惨禍の再来。

避けれぬ運命さだめくびき


書に埋もれし御子みこ

氷風を極めし魔術の愛し子、

 異なる世界よりいたった輪廻の循環者、

大いなる風の王、

そして新たなる光の王、

一つとして欠けることなかれ。

欠ければ世界の滅びは避けられぬ。


死力を尽くし抗い抜け。

悠久ゆうきゅうの時を経て蘇りし光にすがれ。


来たる厄災を凌ぎし時、真相へと手を掛けれるだろう。


覚悟せよ。

其は災厄の再来、魔に堕ちし鯨を解放せしめる聖戦なり。





 私こと、天照瑠璃咲真君は人間と精霊の間に生まれた子だ。

 スオウではそんな私たちを仙人と呼ぶ。

 とはいえ身体的機能自体は人間と変わりない。

 悲しければ涙が出るし、暑ければ汗をかく。

 でも、私は寝汗はほとんどかかない。

 少しくらいは…と思うけど汗かいてるなと思うほどはではない。

 そう、そのはずなのに。


 まだ太陽が隠れていて限りなく夜に近い早朝、目を覚ました私の身体は水でも被ったのかというほどの汗に濡れていた。

 仲良しの侍女の子が昨日変えてくれたばかりのシーツも私のお気に入りの寝間着もべっとりと湿っていて気持ち悪い。


 普段ならこの不快感を払拭するために着替えるところだけど今は気にしていられない。

 考えることの方が優先。

 それに何故こうなってしまったのかの理由なら分かっている。


 あの夢だ。

 今まで何度も見てきた予知夢とは規模も状況も違かった。


 スオウにある村が、街が、都市が大炎に包まれていた。

 スオウに住まう民が、鳥が、動物が逃げ惑いながら死んでいた。

 スオウを守る兵が、将が、そして仙人が為す術なく死に絶えていた。

 

 例えるなら()()


 私の大好きな人々も、場所も、景色も全てを奪われていた。

 あれを()()と呼ばないのならなんて形容すればいいのだろうか。


 私が今まで見てきた予知夢は全て確定した未来の情景。

 …つまり本来ならばあの()()の情景が確定された未来としてやってくることは避けられない。


 でも、いつもと違うことが一つだけあった。

 見えてしまった情景は確定された未来のようだったけれど、聞こえた言葉にはこうあった。


『書に埋もれし御子みこ

氷風を極めし魔術の愛し子、

 異なる世界よりいたった輪廻の循環者、

大いなる風の王、

新たなる光の王、

一つとして欠けることなかれ。』


『死力を尽くし抗い抜け。

悠久ゆうきゅうの時を経て蘇りし光にすがれ。』


 過去の予知夢にはなかった未来を切り開くために重要なものと思われる助言。


 一つ目の書に埋もれし御子は確実にルクスのことだ。

 でも他が指し示すのは…?


 ううん、それよりも重要なのは後の一節。


『蘇りし光と力に縋れ。』


 今この場において蘇る光と力が指し示すのはスオウで扱うことができないもの…精霊と魔力。

 地獄を避けるためには精霊の解放、つまり結界の解除が必ず必要となるということ。


 風の精霊王様が他の精霊王様にお話を通し、大結界の解除ができなければその時点であの()()は避けれないものとなるのだと思う。


 …このまま私一人で考えているだけじゃきっと間違った解釈も出るし、考えもまとまらない。


「まずは頼光に伝えないと…!」


 私は身体に張り付いた寝間着をそのままに部屋を出………ようとして侍女に捕まり着替えさせられた。






 俺たちアルニア皇国使節団はカワゴエからとんぼ返りするようにキョウトへと戻り数日が経過した。

 状況が状況なので仕方ないのだが使節団の面々、特に農務省や商務省から来ている者たちは北の都市ナナオや他の都市に行けないことを落胆していた。


 少なくとも南の情勢が安定しないとどこにも行けないようなので使節員達にはレインが待機を命じた。


 やることが無くなったというわけだ。

 キョウトへ戻ってから二日ほどは決算書やら何やらがあったが、待機が命じられた今となっては俺へ上がってくる書類もほぼないのでこれからしばらくは読書三昧に…!


 軽い足取りで国立図書館へと向かおうと立ち上がった時、レインが執務室にやってきた。


「失礼します。オリベ様からルクス殿下と私へ至急登城して欲しいとの要請が参りました」

「…嫌な予感しないか? それ」

「例の問題の影響で帰国を早めるなど有り得るかと…」

「まだスオウの本を読み終わってないんだよな」

「…何年ここにいらっしゃるおつもりですか」


 至急なんて言うくらいだから緊急事態なんだろうな。

 とりあえず城へ向かうとするか。

 ……俺が読書をしようとすると必ず邪魔が入るのは呪いか何かなのだろうか。

 暇なうちに除霊でもしてもらうか。





 護衛のアンジーナと騎士数名を伴って登城した俺とレインを待っていたのは神妙な顔つきをしたオリベ国主とホソカワさんとサキさんが待っていた。


「いやはや、突然お呼び立てして悪かったね。本当なら我が国だけで対応すべきことなんだけど君たちも関わってるようだったから呼ばせて貰った。とりあえず座ってくれ」

「はぁ、それで一体なにが?」

「予知夢が見えたの」


 語られたのは光の精霊王の娘である彼女にのみ許された未来への情報戦への対抗能力アンチマジック

 それによって垣間見た未来の様子だった。


 なるほど、確かに穏やかじゃない。

 これが初めてのことならば狂言と聞き流すところだが、サキさんの予知夢の正確性は今までの実績が証明している。


「この予知夢の内容を知っているのはここにいる4人だけ。重臣達に下ろす前に内容を紐解きたいんだ」

「俺たちが呼ばれたのは予知夢の中で聞こえた内容からですか」

「そういうこと。書に埋もれし御子はルクスくん以外思い浮かばないからね」


 確かにその文言だと俺しか思い当たらないな。

 となるとレインを呼んだのは………


「氷風を極めし魔術の愛し子。スオウは魔術を失って久しい。つまりこれが指す相手はスオウの者ではない。となれば」

「アルニア皇国使節団の誰かしかいない。そして使節団には氷風の才女と呼ばれるレインがいる」

「その通り。だから二人をお呼びしたんだ」


 さすがオリベ国主といったところか。

 愚王ならば自国が不利になるような情報を他国の皇子に明かすことはしないだろう。


「異なる世界よりいたった輪廻の循環者なんてどんな意味か想像すらできない。残りの二つが指す風の王も光の王も分からないけどね」


 前者は俺にもわからないが後者が示すのはアウリー。

 そして大結界の解除に際して光の精霊王を継承することになるであろうサキさんを示すものだ。

 サキさんがそれを言わなかったのは俺の秘密を守るためか。


「それよりも一体何が起きるのかを把握する方が先だと俺は考えますが?」

「私もそう思います」

「そうだね。前半部分は未来のスオウを映したもの、中間部分は未来を避けるための助言、後半部分は…なんなんだろうね」


 お手上げとばかりに両手を挙げたオリベ国主を尻目に考える。

 幸い、俺は推理小説を読み漁っているしこういった考察は大好きだ。


『来る厄災を凌ぎし時、真相へと手を掛けれるだろう。』


 予知夢の見せた未来を回避した時、何かの真相を知れるということか?

 それ以上に気になるのはこの文。


『其は災厄の再来、魔に堕ちし鯨を解放せしめる聖戦なり。』


 サキさんに予知夢が見せた未来は災厄の再来。

 つまりサキさんが過去に起きたことの再現という意味にも取れる。

 そう聞いて頭に浮かぶのはスオウ国立図書館でアウリーとサキさんが語り合った時にユウさんが聞かせてくれた過去の話。


 あの時は原因が分からないということで落ち着いていたが、今なら分かる。

 そう、


「……相手は四大聖獣の一角。海を守護する者、か」


 俺の呟きに全員が目を見開いた。


「…ルクスくん。それは根拠のある……再来…鯨……なるほど。確かに合点はいくようだ」

「待ってください。世界の成り立ちを示していると言われる創世記にて創世神ノア様が世界を守護するために生み出したといわれる伝説の存在、その聖獣様がそのような地獄を生み出すなど……」

「ううん、違う、そうじゃないんだよ。レインちゃん」


 これまで黙っていたサキさんが立ち上がりながら言った。

 その表情は城下で見せたあの姿の時と同じようだ。


「あれは……()()()は四大聖獣なんかじゃない。私はあの時、お母様が現れるほんの一瞬だけその姿を見てる。あれは正しく魔獣だよ。魔素を取り込んで荒れ狂う化け物だった」


 今まで明るい感情しか感じなかったサキさんの言葉には確かに憎しみが込められていた。

 境遇を考えれば冷静ではいられないのは仕方ない。

 だが、今ここで魔獣と断じるのは早計だと俺は考えてる。


 もちろんただの魔獣の可能性もある。

 相手は光の精霊王と戦って引き分ける、もしくは勝ちうる存在だ。

 その潜在能力ポテンシャルは魔物の区分として最も高いSS級にも届くかもしれない。


 予知夢にあった魔に堕ちし鯨。

 何らかの要因で魔素を取り込みすぎて魔物化した四大聖獣の一角、ケトゥスを救わねばならないのではないか?


 もしそうなのであれば必要になるのは光属性の浄化()()

 魔術を超える力、魔術では起こし得ない奇跡を起こさなければならない。

 つまり大前提として光の精霊王の力が必要ということになる。


「相手がなんであれスオウにとって、国家滅亡の危機に相当する事態が迫ってるのは間違いないんだ。今は対策の話を………」


 オリベ国主がパンっと一回手を合わせた時だった。

 ニジョウ城が、キョウトが、それどころかスオウ全土が大きな振動に襲われた。

 地面が大きく揺れ動き、机の上にあった陶器類が倒れ落ち甲高い音と共に割れていく。

 天井に吊るされていた照明器具も落下してくる。


「みんな机の下に頭を隠すんだっ!」


 切迫したオリベ国主の声よりも先に俺は机の下に潜っていた。

 隣に座っていたレインの肩を抱き寄せて強引に机の下へと引っ張り込みながら。


 スオウに来る前に読んだ本で地震という事象を知っていたからだ。

 このスオウという島国は海の底にいくつもの地脈が交差していると言われている。

 その地脈同士が擦れるとこうして大地が揺れるというのだ。

 規模によっては大きな被害が出てしまう自然の災厄の一つ。

 幸いにして揺れはすぐに収まった。


 同時に扉が蹴り破られスオウの兵士とアンジーナが入ってくる。


「国主様ご無事ですかっ!?」

「ルクス殿下っ!」

「問題ない。被害は?」

「幸いにして揺れが短かったおかげで人的被害は軽微です。しかし、いくつかの扉が歪んでしまい開かなくなっているようです」


 だから蹴り破っていたのか。

 納得。

 俺はてっきりアンジーナもリゼルのような脳筋になったと…。

「殿下?」

「いやなんでもない。」

「それにしてもルクス殿下がご無事で本当に良かった…!」

「地震の緊急対応は本で読んでいたからな。レインも大丈夫か?」

「えっ、あっ、はいっ! 大丈夫です!」

「? ならいいが……」


 心なしかレインの顔が赤く見えるが怪我は無さそうだ。

 ふっと風が吹き、俺と契約精霊とを結ぶ魔力回路を通じてアウリーの念話が聞こえてくる。


『無事だよね?』

『ああ。こっちは大丈夫だ』

『このタイミングで地震がくるなんてね。それに……ルクス』

「……何か来る」


 ぽつりと呟いて立ち上がる。

 地震が収まった後…いや、揺れ始めた時からか。

 俺以外には見えていない精霊たちが、大きくざわつき始めた。

 慌ただしく宙を舞い、何かを伝えようとしている。

 ……窓の外か?


 窓辺に歩み寄ろうとする俺をアンジーナが止めようとするがそれを制して窓からスオウの街並みを見る。

 物は散乱しているが建物の倒壊は無さそうだし、人は忙しなく動いているから大丈夫そうだ。

 問題はその更に奥。

 城下を超えて港を超えた遥か先の水平線上。


 遠目からでもわかってしまうほどの大きな山のようなものがそこにあった。

 もちろんあんな海のど真ん中に山などなかった。


「ははっ……嘘だろ…?」


 思わず乾いた笑いが漏れる。

 遅れて窓からその存在を見たオリベ国主も固まった。

 サキさんもレインもやってきたばかりの兵士も。

 歴戦の猛者であるアンジーナでさえ凍りついたようにただ一点を見つめていた。





 世界の理を護りし四大聖獣が一角。

 海を支配する者。

 かの者は空に浮かぶ白雲の如き純白の身体を持ち、その全長は千メートルを超えるともと伝わっている。

 スオウとアルニア皇国の間のプリア海に現れた()()()は宵闇よりも黒く、暗く、禍々しいものだった。

 

 山の如く大きな巨体。

 側頭部から生える漆黒に染まった一対いっついの角。

 すぐ下には獲物を探すようなギラついた瞳。

 大型の船など五隻は同時に喰らうであろう口からは鋭い牙が生え揃っていることが確認できる。


 それは魔に堕ちし鯨。


 かの者はあまねく全てを喰い尽くす魔物の王。


 名をケトゥス。


 世界の理を守護する四大聖獣が魔に堕ちたとすればそれは災厄以外になり得ない。

 力が人へと振るわれるのであればそれは絶望を意味する。


 獲物を探すかの者の瞳がスオウを捉えた。

 そして額に第三の眼が開かれた。


 不思議とその眼が開いた瞬間、スオウに住まう全ての人々が、鳥が、動物の目が合ったように感じられた。


 地鳴りのような雄叫びをあげると生命の母である海から数えるのも馬鹿らしいほどの魔物が出現、一斉にスオウへと泳ぎ突き進む。


 魔物たちの野蛮な行進を見つめつつ、王はゆっくりと、ゆっくりと前進を開始した。


 それは災厄の再来であり、戦いの始まりであり、蹂躙の始まりである。

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