表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第二章 仙国スオウ編
28/38

魔の森

 時間はカワゴエへ魔獣出没の報が届く数日前に遡る。

 評定の最中であったスオウ国主 織部周防守頼光おりべすおうのかみよりみつの元に凶報が届けられた。


「柳川から救援要請だと…?」

「はっ…伝令によれば異変が起きたのは十日ほど前、最低でも三万を超える魔獣の大群が突如として柳川に殺到したと…」

「十日前……とすれば…」

「既に柳川が陥落、ないし抜かれても不思議ではありません…」


 会議に参加する者達の顔色は最悪の一言に尽きる。

 唯一冷静に状況を分析できていたのは国主である頼光と家老である細川優里のみだ。


「優里、仙人の方々をお呼びしてくれ。兵部省、至急援軍に送る部隊を編成せよ。各省は戦に備えろ。事態は一刻を争う、迅速に動け」

「「「「「ははっ!」」」」」


 一斉に動き出す彼らを見送った頼光は息をこぼして窓の外を見つめる。


「はたしてこれが悪夢の始まりなのか。それとも……」







 突如として魔獣に襲われたカワゴエは大きな被害を出すことなくそれを退けた。

 しかし、状況は変わらず深刻なものと考えているカワゴエの若き領主、北条氏友の表情は暗い。


 戦後処理の段階に移った彼らは今後について話し合いを始めていた。


「建国以来、このカワゴエまであれほどの数の魔獣が到達したという記録はありません。何故なら魔の森を抑える柳川と上田という二つの城とその間を繋ぐ長城があったから。でも、今回の襲撃を考えると……」

「…二つの要所、そのどちらかが抜かれた…ということですか……」


 家臣の一人の言葉に頷き氏友は続ける。


「僕たち北条家は国主様より河越一帯を任されているけれど、無数にある小さな集落全てを魔獣から守り切るほどの兵はいない。周辺の民には悪いけど一時この河越へと避難してもらおう。元忠、そちらの手筈は頼んだよ」

「ははっ」

「それで今後の方針だけど……」


 その時会議室の扉が開かれた。

 入って来た者達の姿を見て張り詰めていた空気が僅かに緩んだ。


 扇情的な身体の形がくっきりと浮かぶ衣装に白髪の美女。

 短く切り揃った茶色の前髪に煌めく紫丁香花の髪飾りを付けた女性。

 紅蓮の如く赤い髪が特徴的な麗しい和装の男性。

 スオウが誇る四大仙公の三柱がやってきた。


「仙人の皆様…! どうしてここに……?」

「…頼光の要請……軍も来るが歩みは遅い。故に我らが先行してカワゴエに来た」

「国主様にも既に伝わっていたのなら良かった。それで国主様はどのような対応をなされるかご存知ですか?」


 氏友の視線は自然と仙人一の常識人である岩散幽甲真君がんさんゆうこうしんくんこと、ゆうへ向けられた。


「ご期待に応えて私が話すね。国主は今回の件を重く考えている。数日前に柳川から京都へ救援要請が届いたけどその時点で既に十日以上が経過してしまった。だから国主は柳川が既に陥落した想定で動いている。目下のやるべきことは魔獣の進行を食い止めて柳川や上田の長城の被害状況を確認し魔獣が抜けた穴を塞ぐこと。そのためには相応の戦力が必要になる。つまり私たち仙人を含めたスオウの動かせる最大限の軍がここに集うことになる。ここまではいいかな?」

「はい、ある程度予想はしていましたので」

「私たちに加えてキョウトからは伊達の地竜騎兵隊と二千の兵が、七尾からは七本槍衆と一千の兵が、箕輪みのわからは長野老将の長弓兵一千がやってくることになっている。その軍の兵站を国主は北条家に任せたいそうだよ」

「なんとっ…!!!」


 スオウの保有する戦力は水軍が主であるため陸軍は少ない。

 その希少な陸軍総数の八割の兵站管理を任せられ、無事務め切れば家督を継いだばかりで家中の目が厳しい氏友にとっては大きな追い風となる。


「兵站管理の大任、この北条家当主、北条氏友が拝命致します」

「期待するって国主も言ってたから頑張ってね」


 責任に胸を圧迫されるのを感じながら氏友は今後の行動を既に考えて始めていた。







 会議が始まってからそろそろ一時間が経つだろうか。

 俺はというと割り当てられた客室で読書にいそしんでいた。

 今は傍にアウリーもいないため外を出歩いて魔獣にでも襲われたら大変だからな。

 といっても最低限の魔術は使えるから余程の相手でなければ遅れは取らないはずだが面倒臭い外出などする意味もない。


 本というものはどんな場所でも今いる場所とは違う世界、違う場所に思いを馳せることができる。それが良いのだから。


 決して魔獣の来た方向から嫌な気配を感じることから目を背けているわけでは無い。


 そう、まだ慌てる時間じゃない。

 今はゆっくり読書に励………


「殿下、失礼します」


 …一人になれる時間って貴重だな。


「…どうしたレイン?」

「すみません、おやすみ中でしたか?」

「いや、読書中だった」

「では大丈夫ですね」

「おい」


 レインのやつ…さては俺の扱いに慣れてきたな。

 出発前にあのメイド長から何か聞いていたからそのせいかもしれない。


「スオウの方々の会議が先程終了したようで我々使節団の面々は急遽予定を変更し、明日キョウトへ向けて出立することになると連絡が参りました」

「えらく急だな。そんなに状況は悪いのか?」

「スオウ南部に存在する魔の森を抑える長城、その重要地点である二つの城の内、一つが陥落している可能性があるとのことです。今後はカワゴエが重要な拠点になり、周辺の都市からも戦力が集まるため視察はこれ以上できないともウジトモ様が仰っていました」

「そうか…」

「アマテラス様を除く、三柱の仙人の方々はその部隊についていくそうです」

「ならほぼ負けは無いな」


 さすがにあの仙人たちが勝てない相手が魔の森から湧いて来るのは考えにくいしな。


 となるとまた明日からは馬車で読書三昧か。

 まだスオウの国立図書館で借りた本が沢山あるんだ。

 ありがたくその時間を使わせて……


「そういえばアンジーナ様が殿下の武術の腕が鈍っていないか道中確かめる機会かもしれないと張り切っておりました」


 もらえなそうだな…ははっ。

 …というかアンジーナは俺をどうしたいんだ…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ