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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第二章 仙国スオウ編
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異変の足音

 カワゴエ城下の視察は順調に進んでいた。

 立場上、ウジトモと話すことが多く比較的年齢も近かったこともあり同年代の男性としては初めて友人となった。

 専門的な視点からの視察や城下の工夫などは俺よりもレインやキョウトから同行してきた使節員の方が熱心に記録している。

 

「それでウジトモはどの国に行ってみたいんだ?」

「うーん…。ルクスが暮らすアルニア皇国には行きたいね。あとはオルコリア共和国のエルフ族やドワーフ族の技術を学びに行きたいかな。でも今は内戦が絶えないらしいからね…」

「そうだな。まぁ紛争が落ち着けば行ける機会もあるさ」

「うん。僕も今は領地のことで精一杯だから」


 他愛のない話をしているとレインが俺の袖を引いた。

 その顔には警戒の表情が色濃く出ている。


「どうした?」

「南よりかなりの数の魔獣がこの街へ向かって来ています」

「なんですってっ!?」


 さっきまでの緩い空気が霧散した。

 ウジトモの勢いはレインに掴みかかりそうなほどだ。


「数はっ!? 距離はどれほどでっ!?」

「え、えっと…二百から四百ほどかと。距離は半刻以内には姿を現します」

「早い…。いや、何故この都市へ…? まさか上田と柳川の長城防衛線が抜かれた…?」

「ウジトモ、今は考えるより防衛線を築く方が先だ」

「…そうだね。綱繁! 今動かせる全戦力を南門前に集結させるんだ。小太郎、いるかい?」

「はっ、ここに」


 ウジトモが近くの木の方へ言うと音もなく黒装束の男?が現れた。

 …俺の魔力探知でも気付けないほどの隠密技術だ。


「各城門を封鎖。すべての街道へ兵を向かわせて一般人や商人を保護するんだ。それと城にいる元忠もとただに第二級警鐘を鳴らすように伝えるんだ」

「はっ」


 返事と共に姿を消した黒装束の人を尻目に俺も索敵魔術を行使する。

 レインや他の使節員に気づかれぬように隠蔽魔術も忘れずに使う。

 …確かに南からかなりの数の魔獣がこの都市へ向けて走っているようだ。

 しかも空からも魔獣がやってきているようだな。


「ルクス、無理を承知で要請させて欲しい。皇国の戦力にも助力を願ってもいいかな…?」

「ああ、スオウとうちの国は同盟国だからな。それに大事な友人の頼みだからな。もちろん手を貸すさ」

「ごめん。この恩はいつか…」

「その話は魔獣を撃退してからにしよう」

「…ありがとう」





 活気豊かで喧騒の絶えない都市カワゴエは静まり返っていた。

 嵐の前の静けさというやつだろう。

 唯一、慌ただしく人が動き怒号が飛び交う場所がある。

 魔獣の襲撃を受け止めることになる南壁だ。

 その数は約二千。


「各弓兵隊は持ち場へ」

「獣防柵の設置を急げ!」

「第八長槍隊がいないぞ!」

「いない穴は第二陣が塞いでおけ」


 俺はウジトモと南城壁の望楼の上からその様子を眺めている。 

 見たところスオウの兵たちの動きが固く鈍い。


「この都市の兵はあまり実践慣れしていないようだな」

「そうだね。河越は周防の中心に位置していることもあって魔獣の襲撃は今までなかったんだ。それに比べて…」


 ウジトモが見ているのは城外の最後方にいるA級の魔獣であるグリフォンに跨り白銀の鎧と純白のマントを翻す二十人の女性達と緊張感のかけらもないように笑いながら談笑をしている三十人の黒騎士たちだ。


 俺の護衛である白鳳騎士団と黒鳳騎士団だ。


「皇国の方々は…その、慣れてるね」

「まぁ、実践経験の数が桁違いだからな。特に黒鳳騎士団は団長を含めて戦闘狂の集まりだ」

「【龍殺し】のリゼル殿ですね。噂には聞いていたけどそんなになんだ…」

「いつか皇国に来たら紹介するさ」


 そこで会話を切った。

 ついに魔獣の大群が姿を現したからだ。


「来たぞっ! 大盾隊は盾を構え!長槍隊は槍を前に! 全弓兵隊構えー!!!」


 ウジトモが大声をあげ指揮をし始める。

 実践慣れしていないと言ってはいたがウジトモの指揮は的確だった。


 やがて魔獣が弓兵たちの射程に入った。


「全弓兵隊っ!撃てぇー!!!」


 一斉に放たれた矢は弧を描き魔獣の大群へ向かい全身に突き刺さる。

 しかし、魔石に当たらなければ魔獣は死ぬことはないため倒れた魔獣はいれど絶命した魔獣はほとんどいない。


「奴らの足を止めるだけでいいっ! 撃ち続けるんだっ!」


 弓兵達は撃ち続けるが精密射撃ではないのでやはり効果は薄い。

 数が減らない状態でこのまま歩兵がぶつかれば歩兵の被害は甚大だろう。


 魔術を扱えない者達にとって魔獣は近接以外では倒しにくい。

 だがここには一人の天才がいる。


「凍てつく大地を刺し抜ける一陣の風、其は吹雪の権化、自由たる風の王、待ち望みし時は来た、秘めたる欲望を今解放せよ、氷風の化身 ウェンディゴよ。———─冰鳳雹嵐アイシクル・ストームっ!!!!!」


 瞬間、カワゴエの地に氷の嵐が吹き荒れる。

 氷渦は逆巻き荒れ狂いながら空を飛ぶ魔獣を飲み込み、陸を走る魔獣を凍り付かせ竜巻が粉砕する。

 

 通常最高レベルに位置する上級魔術は五節の詠唱を必要とする。

 それを超える七節の詠唱文。

 

 これこそがレイン・フォン・アストレグ、彼女が【氷風の才女】と呼ばれる所以ゆえん

 従来の魔術の常識を超えた戦術級魔術。

 最も『魔法』に近い『魔術』が産声を上げた瞬間でもあった。


 しかし魔獣が散っていることもあり仕留められたのは半分程度。


「これが…魔術…。音に聞く氷風の才女の力……まさかこれほどとは…」

 

 目を見開き固まるウジトモだったが、すぐに自分を取り戻した。


「この気を逃すなっ! 騎兵隊突撃っ!」


 左翼と右翼に配置されていた騎兵隊が一斉に突撃した。

 率いるのは二本の槍を持ったツナシゲ殿だ。


「獣如きがカワゴエの土地を荒らすで……ないわっ!!!」


 その剛腕から槍が放たれた。

 光矢の如く突き進む一撃は一体の魔獣を貫くだけでは勢いは衰えず十体以上貫いた。


 初対面の時にも感じたがツナシゲ殿の力はユリアス兄上にも匹敵するのでは……?


 カワゴエの騎兵隊が走り出した頃、同時に走り出したのが黒鳳騎士団だ。

 最後方にいたはずだったがいつの間にか最前線までやって来ている。

 勢いそのままに魔獣の群れの中へと切り込んでいった。


 まぁ魔獣の群れは高くてもB級程度なので怪我することもなく破壊してくることだろう。


 そして白鳳騎士団はというと、


「団長、敵飛行戦力の撃滅を確認しました」

「ならば地上の獣共を掃討します。黒鳳騎士団のんきんばか達の活躍の場を無くしてあげなさい」

「「「はっ!」」」


 うん、一番張り切ってるな。

 白鳳騎士団長のアンジーナと黒鳳騎士団長のリゼルは仲は良いものの、アンジーナは互いの騎士団の戦果を比べたがる。

 それは一部の硬い頭を持った戦場を知らない貴族たちに儀仗部隊と呼ばれることが許せないからだ。

 黒鳳騎士団と同等以上に戦えることを証明したいというわけだ。


「これなら被害も少なく収まりそうだな」

「カワゴエの兵だけなら半壊は免れなかっただろうね…。それにしても……」


 窮地を脱した若きカワゴエの城主は城壁の上から魔獣達がやってきた方角である南に鋭い視線を向けた。

 

「ここから南方に進んだ先には魔の森が広がっていることは知ってる?」

「ああ、確か魔獣が多く生息する広大な森林と聞いている」

「そうなんだよ。そこから魔獣が都市圏に溢れ出さないように二つの城塞都市があって二つの都市の間には長城が築かれている。だからこれだけの大群がカワゴエまで来るなんてありえないんだけど……」

「考えるのは後にして今は各都市へ警告を出した方がいいと思うぞ」

「…そうだね。まずはキョウトの国主様に知らせないと…」


 未だ戦闘の続くカワゴエの地に黒く怪しい暗雲が立ち込め始めた。


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