商いの中心へ
アウリーが大結界の解除を宣言してから五日が経過したが、大きな進展はなく時間だけが過ぎていった。
俺的には久しぶりに満足のいく時間を読書に捧げることができたので最高の気分である。
しかし、仮にも使節団の団長。
やらねばいけないことや公務も当然あるのだ。
「殿下、そろそろ着きます」
「あぁ、わかった」
護衛として同行する白鳳騎士団団長、アンジーナ・フォン・ペリスが馬車の外から声をかけてくる。
スオウの首都キョウトから馬車で揺られること二日、最初の目的地へと辿り着いた。
スオウが誇る六大都市のひとつ、カワゴエだ。
カワゴエはキョウトの真西に位置する農業が盛んな都市でスオウのあらゆる街道がこの地に繋がっているため、スオウ随一の商業都市とも呼ばれている。
馬車の窓から外を見れば広大な田畑が視界に飛び込んでくる。
頻繁に外に出ることのない俺にとってはその光景もことのほか新鮮に見えるものだ。
「城下前に出迎えらしき者たちがおります」
「そこで一回止めてくれ」
「かしこまりました」
ほどなくして馬車が止まりアンジーナが扉を開けた。
心地の良い自然の香りを感じながら下車すると大剣を担ぎ騎乗兵を引き連れた巨漢が俺へ膝をつきスオウ流の礼をした。
「遠路はるばるよくぞ参られました。織部守様よりこの地を預かる北条家が家臣、正木綱繁と申します。出迎えが遅れ申し訳ございませぬ」
「顔を上げてください。アルニア皇国第三皇子、ルクス・イブ・アイングワットです。数日の間お世話になります」
マサキツナシゲと名乗った大男は快活そうな笑みを浮かべながら立ち上がった。
…こんなにデカい人は初めて見たな。軽く二メートルはありそうだ。
「城にて当主がルクス殿下の到着を心待ちにしております。我々が先導致しますのでこちらへ」
そう言って馬に跨る巨大な背中を尻目に俺は馬が大変そうだなという場違いなことを考えるのだった。
◇
マサキ殿に導かれるまま城下を抜けてカワゴエ城の中へとはいる。
ニジョウ城ほどではないが十分立派な城だ。
通された部屋には既に先客の姿があった。
彼は俺とレイン、アンジーナが部屋に入ると立ち上がり一礼する。
「お待ちしておりました。北条家当主を務めております北条氏友と申します。本来ならば僕が直接お迎えに行きたかったのですが……申し訳ありません」
「いえいえ、マサキ殿のおかげで迷わずにここまで辿り着けました。アルニア皇国第三皇子のルクス・イブ・アイングワットです。数日ではありますがお世話になります」
ホウジョウ家の当主と名乗った少年は頭をあげると少し困ったように笑みを浮かべた。
「当主の割に若いと驚かれましたよね」
「確かに随分とお若く見えますね」
「つい先日前当主である父が他界したため僕が家督を継ぎました。ですが今は家督を継いだばかりで家中もごたついてましてね」
「お忙しい時にお邪魔してしまい申し訳ない」
「いえいえ。既に片付いた問題ですので」
そのあと形式的な挨拶や世間話を交えていたが時間も限られているということで移動することになった。
カワゴエに着いたばかりではあるのだが三日後には別の都市を見て回る予定もあるので休んでばかりもいられないのだ。
カワゴエ城を出て少し馬で移動すると通ってきた城下の景色が見える。
改めて見るとこの地を治めるホウジョウ家の政策がよく行き渡っていることがわかる。
拡張を考えてのことだろうが綺麗に整備された区画、城を中心に東西南北へ伸びる大通りに加えてそれぞれの大通りを円形に繋ぐ街路、それでいて街中には緑や草花が豊かに彩っており実に好感を持てる。
「お気に召して頂けたようで何よりです。僕の祖父が都市計画図を描き、父が形にしてきた自慢の街並みです」
「そうでしょうな。ここまで区画が整っていて活気あふれる街はそうないでしょう」
これだけ綺麗な街並みだというのに首都ではなく、一領都なのだからなおさら驚きだ。
これまで控えていたレインだったが街の景観をみてから心なしかソワソワしている。
「どうした?」
「実は都市の区画を考えたりすることが好きでして。カワゴエの都市構造をアストレグの領都に活かせないかなと思いまして…。その、街中を見て回りたい気持ちを抑えるのが…」
照れるように笑うレインの意外な趣味と飽くなき向上心に関心しながらウジトモ殿の後に続いた。