つかの間の読書
今回短めの息抜き回になります。
大結界の解除やその他諸々の問題でスオウ国営図書館の膨大な本を前にして読むことができなくなるのではと心配していたが、ちゃんと俺が必要な場面は無かった。
アウリーは他の精霊王達に連絡をつけるとどこかへ行き、サキさんを除く仙人たちも慌ただしく動いている。
そう、サキさんを除いて。
「何か手伝わなくていいのか?」
「幽ちゃんが私の面倒まで見てる暇ないからルクスにみてもらえーだってさ」
何故か嬉しそうに言うサキさんに俺は内心で頭を抱えた。
これは自論だが読書は一人で静かにするもの。
複数人で読むものでは無いと考えている。
でもまぁアウリーもたまに一緒に読んでいるから慣れてるといえば慣れてるのだが。
「俺って本を読み始めると声をかけられても気づかないことが多いんだけど…」
「安心して、ルクスの邪魔はしないから」
そういうと彼女は広い図書館を歩き回り始めた。
邪魔しないというなら別に言うべきことは無い。
まぁ邪魔されようが読み始めれば俺は大して気にならないのだが。
俺は机に積み上げられた本の一冊を手に取った。
折角スオウにいるのだからと思い、スオウの作家の本や歴史書を持ってきた。
最初に取ったこの本はどうやら古い伝承のようだ。
◆
『きつねのときわたり』
むかしむかしのそのまたむかし、那須のお山の麓に一匹のきつねが他の動物たちと仲良く暮らしていました。
きつねはとても賢かったので他の動物たちの長としてときに悩みを解決し、ときに喧嘩を仲裁していました。
平和に暮らしていたある日、麓の森に大怪我をした人間の男が倒れていました。
彼は放っておけば死んでしまうほどの大怪我でした。
人間を恐れた動物達はこのまま死なせた方がいいと口々に言いました。
それでもきつねは男の怪我を手当し、命を助けました。
動物達はきつねが助けるというならと渋々ですが納得してくれたのです。
しかし、きつねはすぐに後悔することになりました。
助けた男を探しにやってきた人間たちがお山の動物たちに怪我を負わされ、拐かされたと思いお山に火を放ったのです。
お山の動物たちは逃げ惑いました。
しかし、最近の日照りと乾燥のせいで燃え移る速度がとても早かったこともあり、多くの動物達が倒れてしまいました。
生き延びた僅かな動物たちはきつねを責めました。
男を助けなければこんなことにはならなかったと。
きつねは後悔し続けました。
そしてやり直すための力を求め続けました。
百年の後、きつねは精霊と契約を結び、力をつけ、なんと時を超えました。
何故それが可能になったのかは分かりません。
しかし、それは奇跡ではなくきつねの過去への執念と過去を取り戻すための努力が身を結んだ結果だったのです。
過去へと戻ったきつねは火を放った人間たちの里を魔術で焼き払いました。
後にきつねは那須のお山一帯を支配しました。
そのころのきつねには九本の美しい尻尾がありました。
恐怖を刻み込まれた人間たちはお狐様と呼び、決して近づいてはいけないと言い伝えるようになりました。
以降、那須のお山には恐ろしくも賢いお狐様が住まう地とされ崇められるようになりましたとさ。
◆
本を読む者ならばよくあることだと思うが自分の意識が直接本の中の物語へ入り込んだように熱中し、息が止まる、もしくは浅い息をするだけになる。
今回も例に漏れず、読み終えると同時に俺は深く息を吸った。
「これ、さすがに実話じゃないよな」
もし実話だとしたらとんでもない力を持った狐が存在していたことになる。
いや、未だに存在しているのかもしれない。
だが過去の人々がこうして書いて後世へ残したということは事実である部分もあったのではなかろうか。
「…絶対に会いたくはないな」
若干の後味の悪さを感じながらルクスは次の本を手に取り読み始めた。
◇
日が沈み始めた頃、図書館司書の老婆が見回りでやってくるとそこには朝と変わらぬ場所で読書に励む異国の皇子の姿とその傍らで彼の肩を借りて眠る仙人の姿があった。
まるで物語の一幕のような光景に目を奪われた図書館司書の老婆は一度は置いた筆を手に取り、その情景を絵として残し、図書館に飾った。
のちに人気を博すこの絵をきっかけに異国の皇子と仙人の少女による恋物語がスオウでは流行り始めるのだがそれは別のお話。




