仙人たちの過去
「精霊…王…様?」
呆然と口にされたそれは世界に六体しか存在しない者達の総称。
この場合は今しがた顕現した風の精霊王アウリーへ向けられた言葉だ。
「うん。私は風の精霊王、アウリー。隣にいるルクスの契約精霊だよ。初めましてだね、プラールの一人娘」
「っ…!!!」
プラールの名前が出るとサキさんの身体が目に見えて硬直した。
直後、結界内を揺らすほどの衝撃が走った。
いかに遮音目的の結界とはいえアウリーの結界の内部にまで衝撃を届かせることのできる相手はそう多くない。
大方、彼女らの姫様の反応が突然消失したことを察知しての行動だろう。
「アウリー、あの三人は中へ入れていいよ」
「私が話したいのはこの子だけなんだけどなぁ…まぁルクスがいいならいいけどね」
俺はアウリーの存在を隠すために偽装の結界を新たに張ってから最初の結界を一時的に解除した。
すると三人の男女が飛び込んできた。
焔を全身へ纏い、鋭い視線を向けながら槍を構える偉丈夫。
水流と氷柱を周囲に浮かせながら油断なくこちらを見つめる長身の女性。
自身の周囲に岩弾を複数漂わせながら警戒する女性。
四大仙公の三柱である。
厳戒態勢でやってきた仙人達は俺の姿を目視した後にアウリーに目を向けた。
その瞬間に武装を解除して跪いた。
「…偉大なる精霊王様とお見受け致します。四大仙公が一柱、岩散幽甲真君が貴方様に敵意を向けてしまったことを深くお詫び致します」
「頭を上げてよ。それに気にしなくていい。君たちの大切なお姫様を君たちの感知範囲から消失させた私が悪いからね」
「全てをお見通しということですか…。ご慧眼恐れ入ります」
ユウさんは頭を上げると俺へと視線を向けてふっと笑った。
「最初に握手した時に精霊の気配を感じてはいたんだけど、まさか精霊王様と契約されているとは思わなかったよ」
「アウリーは気配を抑えるのが上手いからわからなくても無理はないさ」
「それももちろんあるだろうけど、ルクスくんが相当隠すことに慣れていて技術に長けているとも思うけどね」
当然のことだ。
伊達に契約してから十年間も皇国内で隠し通していない。
「ルクス、進めていい?」
「あぁ、頼むよ」
アウリーの問いに頷きで返すと彼女はふんわりと着地して地に足をつけると四人の仙人を見据えた。
「私も色々と知りたいことがある。けれどこの地には精霊が少なすぎるから聞いても知ることができなかった」
風の精霊王は「でも」と続けた。
「この地に数多くの精霊が暮らしていた頃を知っていて精霊の血縁である君たちなら知りたいことについて聞けると私は踏んでいるんだけど、どう?」
「私たちが御身のお力になれるのであればもちろん協力させて頂きます」
四柱を代表してサキさんが真面目な声音で答えた。
それにアウリーは満足そうに頷いてから本題へ切り込んだ。
「あの子…光の精霊王プラールは一体何と戦って消滅したの?」
「……………」
四柱の仙人達は誰も口を開かない。
「沈黙は金とは言うけれどその問題は既に君たちだけで抱えられる領域を超えている可能性がある。それでも黙るの?」
威圧のために魔力を漂わせた風を司る精霊の王に耐えかねてか、ユウさんが口を開いた。
「…確かに我々…いえ、スオウのみでは抱え込めないほどに追い込まれているのは確かです。故に友好的な隣国であるアルニア皇国からルクス皇子を迎えたのです」
おっと、きな臭い展開になってきた。
俺の読書時間無くならないよな…?
「お話しましょう。我らが国の現状を」
ゆっくりとユウさんは話し始めた。
「まだこのスオウという国が一つに統一される前のお話です。
人間と精霊が共存していた離島の隠れ里で光の精霊王様と一人の人間の間に女の子が生まれました。
名前を天照。
そして時期を同じくして天帝級の精霊四体と人間との間にも子が四人生まれました。
その四人がここにいる私と樂と彩。それともう一人の仙人。雀…夜天雀陰真君。
天照と一緒に成長した私達四人は光の精霊王様の御子である天照を守る存在になると誓いを立てました。
その頃は穏やかに過ごしながら修行を積んでいたものです。
でもある時、突然魔物が里へとやってきました。
それを発見した里の上位精霊は魔物たちを討伐。
今にして思えばその魔物達は斥候のような役割を持っていたんだと思います。
斥候の消息が途絶えれば送り込んだ本隊は違和感を覚える、きっと目的は私たちの隠れ里を見つけることだったのでしょう。
その数日後、魔物の大軍が里へと押し寄せました。
いかに精霊が多く住まうとはいえ契約していない精霊達にとって物量で勝る魔物の相手をし続けるのは厳し過ぎました。
それを見越していた光の精霊王様は私と樂と彩と雀を呼び出して術で眠っていた天照を連れて戦線を離れて隠れなさいとご命令されました。
家族や仲間と共に戦いたかった私たちはもちろんその命令を断ろうともしました。
そんな私達四人を優先すべきは天照の命だと里のみんなが諭し、
私たちは仲間を残し里に背を向けて天照と一緒に戦線を離脱しました。
苛烈な追撃を受けながらも私達は難を逃れた。
そう思いまし。
里からは大きく離れた西側の浜辺へとやってきた時、待っていたとばかりにアイツは姿を現しまた。
私達の数百倍の体躯。
夜闇よりも深い闇を宿し、大地ごと全てを喰らい尽くす漆黒の鯨。
…今でも鮮明に思い出せる。
本能が警鐘をかき鳴らし、大きく後ろへ飛んだ時、私達が立っていたはずの地面は消え去っていました。
咀嚼する黒鯨の様子で理解しました。
周囲を地面ごと周囲を喰らったのだと。
正体不明の敵とはいえ私たちの親は天帝級の精霊、腕に覚えもありましたし、驕りなどは一切なかった。それでも全身全霊で戦い敗れました。
黒鯨のたった一度の咆哮を聞いただけで身体は地面に伏していました。
動けない私たちを尻目に黒鯨は眠る天照へと目を向けて口を開き、地面ごと飲み込もうとした。その時、唯一動けた雀が天照を庇って私の方へ投げ渡しました。
そして雀はそのまま黒鯨に飲み込まれた。
………託された天照を守ろうと海辺から逃げようとした時に私たちと黒鯨の間に光の精霊王様が現れましま。
あの御方は黒鯨に何かを語りかけてたけどすぐに諦めて私たちにこう仰られた。
『貴方達は内陸の島まで逃げ切って。必ず、天照だけは守り抜いてね』と。
そこから雀を失った私と樂、彩は海を渡って内陸部の国…今のキョウトのあたりまで逃げ続けました。
全てが終わった後に黒鯨と邂逅した場所を調べに行きましたが、そこには痕跡どころか私たちが育った島さえ消えていてあるのは膨大な力の残滓のみ。
光の精霊王様もついぞ帰って来られませんでした。
その時の光の精霊王様が消えてしまわれたことを悲しみつつも安心していました。
きっと光の精霊王様は魔物の大軍を掃討した後に黒鯨と戦い、相打ちもしくは勝利したのだと。
ところが近年、スオウとアルニア皇国との間の海峡、プリア海で魔物の動きが活発になってきています。
まるであの日と同じように。
プリア海沖はかつて私たちの生まれ育った島があった場所であり、あの日黒鯨と光の精霊王様が消失した場所でもあります。
杞憂ならそれでいい。けれど、もし黒鯨がこの異変に関係あるのであればスオウだけでは対応しきれない。
であれば隣り合う友好的な国に助力を願うしか道はありませんでした。
そんな時に姫様の予知夢と皇国側から同盟と援軍要請の知らせが届いた。
そして今に至ります」
「なるほど。援軍の条件に皇族を大使として要求したのは我が国を巻き込み俺という皇族を守るために全力を出させるためか」
「もちろん予知夢に従った結果ではあるけどその考えがなかったと言えば嘘になるね。どう、ルクスくん。失望した?」
「国を憂う者の行動としては当然の考え出し間違いでもないと思うよ。先に助けられたのはうちだしな」
きっとユリアス兄上なら俺が倒すとか言うだろうが、文官思考のトレア兄上であれば同じ選択をするだろう。
「ユウさんが過去に立てた推測、光の精霊王による相打ちもしくは勝利ではなく、深手を負ったことによる撤退だった可能性が出てきたのか」
「うん。でも光の精霊王様がただ負けるとは考えにくい。封印を施したけれど効力が解け始めているという可能性もあると私は思う」
…効果が弱まっているとはいえ精霊王の封印を抜け出せる相手となると魔王や龍王のような存在しか思い浮かばないな。
そんな俺の思考を読んだのかアウリーが口を開いた。
「ねぇアイツって呼称してる相手のことだけど本当に黒い鯨だったの?」
「はい。確かに夜闇よりも黒い体表でしたが…それが何か?」
問いの答えを聞いてアウリーはうーんと唸った。
数十秒の思考の末にもう一度口を開いた。
「アイツと呼ぶ相手の正体だけど、多分【四大聖獣】の一体、ケトゥスだと思うんだよね」
「四大聖獣っ!?」
「ケトゥスだって?」
四大聖獣。
この世界が誕生した時に創世神が世界の理を守護するべく生み出したと言われる聖獣たちのことでケトゥスとは生命を司る大海の支配者のことだ。
「聖獣が人や精霊を襲うわけが無いんだけど…。そもそもそういう縛りがあるはずだし…」
アウリーは普段絶対に見せない難しい顔で思案している。
守護するはずの存在が人類へと牙を剥いたという事実が信じられないようだ。
四大聖獣は本や物語の中でもよく出てくる。
もちろん良き存在としてだ。
そんな存在が人を襲うというのは俺も考えにくい。
「風の精霊王様、もしも四大聖獣が攻撃をしてきた時…スオウは滅びるべきなのでしょうか…?」
「いやいや、これはあくまで可能性の話だからね。でも私の知ってる四大聖獣ケトゥスは雲のように白い身体を持っているはずなんだよね。だから別の生物の可能性の方が高いと思うけど…大きさを考えるとね」
「四大聖獣かはさておくとして、それだけの巨体を持つ相手。過去より研鑽を積んだ我らとはいえ、倒せるか怪しい」
「うむ。アルニア皇国へ援軍を呼ぶとしても数は戦力にならぬやも知れぬな」
「プラールが倒せなかった相手である可能性がある以上、最低でも魔術が使えなければ話にもならないだろうね。…どうにかこの地にかかる結界を解除できればスオウの人々にも魔力が蘇るし、精霊の子たちのことも見えるようになるんだけど
……」
一同が沈黙するとこれまで一言も発さなかったサキさんがおずおずと挙手をした。
「えっと、風の精霊王様はスオウにかかる魔力封じの結界を解除できるのですか?」
「うん。でも正確には私だけじゃ無理。この結界は火、水、風、土、闇、そして光の精霊王全員で張った大結界。だから解除したければもう一度方法を知る精霊王たちが集まらなければいけない。でもプラールが消失した以上解くのは……」
「私…多分お母様から結界の解除の方法教えてもらっていると思います…!」
「え?」
この場にいる全員がを見開いた。
さしものアウリーも驚きを隠せないようだ。
二度と解除できないかに思えた結界解除の希望が残っていたのだ。
「お母様がこの地が平和になって私が一人前になれたら解いてもらうからって」
「はは、子煩悩のあの子らしい理由だなぁ」
一瞬寂しそうに笑った風の精霊王は手をパンっと叩いて、
「わかった。なら私は他の精霊王に話をつけてきてあげる。改めて全精霊王の承諾が得られた日、この地を結界から解き放つと風の精霊王アウリーの名をもって約束しよう」
高らかに宣言した。
…他の精霊王たちにアポ取るまでは俺もゆっくり本読めるよね…?
読める…よね…?