スオウ国営図書館へ
「どう感じた? 彼女の力を」
「そうだねー、最も強い人類の一人、かな」
波乱の一日を終えて大使館の寝室でベッドに寝転がりながらアウリーと話していた。
話題に上がるのは昼間に見た四大仙公筆頭、天照瑠璃咲真君ことサキの実力。
普段の天真爛漫でふわふわした空気が一変し、膨大な魔力を展開した時は思わず息を飲んだ。
そして一つ気づいたことがあった。
「スオウの人々に魔力が無いのはどういうことなんだ?」
「やっぱり気になるよね」
スオウの人々と触れ合い、気づいた。
スオウに住まう人達は誰しもが必ず持っていると思っていた魔力を持ってないのだ。
オリベ国主やホソカワさん達に会った時に魔力が感じられなかったのはたまたま保有量が少ない人達だったからと思っていたが、民衆の誰からも感じないのはさすがにおかしい。
このスオウで魔力を感じたのは……
「…もしかして仙人以外の人々は魔力を持ってないのか?」
「そういうこと。むかし色々あってね」
アウリーは仰向けで寝転ぶ俺の頭上で漂いながら口を開いた。
「ずーっとむかし、スオウがまだ群雄割拠の時代だった頃、魔術を用いて多くの悲劇を生んだの。それに見兼ねた私たち精霊王はスオウを囲むように一つの結界を施した。今後スオウに魔力を持つ人間が産まれないようにする封印をね」
その話は少し聞いたことがあった。
オリベ国主の一族が統一する前は血で血を洗う戦乱の世であり、泰平の世が築かれてから魔術は衰退していったと歴史書にも残っていたはずだ。
「平和になった今もその封印結界は解かないのか?」
「ううん、解かないんじゃないの。解けないんだよ」
アウリーはふるふると首を横に振り諦めを示す。
「あの結界は当時の火、水、風、土、闇、光の精霊王で築いた大結界の一つなの。だから解くには封印結界の構築に携わった精霊王全員の同意と協力が必要なんだよ。多分今の状況や光景を知れば他の精霊王達も協力してくれると思うけど……」
「…光の精霊王か」
光の精霊王プラールは既に消失している。
つまりこの結界は光の精霊王が消えてしまった時点で解くことはできないということか。
「だからこの地に住まう人々は永遠に魔力を得ることはない。できないんだよ」
少し残念そうに風の精霊王は口にした。
魔力がなければ精霊とは契約できない。
スオウの民たちに精霊の恩恵は二度と訪れないということだ。
精霊を知る者としてそれは酷く悲しい。
「…どうにかならないのか?」
「術式を知るプラールが消滅した以上どうしようもないの。ルクスならわかるでしょう」
「……………」
何も言えなかった。
精霊というものを深く知る者の一人だからこそ分かってしまったから。
「もし、次タイミングがあったらでいいからあの子と喋らせてほしい。いい?」
「ああ。元からそのつもりだよ」
普段頼み事をすることなどほとんどないアウリーがわざわざ言ってきたのだ、この位は叶えてあげたい。
そう思う俺は枕元の本を手に取り改めて読み始めた。
◇
翌日やや小雨が降る中、俺とレインとサキさんはスオウ国営図書館へと訪れた。
ユウさんは何やら用事があるということで不在だ。
「ここがスオウ国営図書館だよ。念願の場所はどう?」
「最高過ぎる…!」
紙と本棚に使われている木が織り成す芳醇な香り。
視界には所狭しと押し込められた蔵書の海が拡がっている。
読書家ならばときめかずにはいられない状況だ…!!!
「ルクスに喜んでもらえて私も嬉しいよ」
「ここの蔵書数ってどれくらいあるんですか?」
「確か四万冊といったところですねぇ。年々増えていくんですよ」
俺の疑問に答えてくれたのは図書館司書の優しげな老婆だった。
七万八千冊を誇る皇国の宮廷図書館ほどではないにしろ、国の規模を考えれば相当に大きい図書館と言える。
「ルクスがこの国に住んでくれたらなぁ。毎日ここの本読み放題だし増やすのになぁ」
…しばらくこの国に残ってもいい気がしてきた。
住むまでいかずとも読み終わるまで…。
「殿下、ダメですよ」
「…もちろんわかってるよ」
考えが顔に出ているのか、レインが鋭いのか分からないが最近俺の考えていることをすぐに当ててくる。
まぁ本が絡む話では表情がわかりやすいとアウリーにも言われているのだが。
「司書さん、ゆっくり読ませてもらいます」
「若き皇子の知識になれるのであればここの本たちも幸せでしょう。ごゆるりとお過ごしください」
司書さんはそれだけ言うと広大な図書館を後にして司書室へと向かった。
「レイン、三日分の予定は空いてるよな?」
「はい。ルクス殿下がここ数日分の書類や決算を済ましてくださいましたので急な用事が入らない限りは大丈夫です」
「よし、俺はしばらく図書館の前の宿屋に泊まるから大使館はよろしく」
「えっ…いや、さすがにそれはアンジーナ様が許さないのでは…」
アンジーナは間違いなく許さないだろうなぁ。
まぁ護衛の騎士に酒を奢れば騎士たちも許容してくれるだろう。
「アンジーナへの説明と使節団のまとめは頼んだよ」
「はぁ…仕方ありませんね」
大きなため息と共にレインも図書館を出ていった。
護衛の騎士達は図書館の大扉の外にいる。
つまり、いま図書館内にいるのは俺とサキさんの二人だけ。
タイミングは今しかない。
「サキ」
「んー? なになに婚約してくれる気になった?」
「この後起きることは他言無用って約束できる?」
「……わかった。神に…ううん、光の精霊王に誓うよ」
それに頷き俺は初めて人前でその名を喚んだ。
「アウリー」
その瞬間、図書館を覆うように結界が張られ、内部には風が駆け抜けた。
風が止み、俺の隣に浮く彼女の姿を見てサキは目を見開いた。
「精霊…王…様?」




