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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第二章 仙国スオウ編
22/75

天より照らす者

 甘味処星跡にてお団子を食べ終えた俺は護衛の騎士に支払いを頼み注文分の三十倍のお金を渡した。

 これは明日以降やって来る使節員にレシピを学ばせてもらうことへの謝礼を兼ねての支払いだ。

 店主代理の少女はというと狼狽して目を回していた。


「腹ごしらえも済んだし、それじゃあルクスが楽しみにしているスオウ国立蔵書館へ………」


 サキが立ち上がりかけたその時、


 カンッ! カンッ! カンッ!

 カンッ! カンッ! カンッ!


 城下町の東側、つまり港の方からけたたましい鐘の音が町中に響き渡った。


 何事かと護衛騎士の四人が俺とレインの傍を固め剣に手をかけた。


「そこまで警戒しなくて大丈夫。今のは第三級警鐘だからここは安全だよ」

「警鐘ということは何か危険を告げる知らせなのでは?」


 レインの問いにユウさんは頷いた


「確かに今の鐘は市民たちに危険を伝えるためのものだよ。でも警鐘には段階があるんだよ」


 ユウさん曰く、

 今の鐘の音は第三級警鐘、魔物の小規模な襲撃を伝えるもので自主的な避難を求むというもの。

 第二級警鐘は魔物の大規模な襲撃を伝え非番の兵士たちへの緊急招集と市民への避難指示を告げるもの。

 そして第一級警鐘は国家存亡の危機を告げる時に鳴らされるらしい。


「といっても第一級警鐘はスオウのそこそこ長い歴史の中でも一度も鳴らされていないけどね」

「国家存亡の危機の時に鳴るならマルシアが攻めてきた時は鳴らさなかったってことか?」

「あれは始まる前から勝ちが決まっていたからね」


 一応相手は西大陸の覇者なんだけどな……。

 スオウは敵には回したくないものだと心の中で再認識しているとユウさんが俺の隣に立つサキの方を見て引き攣った笑みを浮かべた。


「…咲?」

「ねぇ幽ちゃん。警鐘が鳴るとスオウで管理してる施設ってどうなるか分かるよね」

「……事態が収まるまでは閉鎖することになるね」


 さっきまでの明るくて陽気な声の持ち主とは思えないほど底冷えした声が隣からした。

 ゆっくり視線を向けるが黄金色の生糸に隠れて顔は見えない


「私、ルクスにいっぱい楽しんでもらってスオウと私のことを大好きになって貰うつもりだったんだよ」

「……咲のことはともかく、スオウのことは好きになってくれたんじゃないかな。ねっ、ルクスくん!」


 話を合わせてくれという意図を込めたアイコンタクトが飛んでくる。

 よく分からないがとりあえず合わせておこう。


「そうだな。俺はスオウがとても気に入ったよ」

「ほら、ルクスくんもそう言ってる事だし……」

「ならもっと許せない。私とルクスの大好きな場所を害そうとするなんてことは」


 突如サキの身体から眩い閃光が煌めいた。

 一瞬の光、しかし変化は劇的だった。

 先刻までとは纏う空気も着ていた服すら異なる。


 黄金色の髪と白を基調とした装束、緋色のはかまが風になびく。

 手には鈴が付いた短い棒のようなもの…確か神楽鈴といったか…を握っている。

 空色だった瞳は薄く金を帯びて港の方を見据えていた。


 皇族である俺は特定の神を信仰したことはないし信じたこともない。

 だがその姿は神としか形容しえない。

 彼女こそがこのスオウで人々に崇められる仙人の筆頭。

 神がいるならばきっとこんな姿なのではないだろうかと思ってしまうほど神々しく凄まじい魔力と威圧感だ。


「大丈夫、すぐに終わらせるから」

「ちょっと!咲!」


 ユウさんの制止も聞かずに少女は空高く舞い上がった。

 その様子はスオウの古い童話である七夕物語に出てくる天女そのもの。

 地上からある程度離れた位置で留まると目を閉じて神楽鈴を天へと振り上げた。


「其は日輪、世を照らし国を見守る我らが父祖」


 ―輝きが振り上げた右手へと収束する―


「邪悪の根源たる者を討つべく我が声に応えよ」


 ―唄声に呼応するように陽光の勢いが増す―


「我は日輪の代行者であり 日輪の巫女であり 日輪の子」


―世界を等しく照らす煌めく光の寵愛を一身に受ける―


「天照の名において命ずる 滅せよ」


 開かれた黄金の瞳が万物を捉え呟いた。


陽華滅却ようかめっきゃく


 刹那、世界が光に包まれた。

 反射的に目を瞑るが意味をなさない。

 しばらく音はなかった。


 光と静寂が支配する世界を破ったのは俺の隣へ降り立った仙人の声だった。


「はいおしまい!」


 全ての者が畏怖したであろう少女から出た言葉はひどく軽いもので俺たちへと向けられたのは満面の笑みであった。

 俺は何も言えず苦笑いを返すのがやっとだった。





 あとで聞いた話だが、第三級警鐘の理由は水棲魔物数十体が港へ上陸したからだったそうだ。


 スオウは島国のため度々こういった低ランクの魔物による襲来があるそうでスオウの兵士たちはいつも通り対応しようとしたところをサキさんが文字通り消し飛ばしたそうだ。


 そしてこれだけの騒ぎが起きれば国のトップが動かないはずもなく……


「お気持ちは分かりますが第三級警鐘程度であれば我々にお任せして頂けると…」

「ごめんなさい…」


 サキさんが元に戻ってすぐにホソカワさんがやってきて苦言を呈した。

 さしもの咲さんも謝るしかできないようだ。


「今回の襲撃はCランク以下でしたので資源として確保したかったのですが仕方ありませんね」

「ちなみに国営図書館は…?」

「もちろん閉まってます」

「そんなぁ……私頑張ったのに…」


 そんなこんなでこの日は解散となり図書館を訪れるのは明日へと延期となった。

 しなしなと崩れ落ちるサキさんを尻目に俺はまだ見ぬ知識の書を惜しむのだった。

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