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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第二章 仙国スオウ編
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甘味処 星跡

 サキさんとの金魚すくい勝負で無事ボロ負けした俺は集まっていた子どもたちに慰められた。

 周りは初めてで一匹取れただけでもすごいと言ってくれていたが、隣で十数匹もすくっている奴がいると正直喜べない。


「そう落ち込まねぇでください。天照様はスオウ金魚すくい大会を五連続優勝している絶対王者なんですから」

「今年も優勝するから六連続になるね!」

「俺に勝てる可能性ないじゃん」


 先に言え先に。

 まだ出会って間も無いがこの仙人への敬意が失せていく一方である。


「初めてで一匹すくえたのは本当にすごいよ。見所あるよ! 弟子入りする?」

「…つつしんでお断りしておくよ」


 例えこのキンギョすくいがアルニア王国に普及しても図書館から出ない俺には関係ないしな。


「えー残念。ならお嫁さんにしてくれることで満足しておくね」

「むしろハードル高くなってるって」


 にっこり笑いかけながら面と向かって言うから流されそうになる。

 全く油断も隙もないな…。


「ねぇねぇ、あまてらすさまはおよめにいっちゃうの?」

「んー、このお兄さんがスオウに来てくれればどこにも行かないよ」


 ちらりとこちらに視線を送らないでほしい。

 尋ねた子どもたちまで見てるじゃないか。


「おにいちゃんすおうにきてくれる?」

「…考えておくね」


 何とも言えない雰囲気を感じた俺の鼻腔に香ばしい香りが飛び込んできた。

 辺りを見回して探してみると二軒ほど隣の店から漂ってきたようだ。


「いい匂いだけどあれは…?」

「おー、あのお店に目を付けるとは良い鼻を持ってるね。ちょうどこの後連れていこうと思ってたんだよ!」


 待ってましたと言わんばかりにサキさんが目の前に飛び出してきた。

 そんなサキさんをユウさんが子猫を首元を持つように引っ張り距離をとらせた。


「あそこで売ってるのは…って行った方が早いよね。ほら、行くよルクス!」


 さっきのように引っ張られることを予想していた俺はやり返しに踏ん張って躓かせてやろうと考えていた。


「ふっ…そう何度も引っ張れると思……って力強くねっ!?」


 こんなに華奢な身体のどこにそんな怪力があるんだ…!?

 

「ねぇ、私が仙人ってこと忘れてない?」


 結局ズルズルと引きずられるようにお店の前まで連れていかれた。

 レインやユウさんも苦笑いしている。

 解せぬ。


「それでここは何を売るお店なんですか? 一件すると茶屋のようですが…」

「レインちゃん正解! ここは茶屋的な場所で甘味処っていうの。甘いものとか食べながらお茶を飲める私の大好きな場所の一つなんだよ」


 店先で立ち止まっていたからだろう、お店の中にいた十歳ほどの少女が暖簾のれんから顔を出した。


「いらっしゃいませ、天照様。 わぁ、いつもお一人で来られるのに今日は随分と大勢で来ましたね」

「今日は隣の国の皇子様一行を連れてきたからね。これで紗夜ちゃんのお店にも箔が付くでしょ」

「えっ!? 皇子様っておとぎ話の中だけの存在だと思ってました…。ってそんな高貴な御方がうちなんかに来て大丈夫なんですかっ!?」

「その皇子様が匂いにつられてたから大丈夫なんじゃないかな」

「こ、光栄です…」


 仲良さそうに話す女の子が緊張した面持ちでありながらキラキラした目を俺たちに目を向けた。


「よ、ようこそ甘味処星跡(ほしのあと)へ。このお店の店主代理の高梨紗夜たかなしさよと申しますっ!」


 この子の皇子様への夢を壊すのは忍びないので俺は外向きの笑顔を浮かべた。


「これはご丁寧に。アルニア皇国第三皇子、ルクス・イブ・アイングワットです。突然大人数で押しかけてしまって申し訳ない。つい香ばしい香りに誘われてしまいましてね」

「ねぇ、なんか私との初対面の時と違くない?」


 そりゃ皇子に夢見る少女と扉を蹴り破ってくる仙人では対応が変わるわ。

 

「ところでこの良い匂いは一体?」

「うちのお団子の匂いかと…」

「お団子?」

「はい。こ、こちらです」


 サヨと名乗った少女がおずおずと差し出したのは白い丸型の何かにタレがかかった串焼きのようなものだった。


「これは…串焼きですか?」

「い、いえ! これはみたらし団子といって穀物の粉を茹でて固めたものにみたらしというタレをかけた食べ物です」

「ふむふむ…」


 実物が目の前にあるとやはり匂いは強くなるので必然的に小腹がすく。

 そんな俺の様子を見抜いてなのかサキさんがニヤリと笑みを浮かべた。


「サヨちゃん、みたらし団子を八人分お願い!」

「えっ、あ、はい!中へどうぞ…って八人分ですか?」

「うん、ルクスの護衛の騎士さん達の分もね」

「なるほど、かしこまりました。そちらにお座りになってお待ちください」


 そう言って店内に引っ込んだ店主代理を見送って俺たちは長椅子に座った。

 屋外ではあるが傘がさされているので日差しの心配もない。


「アマテラス様はここによく来られるのですか?」

「まぁね。私ってこれといったお仕事はあまりないから。視察という名目でスオウ各地を遊びに回ってるだけだからここにもよく来るよ」

「ちゃんと視察して欲しいんだけどね…」


 諦めた顔をしたユウさん。

 毎回思うがなんでこの人が筆頭仙人じゃないんだ。


「このあとどこに行くとかは決めてるのか?」

「本当はスオウで一番大きな図書館と本屋さんにでも連れていこうかなって思ってたけど」

「大きな図書館っ!? 本屋っ!?」


 異国の一番大きな本屋…!!!

 それはアルニア皇国には無い本が沢山あるってことだろ。

 ここで行かないという選択肢は読書家としてない。


「でもなぁ、ルクスが私の扱いを雑にするからなぁ。蟲系魔物のゲテモノ料理店にしようかなぁ」

「わかった。いや、分かりました。何が望みでしょうかサキ様」

「…本が絡むと尊厳捨てるのね、この皇子」


 当たり前だろう。

 俺から読書を取ったら何も残らないのだから。


「まずは私の呼び方を咲って呼び捨てに…」

「わかった。サキ、他は?」

「今夜、私に時間を作ること! どう?」


 サキさん改め、サキが空色の瞳を俺に向けながら手を差し出す。


「よし、それでいこう」


 俺はその手を握った。

 契約成立である。


「お待たせしました! みたらし団子八人前です」

「ナイスタイミングだよ、紗夜ちゃん! さぁみんな食べよっ!」


 サヨちゃんが運んできた瞬間、漂っていた香りが強くなった。


 職務中なので食べれないと固辞しつつ悔しそうにする騎士へ俺が二人ずつ交代で食べるよう伝えると戸惑いながらも嬉しそうに敬礼した。

 ちなみに白鳳騎士団員の二人が先に食べるようだ。

 やはり女性は甘味に弱いのだろう。


「早くルクスも食べてみてよ」

「それじゃあ遠慮なく…」


 串に刺さった団子を口に頬張る。


「…! これは美味しいな」

「でしょー! なんていったって星跡のお団子はスオウで一番美味しいお団子なんだから!」

「大変恐縮です…!」


 口に入れた瞬間に広がるみたらしの甘み。

 咀嚼するとモチモチとした食感と団子本体の甘みとみたらしの甘みが絶妙に絡み合う。

 スオウに来てから食べた中で一番美味しいと素直に感じた。


「殿下…! この美味しさは皇都に持ち帰るべきです。皇国に住まう民が喜ぶこと間違いありません」


 常に冷静なレインですら食べた途端に興奮気味に語り出した。

 …確かにこの味は欲しいな…。


 どんなに本を読むのが好きとはいえど、俺も人間なので長時間読書をすれば疲れる。

 そんな疲労を癒すには甘いものは欠かせない。

 普段は砂糖を結晶のように固めたものを飴のように舐めていたが、このみたらし団子を知ってしまった以上戻れない。

 全ては快適かつ自由気ままな読書生活のため。


「俺もそう思う。レイン、何としてもこの味を皇国に持ち帰るんだ」

「はい、団員の何人かに学ばせましょう。タカナシさん、このレシピを教えてくれませんか?」

「私たちのお店の味を皇子様が気に入って下さった上に皇子様のお国でも味わえるようになるということですよね。そんな光栄なことお断りする理由がありません。是非お願いしますっ!」


 交渉成立のようだ。

 あとのことはレインに任せればきっと明日にも団員が学びに来る手筈になるだろう。


 俺は残りの団子をじっくりと味わいながらこのあと目にするであろう大量の本や書物に思いを馳せるのだった。





 団子を楽しむルクスたちを眺めていた岩散幽甲真君がんさんゆうこうしんくんの元に星跡代理店主の少女が団子を持ってやって来る。


「幽さんもどうぞ」

「ありがとう」


 礼を言って胡麻団子を受け取り口に運ぶ。


「今日も美味しいね」

「ありがとうございます」


 にっこり笑った代理店主の少女は自然な動作で近づき幽だけに聞こえるように囁いた。


「…魔の森に氾濫の兆しあり。それとプリア海沿岸の魔物の数が先月の倍になっていると」

「…深刻だね。国主にも伝えておくよ。()()()ありがとね。店長殿にもよろしくお伝えしておいて」

「了解です」


 再びお店の奥に引っ込んだ代理店長を見送った茶髪の仙人は溜息を吐く。


「これは大きな嵐が来るかもね」


 彼女は願わくば人が死なないようにと祈った。

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