笑顔の花園
翌日、朝食を済ませて食後のお茶を楽しみながら雑談をしていた俺とレインの元に来客の知らせが届いた。
……やってきた本人と一緒に。
「おはよー、ルクス! 城下を案内するからいこ!」
「うん、色々ツッコミたいんだけど」
「言うだけ無駄だからね。姫様へのツッコミ」
何か言うべきか迷っていると隣室からユウさんが呆れた顔をしながらやってきた。
「この子と二百年付き合ってる私が言うかは間違いないよ」
「あ、はい」
二百年もツッコミ役をしているのかこの人。
苦労が忍ばれるし謎の尊敬心が湧いてくるぞ…。
「レイン、サキさんが直々に来てくれたみたいだし予定を早めて城下を見に行こうと思うんだが大丈夫か?」
「今日城下を視察するのは殿下と私、それから護衛の騎士だけの予定ですので特に問題はないかと」
「わかった。予定が早まることをアンジーナに伝えておいてくれ」
「はい」
レインと本日の予定を再度確認してから来客を知らせてくれた騎士をアンジーナの元に向かわせた。
これであとはアンジーナの方で調整してくれるだろう。
「今日はユウさんも来るのか?」
「一応ね。護衛というよりは姫様のお目付け役かな」
「ねえ、ユウちゃん私そんなに信用ない?」
一度自分の行動をじっくり振り返って見てほしいこの仙人。
「サキさん、ユウさん。準備ができたら呼びに行くから客間で待っててくれるか?」
「もちろん。元々予定よりも早く来てしまったこの子が悪いからね。今度からよく言い聞かせておくよ…」
説教モードに入った仙人たちを客間へ誘導するよう騎士に命じて俺は準備のために自室に戻った。
「どうだった?」
「うん、あの子はプラールの子で間違いないよ。忘れ形見、なんていうのかな」
懐かしむ顔は儚げで普段の彼女からは想像もつかないほど元気がなかった。
「話そうとは思わないのか?」
「…いいの? 私が話せばルクスとの契約のこともバレちゃうかもよ?」
「まぁここは皇国じゃないし父上もいない。どうせ昨夜の会話も聞かれてるだろうしこの際、潔く明かして皇国関係者にバレないように誤魔化すのを手伝ってもらおうかな。だからしっかり話しておいで」
「そっか、ありがと」
自由奔放なアウリーだが、こういうところは非常に繊細で人間らしい。
本人には絶対言わないがとても好ましいと思う。
◇
準備を終えた俺とレインが館の玄関を出ると既に二柱の仙人と白鳳騎士団の団長が待っていた。
「すまん、待たせたか?」
「いえ、我々も先程来たところです」
「まさかアンジーナが護衛に付くのか?」
「そうしたいところでしたが、本日はスオウの騎士…こちらではサムライと呼ぶそうですが。その方々との合同訓練がありますので私は護衛には付けません」
そういえば昨日流し見た書類にそんな予定が書かれていた気がする。
「護衛には黒鳳騎士二名と白鳳騎士二名を付けますのでご安心ください」
「私たちもいるし、回るのは町中だけだから心配はないよ」
この地は仙人達のお膝元。
わざわざ仙人が二柱もいる集団を襲いに来る輩もないだろう。
「…殿下、珍しい書物を見つけたからいって護衛から勝手に離れるのは絶対にやめてくださいね」
「一応今は使節団の団長だからな。自重するさ。………たぶん」
「そこは断言してください」
読書を生き甲斐にしている俺としては貴重な書物に引き寄せられるのは抗えぬ定めなので許して欲しい。
「おーい、そろそろ出発しようよ」
「そうだな。それじゃあ行ってくる」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ。くれぐれも護衛に黙って離れぬように」
俺たちはアンジーナに別れを告げて城下の町へ向けて歩き出した。
大使館は城下町の端にあるため中心地までは少し歩くことになる。
馬車を使わないのはゆっくりと観光兼視察をしたいからだ。
先頭を歩くサキさんはニコニコしながら振り返った。
「ルクスと町に遊びに行けるの嬉しいなぁ」
「一応視察って名目なんだけどな…。まぁ異国の文化を直に見るのは少し楽しみだな」
「きっとこの町に住みたくなるくらい気に入るよ」
言葉の節々からスオウを、そしてこの町を大事に思うサキさんの気持ちが感じられた。
「レインさんってすごい魔術を使うんだよね? 興味があるから今度見せてくれない?」
「今の私の実力では仙人の皆さまがお使いになる仙術には見劣りしてしまいますが…。それでもよければ」
俺がサキさんと話している横ではレインがユウさんと雑談している。
……今の口ぶりだといつかは仙術に匹敵する魔術を使うつもりか…?
弛まぬ向上心に脱帽していると人通りの多い通りに出た。
「おぉ…!」
思わず感嘆の声が漏れた。
皇国では見たことの無い城下の景色だった。
出店や屋台が立ち並んでいる大通り。
多くの笑顔に溢れた魅力的な世界が広がっていた。
「どう? 気に入ったでしょ」
「これは…いい町だな」
「よかった。ここは私の大事な場所だから」
サキさんは嬉しそうに笑って言った。
◇
「おぉ! 海の向こうから来た人達かい! それはもてなさなきゃね! ほら、この菱餅持ってきな」
「スオウの外から来たのか! この地酒も持ってけ、スオウの酒は美味いぞ」
町に足を踏み入れた俺たちは住民たちに熱烈な歓迎を受けていた。
護衛として付いている騎士達の手にはあっという間に街の人々から頂いた品々の山が築かれた。
「それじゃあ護衛の人が困っちゃうか。うちの兵に渡してくれれば後で大使館に運び込んでおくよ」
「ありがとうユウさん」
よく気が利く人だ。
苦労人は自然と気遣い上手になるのかもしれない。
「ルクス、 早く来て! こっちこっち!」
「おわっ! ちょっと待っ…!」
いきなり手を引かれ躓きそうになりながら一つの露店に連れてこられた。
店には飲食できそうなものはないが代わりに水を張った大きな長方形の入れ物があった。
中には小さい魚がうようよ泳いでいる。
「おぉ、天照様! 今日もやっていかれますか?」
「もっちろん! 今日は将来の旦那様を連れてきたから張り切っちゃうよっ!」
「旦那!? 天照様にもいい人ができたってわけですかい! そりゃめでてぇ話ですけど、うちの店が潰れない程度に取ってくだせぇな」
露店の店主と親しげに話すサキさん。
一般市民と国の中核にいるであろう仙人が笑顔で話している。
アルニア王国で例えるなら貴族と一般市民といったところか。
他国よりも比較的身分の差による差別が少ない我が国でもこんなに親しそうに話すのは無理だろう。
そんな心中を悟ってかユウさんがレインと近づいてきた。
「スオウにも身分の差があると思った?」
「無い国はないと思っていたよ」
「仙人は敬われはするけれど、偉いわけじゃない。私たちは俗世に生きるスオウの人々が好きでその生活を守っているに過ぎないからね」
「我が国の…いや、各国の貴族に見習って欲しい話だな」
「あはは。でも姫様…咲だけは例外かな。あの子は周りが笑うことを何よりも望んでいるから。もしも泣いている子供がいれば頼んだ仕事を投げ出して笑顔にしに行くような子だから」
優しげな顔をしたユウさんが見つめる先ではいつの間にかサキさんが周りの店の店主や子どもたちに囲まれて笑っている。
ふと、目が合う。
「ルクスー! こっちに来て勝負しよ!」
無邪気な彼女を見ていると自然と笑みがこぼれてくるな。
「…いいけど俺何するかも分からないからな」
「大丈夫、ちゃんと説明するよ。まぁ私が絶対に勝っちゃうけどね!」
「言ってな。自分が負けても子どもたちが笑って慰めてくれるだろ?」
俺とサキさんのやり取りを聞いた人々の顔に笑顔の花が咲き乱れる。
その中心にて俺を手招きする彼女はさながら微笑みの大輪のようだった。
「それで勝負のルールは?」
「簡単だよ。この箱の中を泳いでる魚、金魚って言うんだけど多く捕まえた方が勝ち!ってこと」
「捕まえるって素手でか?」
「素手で捕まえるなんてしたら金魚が潰れちゃうよ。捕まえる時はこれを使うんだよ」
サキさんは円形の枠に薄い紙を貼ったものを俺に手渡してきた。
「これはポイっていうこの金魚すくいのための道具なんだよ」
「そんな薄い紙じゃ水の中に沈めたら魚を取る前に破れちゃうんじゃないか?」
「ふふ、ちょっと見てて」
そう言ってサキさんはポイを静かに水面へと沈ませた。
ゆっくりと泳ぐ金魚に狙いを定めたのかポイを金魚の下へと潜り込ませた。
そして尾びれをポイの外側に外しながらすくい上げた。
ポイの反対側の手に握られた器の中にちゃぽんという音と共に金魚が移された。
「ね、破れないでしょ」
「…めちゃくちゃ難易度高くないか…?」
サキさんはいとも簡単にやっているが、周りの子どもや町人達からは感嘆の声が上がっていた。
…つまり普段から見ている彼らの目から見てもサキさんの腕前はかなり良いということ。
「まさかとは思うけど勝負から逃げるなんてことはしないよね、ルクス?」
「…もちろん」
逃げ道は無いらしい。
もしかしたら俺にはこのキンギョすくいの天才的な才能が眠っているかもしれない。
それが開花すれば…勝てるはず…。
「それじゃあお二人とも準備はいいですかい?」
「私はいつでもいいよ」
「俺も大丈夫だ」
「それじゃあ金魚すくい対決開始!!!」
金魚すくい屋店主の元気の良い声と共に勝負の火蓋が切って落とされた。