第一皇子の来訪
突然現れた来客者、第一皇子であるユリアス兄上に困惑の表情を浮かべていると兄上はニヤリと笑った。
「予想外のことに弱いのは相変わらずなようだな」
「…二年ぶりに会った兄弟の最初の会話がこれですか」
ユリアス兄上は帝国国境である東部国境守備軍を率いる将軍。
故に一年に一度王都に帰って来れるか来れないかというお立場だ。
そんな彼が目の前にいる、浮かぶ疑問は一つしかない。
「何故ユリアス兄上がここに?」
「大した理由じゃない。父上が皇国の今後を話し合う重鎮会議をするというからと強制的に呼び出して来ただけだ」
「…世はそういうことを大した理由というのでは?」
「ははっ、細かいことは気にするな」
一番きな臭い東部国境の守りが本当にこの人で大丈夫なのだろうか。
ユリアス兄上はひとしきり笑うと少し真剣な顔になった。
「ところで、ルクス。お前はいつまでこの図書館に入り浸っているつもりだ?」
「この世から本や書物が消え去るまでですかね」
「お前らしい答えだがなぁ…。お前も今年で十八だろう? 俺の初陣も十八だった。そろそろ、お前も…」
「嫌です」
溜息をつく兄の姿は父上そっくりだなぁ。
「大方、父上にユリアス兄上からも説得してくれと言われたのでしょう? 残念ですが、誰に言われても政治はもちろん、戦争になど絶対に関与しませんよ」
「だろうな。俺も父上にそう申し上げたんだがな」
よく分かってらっしゃる。
さすが俺を図書館に連れてきてしまったお方だ。
そもそも俺が関わるとどの事柄も絶対にややこしくなる。
特に精霊契約者ということが露呈した時。
そう、これは国を大切に思うからこその致し方ない対応なのだ。
そういうことにしておこう。
「まぁ俺はダメ元だったからな。父上にはやはり無理だったと言っておく」
「よろしくお願いします……俺は?」
今回も余裕でこの生活を守ったと安堵しようとしたが、ユリアス兄上の言葉に違和感を感じた。
さっき俺はと言わなかっただろうか。
「あぁ、本命の説得役は他にいるようだ。まだ安心するには早いみたいだぞ?」
「勘弁してくださいよ…」
ユリアス兄上は俺にかなり甘い。
だから本命ではないと言われたら納得できる。
しかし、他に誰を用意してくるというのだろうか。
皇族は…ないな。
俺に費やす時間を持っている暇人などいないだろう。
第四皇女と第五皇女の双子は俺の弱点ではあるが幼いから説得に不向きということで除外。
となると…
「全く予想がつかないですね」
「俺も聞くまで分からなかった。まぁ何だ、頑張れよ」
「ユリアス兄上はもう知っているんですよね? こっそり教えてくれませんか?」
「それはフェアじゃないだろう。今の生活を守りたいのなら自分の力で勝利を掴み取れ」
ちっ、ダメか。
言ってることが正論過ぎてぐうの音も出ない。
用事を済ませたユリアス兄上が背を向け、図書館から出るべく扉に手をかけた。
「ルクス、俺にはやはりお前がただの趣味人には見えない。いつか共に戦場で肩を並べる気がしてならない」
「俺はこの生活が気に入っていますし戦場に立つなんてありえませんよ」
そう返すと兄上はチラリと俺を見てやってきた時と同じ笑みを浮かべた。
「俺の勘はよく当たるんだ。何かあったら頼むぞ」
…どうか外れますように。
そう祈らずにはいかない俺だった。