夜の語らい
歓迎の宴会を終えて大使館に帰ってきたあとは割り当てた自室へすぐに戻った。
部屋に入るなり俺は思いきりベッドに倒れ込んだ。
「あぁ…疲れた」
「お疲れ様。肩でも揉もうか?」
「ありがと、お願い」
「はーい」
ふよふよと宙を浮いていた緑髪の契約精霊がうつ伏せになる俺の腰に跨って肩を揉み始めた。
精霊に触ることはできないというのが世界の常識だが、ある程度の高位精霊になると魔力があるものには触れることができるのだ。
まぁアウリーの場合は彼女が許した者にだけだが。
マッサージをしてくれていたアウリーがふと手を止めて肩口に顔を寄せて鼻を鳴らす。
「どうした?」
「いや、少し懐かしい匂いがするなって」
「匂い?」
俺の匂い…毎日嗅いでいるだろうから違うか。
なんの匂いだ…?
「数百年前に仲の良かった友達の匂いがする」
「………?」
「今日ルクスがお城で会った人の中に彼女の血縁でもいたのかもね」
懐かしそうに微笑むアウリーの様子は少し寂しそうだった。
数百年前…血縁…。
これは聞く時かもしれない。
「アウリー」
「なぁに?」
「この国で仙人と呼ばれる人ってさ」
「うん」
「精霊の末裔だったりするのか?」
初めて仙人の力を、仙術と呼ばれる力を目にした時。
これは魔術と比べることのできる力じゃないと思った。
魔術を超える規格外の力、魔法の領域にあるものだと悟った。
魔法に準ずる威力を持つ力を使うことができ、寿命もあるのか怪しいほどの生命力。
ここまで条件が揃うとそれが一番可能性の高いものは精霊の子孫であることだった。
「ん、正解。仙人と呼ばれる三人は精霊の末裔、人と精霊の間に生まれた子どもだよ。もう一人もきっとそうだろうね」
世界の神秘であり誰も知ることのなかったその正体が大精霊の口から明かされた瞬間だった。
「やはりか。さっき懐かしいって言ったよな? 他の仙人の時には感じなかったのか?」
「うん。多分他の三人は天底級くらいの精霊の子孫じゃないかな。私が懐かしく感じたのはルクスが今日初めて会った仙人。名前はなんて?」
「天照瑠璃咲真君って名乗ってた」
「天照に咲ねぇ。あの子が付けそうな名前だね」
納得といった表情を浮かべてアウリーが何度も頷く。
俺があの子について聞くとアウリーは懐古するように遠くを見つめて話し始めた。
「彼女は明るい性格だったし精霊界でもみんなを照らす太陽のような子でね。司る属性も彼女にぴったしの光属性だったの」
「そんなあの子が悩ましげに私と水の精霊王のところにやって来てこう言ったの。『私、人間をすきになってしまったの』ってね。あの時の顔はほんとに可愛かったなぁ。その頃の精霊界の常識では上位級や天底級の精霊までなら他種族と子を設けることもあったんだけど、最高格である精霊王が人間と一緒になったなんて前例はなかった。私たち精霊王の力は強力すぎるから。仮に子どもが力に溺れてしまえば人間界が壊れちゃう、そういう懸念もあって簡単に許すことのできることじゃなかったの」
「でも最後はあの子の熱意に負けた私たち精霊王が精霊を司る神であるアヴァロン様に許可を願い、もし子どもが人間界に大きな影響を与えた時は処断することを条件に許可してもらったんだ。それで私たちは彼女を送り出した。ほど無くして彼女は想い人と結ばれた。その二人の子がその仙人だろうね」
中々に興味深い話だった。
人と精霊との間に子どもができるなど世界でも知る者はほとんどいないだろう。
学術的な興味もあるがそれ以上に気になることもある。
「精霊って寿命は無いよな?」
「そうだね。私たちは悠久の時を揺蕩う存在だから」
「なら人間と結ばれた精霊王は今も生きてるってことか?」
先程のアウリーの語り口調はまるで故人を懐かしむような声音だった。
寿命のない精霊が、それも最高位の精霊に対してだ。
「通常、精霊は大気中の魔素…魔力を糧に暮らす。契約してなければ力を使うこともないし魔素を取り込むだけでも生きていけるからね」
「精霊に明確な寿命は確かに存在しないよ。でも、力を行使する時に魔力を使うでしょ? もし、その魔力消費が空間から取り込む量と自分の保有量を超える勢いで使われればその精霊は存在を維持できなくなり消滅する」
「詳しいことはわからないけどあの子、光を司る精霊王プラールはある日突然消失したの。その理由は今でもわかっていない。でも私と水の精霊王が最後に彼女がいたと思われる場所に行った時、そこには膨大な魔素溜りができてた。きっと彼女は何かと戦って消えたんだと思う」
精霊魔法は魔術と比較にならないほど強力な力。
俺もシャルマン戦役の際にアウリーの力を行使していたが、あれは精霊魔法ではない。
アウリーほどの大精霊が精霊魔法を使えば帝国軍はおろかシャルマン周辺を更地にすることだって可能だった。
それだけ精霊魔法という力は凄まじい威力を持つ。
そんな強大な力を自由に行使できるのが世界に六柱しかいない精霊王だ。
その一柱が力を出し尽くさなければならない相手など存在するのか…?
「その相手が何だったのかは今でも分かってない。この国に来てから改めて探ってみたけど存在すらも感じられないの。だからプラールが相討ちにしたんじゃないかなと思うんだけど…」
「もし、その存在が生物で今も生きているとしたら…?」
「人間に敵意を持っていて本能のままに暴れる存在ならこの国の滅亡程度じゃ済まないと思うよ。なんて言ったって精霊王のプラールと戦って生き延びているってことだからね。文字通り未曾有の大災禍ってところかな」
「…相討ちで消えたことを祈っておくよ」
「仮にその存在が出てきても私なら負けることはないよ。だってルクスがいるからね」
「そうだろうけど俺が精霊、それも精霊王の契約者って世界に知られるだろそれ。そんなことになったら落ち着いて読書もできない生活になるじゃないか。自分の夢のためにも俺は戦わないよ」
「あはは、ルクスはそれだから面白いのよね。何にせよその仙人とは仲良くしてあげてよ。機会があれば私も喋りたいしね」
アウリーがコミュニケーションを取りたがるなんて珍しい。
どうにか喋る機会を作れれば良いんだが。
「わかった。それと手がずっと止まってる」
「あら、これは失礼いたしましたわ。皇子殿下」
「うむ。苦しゅうない」
再び身体を揉みほぐし始めたが同時に俺の魔力も吸い上げ始めたアウリー。
ちゃっかりしてるのは誰に似たのやら。
マッサージをしながら突然アウリーが遮音結界を張った。
「どうした?」
「そういえばさ」
「うん」
「今の話全部聞いてる子がいたけど別にいいよね」
「は!?」
今の話って…!?
「仙人の正体やプラールの子どもの話、それに俺とアウリーのこともかっ!?」
「うん」
「なんで遮音結界を今張ったんだっ!?」
「聞いてた子、仙人だったし良いかなって。それに最初から気づいていたみたいだしね」
「……ユウさんか」
最初に会った時の興味深そうな反応はそういう事か。
「聞かせたということは問題ないってことか?」
「うん。あたりは付けられてたし、確証を得たかっただけじゃないかな」
「バレても仙人だけ……いや、オリベ国主には話されるかもな」
「皇国の人にバレなければ問題ないでしょ?」
「まぁそれは…そうだが」
「なら大丈夫だよ」
アウリーが言うなら大丈夫…とは思えないな。
好き勝手に言いふらすとは思えないが釘は刺した方が良さそうだ。
ふと思ったが精霊の末裔である仙人たちがアウリーの気配を感知できないはずがないか。
何はともあれめんどくさいことになりませんようにと願わずにはいられない。
そんな俺の様子をアウリーはというと満面の笑みを浮かべて見つめていた。
……解せぬ。
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