四大仙公筆頭の姫
は?と言わずに動揺すらも表情に出さなかった自分を褒めてやりたい。
今しがた入室してきた少女は確かに俺のことを見ながら旦那様と言った気がするし、なんなら今も目が合ってるように見えるが気のせいかもしれない。
そう、俺ではない可能性もある。
まずは不用意なことを口にしないことがいいだろう。
沈黙は金と古いことわざを記した本にも書いてあった。
「…天照様、私の記憶が確かならば明日まで河越の視察へ赴いている予定だったと思うのですが」
「合ってるよ優里ちゃん。さっきまでちゃんと河越の子どもたちと遊んでいたもん」
「…遊んで……」
「でも彼が来るって氏友くんから聞いて急いで帰ってきたんだよ!」
「…天照様には漏らすなとあれほど……」
俺が黙って聞いているとホソカワ殿が頭を抱えてしまった。
各城主達も苦笑いしている。
「姫様! 部屋に入るときはノックをして静かに扉を開けるようにいつも言っているでしょ!」
「いやー、驚かせてしまった申し訳ない。あの方は良くも悪くも自由なものでね」
あとから飛び込んできたユウさんが少女を叱り、オリベ国主が苦笑いをしながら頬をかく。
叱られていることなど気にしていなそうな少女の空色の瞳は変わらず俺を真っ直ぐ見つめている。
「ねぇ旦那様はなんで黙っているの?」
「うん、それは姫様がらいきなり旦那様なんて呼ぶからだよ」
「夢でお話したのに?」
「一旦、夢は見ている本人しか内容を知らないということを思い出そうか」
初めてユウさんに会った時に感じた苦労人特有の雰囲気。
その理由が今理解できた。
となるとこの少女は…。
「予定外の登場だけど紹介するね。この方こそスオウが誇る四大仙公筆頭、天照瑠璃咲真君《あまてらするりさきしん君》様だよ」
四大仙公最後の一人。
まあそうとしか考えられない。
国の重鎮と他国の皇子と使節が会食する空間に飛び込める身の上の者など限られている。
「紹介ありがとう。私のことは咲と呼んでね。旦那様っ!」
「…何故か既にご存知のようですが改めて。アルニア皇国第三皇子ルクス・イブ・アイングワットです。アマテラス様にお会いできて光栄です」
「うんうん、咲って呼んでね!」
何だこの仙人。押しがとんでもなく強い。
エリニア姉様よりも押しが強い人なんて初めてだ。
「…サキ様」
「様なし!」
「……サキさん」
「うーん、今はそれで妥協するけどいつか咲って呼んでくれると嬉しいな!」
サキさんは少し不満げながらも頷き納得してくれたようだ。
この間に立ち直ったレインが咳払いをする。
「アルニア皇国使節団副団長のレイン・フォン・アストレグでございます。ところで何故ルクス殿下のことを旦那様とお呼びに…?」
俺が怖くて聞けなかったこと、そしてアルニア皇国の使節員全員が思っていた疑問をレインが代表して聞いてくれた。
本当にありがとうレイン。
俺は皇国でもほとんど城の外に出なかったし社交も最低限しか参加していない。
そんな俺に婚約者がいるわけもなし。
そもそも国交が最低限だったスオウとの婚約話があるわけがないのだ。
もしあったとしても父上や宰相が俺に何も言わないということは無いはずだ。
「それはね、夢で見たんだよ」
「…夢?」
「うん、夢」
「それについては僕から説明しよう」
一向に理解できないアルニア皇国の面々を見回しながらオリベ国主が説明を始めた。
「天照様は仙公の方々がお使いになる仙術とは別にもう一つ特殊な力をお持ちになられている。
それは近い未来に起きる事象を夢として先に見ることができる能力。いわゆる予知夢というやつだね。
僕達人間も生活していてふとした瞬間に【既視感】を覚えることがあるだろう?
だが、僕らはいつどこでといった情報を事前に察知することはできない。
天照様はそれができるんだ。
大雨による大洪水も、魔物の大規模な襲撃も、そして隣国の侵攻でさえも予知なされた。
その精度は百発百中、外れたことはないんだ。
ただの一度も、ね」
なんて超常的な能力だろうか。
国の秘密裏の軍事作戦だろうが突発的な天災だろうが関係ない、理不尽なまでの対情報戦への超能力。
にわかには信じ難いが実際スオウは連合国家マルシアの侵攻を防いでいる。
いかに仙人の力があったとしても、三十万もの大軍を簡単に弾き返せるとは思えないというのが各国の共通認識で様々な憶測が持ち上がっていた。
この情報開示はその中の一説であった何らかの手段でマルシアの大遠征を事前に察知しており防衛が有利に進むように準備を整えていたという説をスオウが認めたことになる。
「先日、アルニア皇国から正式に同盟の話が届く前日に天照様は予知夢を見られてこう仰られた。『明日アルニア皇国から同盟と援軍を求める使者がやって来る。その際、同盟の条件としてかの国の皇族を一名スオウへ招くように。その人が私の旦那様になる人だから』とね」
「…こう言ってはなんですが、内容が内容だけに予知夢というか都合の良いただの夢に思えてしまいます。その夢を今ここで現実にすると?」
「いやいや。スオウはアルニア皇国から見れば小国。これといった強い特産もない。それに交流も浅いうちから皇族へ婚約の使者を立てるほど身の程知らずじゃないよ私は」
チラリとサキさんの方を見ると相変わらずキラキラした目で俺を見つめている。
絶対諦める気ないだろこの仙人様。
「というわけですので天照様。今は諦めてください。出会ってその日に結婚を申し込むなど非常識ですのでね」
「私だって今すぐ結婚できるとは思ってないよ? でも未来は見えたから。旦那様が私に惚れるまで待ち続けるつもりだし振り向かせるもん」
部屋に飛び込んでから一番真面目な顔でそう言った彼女はまたふにゃりと態度を軟化させて無邪気な笑顔を浮かべた。
「だから明日は私が旦那様に城下を案内するよ!」
「それはいいですね。ルクスくんはそれで大丈夫かな?」
「…こちらが断る理由もありません。我々もスオウの町や文化を見て回りたいと思っていました。是非お願いします」
断るに断れず明日の予定が決まってしまった。
明日はのんびりスオウの貴重な書物を読み漁ろうと思っていたのに…。
「明日が楽しみだなぁ…! ね、旦那様」
「…その旦那様呼をはやめて頂けないですか?」
「敬語をやめてくれるなら考えてあげようかな」
ちらっとオリベ国主に視線を向けると笑顔で頷いた。
問題ないということだろう。
「……わかった。俺も敬語は辞めるようにするよ」
「わぁ、こっちの喋り方の方がかっこいいね! 旦…じゃなかった。ルクス!」
こうして一波乱あったものの宴会自体は大満足の様子で終えられた。
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