第三皇子とスオウ国主は似た者同士
大量(ルクス比)の書類を片付けた翌日、ユウさんの用意してくれた馬車でスオウの主城であるニジョウ城へと向かった。
ニジョウ城はスオウが建国された数百年前に築城された城で何度も改修を繰り返して今の状態になっている。
皇国や帝国の城とは根本的に造りが異なり、城の周囲には二の丸、三の丸という曲輪や石垣と呼ばれる石を積み上げて築かれた土台、その上に天守閣が存在する。
石垣の石の大きさは拳大から人の数倍大きいものだったりとバラバラだが絶妙なバランスで成り立っているようだ。
「改めて見ると立派な城だな」
「そりゃあスオウの本拠だからね。伊達に何十年も改修してないよ」
対面に座るユウさんが過去を思い起こすような目をしていた。
「ユウさんはあの城の始まりからを見ていたのか?」
「そうだね。私たち仙人からすればつい数週間前くらいな感覚なんだ。あの頃はよかったなぁ」
何がと聞きたかったが悲しみを宿す彼女の瞳がそれを拒絶する。
簡単に聞いてはいけない話なのかもしれない。
「殿下、あれを」
「本当に立派なものだな。あれがニジョウ城の城門か」
隣に座るレインが促す先には美しくも厳かな城門が鎮座していた。
アルニア皇国の国境要塞よりも堅固であろうこ城塞はスオウがどれだけ大事にしているかと城へ寄せる絶対的な信頼を感じさせる。
「元々スオウは小国が乱立していたんだけど、今の国主の先々代が全ての小国を束ねて統一したんだ。この城はその頃から何度も戦禍に晒されたけどその度敵を弾き返した難攻不落の城なんだよ」
その話はスオウにまつわる逸話の中でも有名なものだ。
現国主の一族はこの歴史背景とあってスオウの人々から天下人などと呼ばれているらしい。
「国主殿に会うのが楽しみになってきたな」
「国主も彼女も君に会うのを心待ちにしているから相思相愛だね」
「相思相愛って…。というか彼女?」
「私達四代仙公の一柱にしてスオウの女神と呼ばれる子。私が姫様って言ってた子だよ」
俺はこの時勘違いをしていた。
心待ちにしているという言葉を社交辞令として解釈したのだ。
このあとその認識が間違いであったと思い知らされる。
馬車が止まり、ユウさんが城内へ向けて歩き出したのでそれに続く。
一体どんな国主と仙人なのか想像を膨らませながらアルニア皇国一行はニジョウ城内へ足を踏み入れたり
◇
城内に入ると枯山水の中庭を経由し、大きな扉……襖と言うらしい……の前まで通された。
恐らく謁見の場なのだろう、入口に立っていた兵士が声を上げる。
「アルニア皇国第三皇子ルクス・イブ・アイングワット様、ならびに使節団御一行様が入られます!」
年代を感じる木材の床を踏みしめて中へ進むと文官らしき姿と武官らしき者が左右に別れて立っていた。
そして最奥のこの国のみでみられる畳というものが敷かれた上座には細身で凛々しい顔つきの男性が座っており、傍らには真面目そうな女性が立っている。
畳の敷かれた上座の手前で止まり、右手を左胸へ当てて右膝をつく。
アルニア皇国流の上位者への礼儀作法だ。
「アルニア皇国第三皇子、ルクス・イブ・アイングワットがスオウ国主様へ拝謁いたします」
「面を上げられよ。ルクス皇子、ならびにアルニア皇国の皆々様、遠路遥々《えんろはるばる》よくぞ参られた」
一国の主に不足ない威厳に満ちた声が謁見の場に響く。
下げていた頭を上げると視線が交差した。
「スオウ国主、織部周防守頼光と申す。スオウは貴殿らを歓迎しよう」
スオウを治める織部周防守頼光の姿は想像以上に若々しかった。
その黒髪に白髪もなければ髭もみられない。
細身で穏やかな顔からはとても戦える王には見えない。
「国主たるオリベ様直々のご歓迎のお言葉、大変光栄に思います。先の戦ではスオウの誇る四大仙公のうち三柱もの戦力をお送り頂けたこと感謝に絶えません。皇王陛下に代わりまして御礼申し上げます」
「礼など不要だ。我が国としてもアトラティクス大陸におけるルクディア帝国のこれ以上の領土拡大は看過できなかって。それに……」
オリベ国主はそこで言葉を切って改めて俺の眼を見据えた。
何故か同情するような視線だった。
…なんだ?
「いや、この話は後にしよう。このような堅苦しい場では弾む話も弾まないというもの。別室に食事の準備をさせている。ご一緒にどうだろうか?」
「オリベ様からのお誘い、断るはずなどございません。是非ともご一緒させて頂きたいと思います」
オリベ国主は大きく頷いて立ち上がり移動を開始した。
背を向ける一瞬覗いた横顔には色濃い疲れが見えた気がした。
◇
謁見から半刻後、長机を挟んでアルニア皇国側五人とスオウ側五人で向かい合う形になって椅子に座っている。
それ以外の者たちは隣接する大部屋で立食形式の交流会を予定しているのでこちらの開始の合図を待っている。
俺が皇国側の出席者の紹介を始めようとした時オリベ国主が立ち上がった。
「この席はあくまでもで両国な親睦を深めようという趣旨のものだ。よって……」
オリベ国主の険しい顔が笑顔に変わり、
「肩の力も抜いてお互い緩くいこうじゃないか」
先程までのやり取りが嘘のように威厳も何も無い優男へと変貌した。
あまりの変化に俺や皇国側の出席者が戸惑っていると謁見の時にオリベ国主の隣に立っていた女性がこめかみを押さえた。
「はぁ…織部様、非公式とはいえ貴方は国を担う立場なのですよ。皇国の皆様の前では常に威厳のある姿でいてくださいとあれほど……」
「これが僕という人間の姿さ。さっきの謁見も問題なかっただろう? 大体互いに堅苦しくしてしまっては疲れてしまうじゃないか。これでいいんだよ」
「まったく貴方という方は……」
呆れるというか諦めの表情を浮かべた女性は悩ましそうにもう一度息を吐いた。
その間もオリベ国主はニコニコと微笑んでいる。
なんだろう、オリベ国主とは仲良くなれそうな気がする。
「申し遅れました。仙国スオウにて家老を務めております細川優里と申します東の大陸の皆様には宰相と言った方が分かりやすいですね。」
立ち上がり美しいまでの一礼をみせてくれた彼女に礼を返す。
「ホソカワ家といえば代々スオウの国主様を支える忠臣と聞き及んでおります。こうしてお会いできて光栄です」
「それはこちらの台詞です。氷風の才女の名声はここスオウまで響き渡っています。是非公私共に仲良くして頂けたらと思います」
「いやー、本当にうちの優里は優秀でして。僕よりも優秀なので先日、国主も兼任しないかと言ったら鬼よりも怖い顔で怒られてしまいましたよ」
「…あれで鬼より怖い程度で済み笑えるのであれば今後はさらに恐怖を植え付けられるように精進します」
「…やぶ蛇だったかな」
あははと笑うオリベ国主と半ば諦めの表情を浮かべるホソカワさん。
このやり取りだけでもこの国主の人の良さと臣下との信頼関係がなんとなく掴める。
そう、間違いなく俺に近い人種である。
堅苦しい空気が嫌いで互いに責任ある立場。
周りにはしっかりしろと言われるが笑って聞き流すが鋭い視点も持っている。
最後のは自意識過剰かもしれないが俺もそれなりの洞察眼は持ち合わせているつもりだ。
「ところでルクス皇子」
「はい?」
「貴殿も素の姿をさらけ出してみてはいかがかな」
「…といいますと?」
「とぼけなくてもいいさ。遠路はるばる迎える皇子のことを調べないほど我が国も情報収集を怠ってはいないからね。君が皇国内で何をしていたか、どんな人柄かもおおよそ掴めている」
オリベ国主の目が少し細められた。
俺のことを調べる価値のある人間だと思っているのかこの国主は。
皇国内でしてたこと? 読書しかない。
どのような人柄? 無気力で読書のことしか考えていない。
こんな情報しかないのに調べさせてしまったのならきっと費用と情報が釣り合わないと落胆しただろうな。
調べるだけ無駄な皇子が俺なのだが…。
内心そんなことを考えていると国主の顔が穏やかな笑みへと変わった。
「この宴に礼儀などは不要。いわば無礼講だ。お互い立場に見合った態度ではなく素の自分で話そうじゃないか」
「織部様…誰しもが貴方と同じように考えられるものでは……」
「いえ、とても助かります。その方が俺としても楽なので」
ホソカワ殿やレインが愕然とこちらも見ているが気にしない。
せっかく国主様の許可が出たのだ。
遠慮なく言葉を崩そうじゃないか。
「あはは、やはり君は面白い皇子だ。僕好み…いや、あの方好みだ」
「あの方?」
「今は丁度城を離れていてね。近いうちに紹介しよう。さぁ、今はこの場を楽しもうじゃないか」
オリベ国主の言葉を皮切りに宴が始まった。
なおアルニア皇国側の参加者は、俺とレイン、護衛のアンジーナ、それから農務省と商務省から選出された使節団員。
スオウ側の参加者は国主であるオリベ殿と家老であるホソカワ殿、それに加えて三つの城の城主が参加している。
ここに来るまでに一度スオウの魔物料理を食べているおかげか皇国の参加者も臆せず食べているようだ。
かく言う俺も絶品料理の品々に舌鼓を打っている。
様子見していたそれぞれの参加者たちも素晴らしい料理の数々を話題に近くの人同士で喋り始めた。
スオウの郷土料理は両国の緊張を解してくれたようだ。
これで俺が話を詰めなくても勝手に報告書や皇国にて吸収すべき企画書を上げてくれることだろう。
安心した気持ちで林檎酒を飲んでいるとオリベ国主が話しかけてきた。
「ルクス君は生粋の読書家で図書館から出ることすらも貴重と聞いていたがよくこの国に来ることを決めたね」
「もちろん嫌だったので断ろうと頑張っていました。ですが、俺の説得にレインが来たのが運の尽きでした」
「ほう。レイン嬢は魔術だけでなく交渉術にも長けているんだね。氷風の才女殿には我が国も気をつけないといけないね」
「滅相もございません。非才でまだまだ至らぬ点も多い未熟者ですので……」
「いやいや、君のような才能溢れる若者が未熟としてしまえば僕のような何の才能もない者は嫉妬に狂ってしまうよ」
それに関しては激しく同意するところだ。
そもそも魔術を使える人間は十人に一人ほど。
加えて二属性を極めるほど使える者など滅多にいない。
「そうか。ルクス君はレイン嬢に説得されてスオウにやって来てくれたのか。ならレイン嬢はスオウの恩人となるね」
「そ、そんな。少し大袈裟では……」
「いやいや、以前からルクス君とはこうして顔を合わせて話してみたかったのでね」
オリベ国主の温和な視線が一瞬、全てを見透かすように俺を見た。
……一体俺はこんなにも何を警戒されているんだ…?
「どうかな、この宴が終わったら少し僕と二人きりで……」
オリベ国主が何かを言い終わる前に下座の扉が音を立てて勢いよく開け放たれた。
護衛であるアンジーナが何事かと腰を浮かせ、会場内に散っていた騎士たちが色めき立つのに対し、ホソカワ殿や各城主達の反応は慣れたことのようで一様に深い溜息を吐いていた。
扉を開け放ったのは色の薄い黄色みがかった長髪と空色の瞳が美しい女の子だった。
少しキョロキョロと室内を見回して俺をじっと見つめてきた。
…え、なんだ。
何か声を掛けるべきか迷っていたその時、
「やっと逢えたっ!!! 貴方が私の旦那様ね!」
満面の笑みを浮かべてそう言った。
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