表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第二章 仙国スオウ編
16/103

仙国スオウへようこそ

 アストレグ家を訪れた翌日、俺たち使節団はムズリアを後にした。

 目的地である仙国スオウまでは船で約十三日の行程となる。


「船旅なんてと思っていたが…存外いいものだな。海風も意外と心地いい」

「でしょう? これを機にいっぱい外に出てくれると私も嬉しいんだけど」

「あーでも疲れると魔力供給が疎かになるかもなぁ」

「いいよーだ。勝手にもらえるだけもらうから」

「…際限なく持っていく宣言は怖いからやめようか」


 アウリーはムズリア観光をしてからかなりご機嫌なようで実体化しながら船室の中を飛びまわっている。


 俺のように精霊と契約している者、精霊使いは定期的に契約精霊に魔力を供給している。

 アウリーは精霊王という精霊界でもトップに分類されるため毎回とんでもない量を吸い取っていく。

 微精霊への供給量が一だとすると、アウリーは最低一万は持っていく。

 常人であれば一度にそれだけ持っていかれると深刻な魔力欠乏症に陥り最悪死に至る。

 そうならないのは俺の魔力量が精霊にも匹敵するほど膨大だからだ。

 これはアウリーが言っていたことだから間違いない。

 

「海といえば、水の精霊のトップってどんな精霊なんだ?」

「リルのこと? あの子は物静かで感情が表情に出にくいんだけどとっても優しい精霊よ。私が特に仲の良い精霊なの」

「そうなのか」


 アウリーは定期的に精霊界へ戻っては他の精霊たちと近況報告わをしている。

 たまに話していた仲の良い精霊というのは水の精霊王のことだったようだ。


契約者の俺より交友関係が広そうなアウリー。

密かに心へ損傷ダメージを受けていると船室の扉がノックされた。

音に反応して一瞬でアウリーが霊体化する。


「誰だ?」

「お休みのところ申し訳ありません。レインですが少しよろしいですか?」

「ああ、入ってくれ」


 船室の扉を開けて入ってきたのは数少ない俺の友人だった。

 形の良い眉を八の字にしたレインはいかにも困っているといった表情をしている。


「何かあったのか?」

「それが…その、説明するよりも甲板に上がって頂いた方が早いと思いますので…」

「…? わかった。行こう」


 レインに連れられて甲板へ向かう。

 近づくにつれて妙に香ばしい匂いが漂ってきた。

 甲板で肉でも焼いているのかとも思ったがそんなわけはないだろう。

 逃げ場のない海上を航行する船での火気は厳禁というのは海に出たことのなかった俺ですら知っている。

 もし誰かが火気を使っているとしても島国であり俺たち皇国の者よりも海と密接に関係を持つスオウの船員たちが止めているはず。

 そう思い、甲板に続く扉を開けると、


「…なぁレイン」

「…はい」

「あれ、なに?」


 視線の先ではスオウからの出迎え兼護衛として来ているはずの仙人たちが大量に積み上がった甲殻系の魔物を捌き、釜茹でにしていた。

 それも豪快に火を使って。

 呆気に取られている俺たちに気づいたのか仙人たちは手際よく料理を続けながら視線だけこちらに向けた。


「来たかルクス殿。さぁ、こちらで共に食そうではないか」

「ラクさん…? これは何事ですか?」

「ごめんね、私も止めたんだけどね…」


 申し訳そうに俺の元にやってきたユウさんが事の顛末を話してくれた。


 使節団を乗せた三隻の軍船に魔物が向かってきたらしいのだが、ユウさん達が接近させずに撃退。

 そして何を思ったのかラクさんが料理を振る舞うと言い始め、サイさんがそれを手伝い始め今に至るらしい。


「この魔物達は煮込むと良い味を出すのだ。折角スオウに来てもらうのだから新鮮な魔物料理を味わってもらわねば損というものよ」


 炒め物とスープを同時に作っているラクさんは鍋を躍らせながらそう言った。

 慣れた手際と様子からして普段から料理をしているのだろう。


 それにしてもまさか強面なラクさんがこんなに料理上手とは思わなかった。

 やはり人は見た目で判断してはいけないようだ。


 船上に漂う匂いが空腹を誘ってくる。

 同行している皇国の者たちも少し期待した目で俺を見ている。

 折角の好意だしここで食べないというのは余計な軋轢になりかねないか。


「お言葉に甘えましょう。我が国の者たちにも振舞ってもらえますか?」

「もちろんだ。我が腕によりをかけたスオウの魔物料理、存分に味わうといい」


 一般的にアルニア皇国では魔物を料理の食材として使うことはないので新鮮なのだろう。

 使節団の面々も恐る恐るといった感じに食べ始めた。


「…う、うまいっ」

「魔物からこのような濃密な味が…?」

「…美味しいですね」


 おおよそ好評のようで皆美味しそうに食べている。

 食にうるさいアンジーナに至っては毒味と言いつつも手が止まらないほどの勢いで食べている。

 どうやら相当気に入ったようだ。


「ルクス、レイン、二人の分も持ってきた」

「ありがとう、サイさん」

「ありがとうございます。いただきますね」


 渡されたスープを口に入れた瞬間、濃厚な魚介の味を感じて俺は思わず舌鼓を打った。

 レインも驚くように美味しいと呟いた。


「気に入ってくれてなにより。スオウの料理は異国の者にはあまり積極的に食べてはもらえない」

「魔物って言葉が入ると尻込みしちゃうからな」


 冒険者ならば普通なのだろうが、魔物を食べるというのは一般人にはやはり抵抗感があるだろう。


 俺の場合、スオウ特有の文化については書物で読みよく知っていたから抵抗感はない。

 使節団の面々も事前の情報で知っていたからこそすぐに食べ始めることができたのだろう。

 備えあれば憂いなしということだな。





 スオウの特産である魔物料理を仙人に振舞ってもらうという貴重な体験をした俺たち使節団は順調に航行を続けた。

 予定通り進みはしたものの、かなり頻繁に魔物に襲われていたのだがその度仙人たちが殲滅していた。

 何はともあれアルニア皇国使節団は怪我することなくスオウの首都、キョウトの港に辿り着くことができた。


「これは…すごいですね」

「ああ、聞いてた以上だなこれは」


 俺はレインと下船し、スオウの地に降り立つと目の前にはアルニア皇国の図書館では絶対に見られない異国の街並みが広がっていた。

 皇国のような石造りの建物だけでなく、木造りで屋根には石板…確か瓦といったはずのものが魚の鱗のように規則正しく並んでいる。


「スオウの街は皇国とは違うおもむきがあるな。建造物も街並みも興味深い」

「気に入って貰えたようで何よりだよ」


 俺とレインの後ろからユウさんが満足そうに声をかけてきた。


「ユウさんは戻らなくていいのか?」

「到着の知らせ役はあの二人だけで私はまだ護衛の任務中だからね」


 そう、ここにいないサイさんとラクさんは国主と彼女らが姫様と呼ぶもう一人の仙公の元に俺たちの到着を知らせに行った。


「ユウさんは俺たちがこの後どういう動きになるか知ってたりするのか?」

「内政官殿から使節団一行を滞在する大使館に案内するように言われてるよ」

「大使館? そんなものを用意してくれてるのか」

「国主は礼儀と気遣いだけ誰よりも弁えているからね」

「だけって…」


 軽口を言えるほど仲が良いのか、それとも仙人の方が上位に位置するからなのかは分からないが随分と国主扱いが雑だな。

 

「荷降ろしが終わればすぐ移動になるから準備しておいてね。私は少し周りを見て回ってくるから」

「殿下たちは私と騎士達に任せてもらおう」


 いつの間にか後ろに控えていたそうアンジーナが答えるとユウさんは頷いて街中に消えていった。


「殿下、改めて申し上げますが、どこかに行かれる際は必ず我々騎士を連れてください。この場において、ルクス殿下はアルニア皇国の代表であり、全権大使なのですから。殿下に何かあっては今後の両国の関係にも差し障ることになりますので」

「努力はするが、珍しい本を見つけてしまったらふらふらと釣られてしまうかもな」

「…殿下?」

「わかったわかった。常に騎士を傍に置くさ。もっとも、レインがいれば大抵は大丈夫そうだけどな」


 アンジーナの立場や気持ちを考えれば俺の安全面に関して気が気でないのだろうが、レインは皇国内でも屈指の魔術師。

 早々遅れは取らないと思うが…。


 そんなことを内心思っていると荷降ろしを担当していた使節員の一人がやってきた。


「ルクス殿下、荷降ろしと移動の準備が整いました」

「わかった。ユウさんが戻り次第、大使館に案内してもらうとしよう」


 ほどなくして戻ってきたユウさんに導かれるままにアルニア皇国使節団は大使館へと案内された。

……ところでさっきから俺のまわりを飛び回る微精霊たちはなんなんだろうか。





 大使館はスオウの建築様式ではなく、アルニア皇国の住居のような石レンガ造りだった。

 ただ様式を真似ただけではなく、皇国貴族の屋敷とも遜色ない立派な館だ。


 大使館内にはご丁寧に俺用の執務室まで用意されていた。

 いや、確かに全権大使だし仕事はせざるを得ないだろうけど実際にここまで用意されていると少し気分が下がるな…。


 鬱蒼とした気持ちで執務机に向き合う俺を尻目にユウさんとレインが今後の予定について話していた。

 ちなみに先程の微精霊たちは大使館に着く頃にはどこかへ消えていた。


「今日はここでゆっくり休んでね。明日の朝、ニジョウ城で国主達と謁見の予定。その後の予定はまたそこで相談する形になると思う」

「かしこまりました。その際に在留中の予定もある程度詰めるということでよろしいですか?」

「その認識で大丈夫。この館の周囲はスオウの兵が昼夜問わず見回ることになっているし、私もこの館に泊まって滞在するから安心して過ごしてもらっていいよ」

「それは心強いですね。ありがとうございます」

「ルクスくん、私はこの階の一室を借りてそこで結界を張ろうと思うんだけど良いかな?」

「それは問題ないが、防犯用とはいえ結界を張り続けても大丈夫なのか?」

「ああ、その心配なら大丈夫。私たち仙人の力は人間の常識の範囲外のものだからし、一ヶ月程度なら張り続けられるしね」


 本人がそこまで自信を持って言うのならきっと問題ないのだろう。

 もし、何かが起きたとしてもアウリーもいるしどうとでもなるだろう。

 …そういえばアウリーがいないな。

 まぁどうせその辺の散策でも行っているのだろう。

 風そのもののように気まぐれな存在なので気にしても仕方ないのだ。


「それじゃあ私はこの向かいの部屋にいるから何かあったら呼んでね」


 そう言い残してユウさんは執務室をあとにした。

 俺もやることをするとしよう。

 しなければ落ち着いて読書もさせて貰えないだろうし。


「レイン、使節団の各員に明日城へ持っていく品物の選定と持ち込んだ皇国の特産品などの目録を持ってくるように伝えてくれ」

「かしこまりました」


 そこに騎士達への指示を出し終えたアンジーナがやってきた。


「アンジーナ、騎士たちは大丈夫か?」

「はい。ブラッディクラブとの戦いで軽傷を負っていた騎士もすでに回復して先ほど職務に復帰しました。それと現在の警備状況ですが数人の騎士が館を警備し、他の者は館の隣の宿舎で休んでおります」

「それでいい。館の周囲はスオウの兵が固めてくれているし仙人の結界まで張られるそうだ。休める時に休ませておいてくれ」

「かしこまりました。…しかし至れり尽くせりの警護体制ですね」

「それだ。いくら隣国の皇子が大使として来たにしても少し過剰だとは思わないか?」

「以前、農林大臣が使者として他国に赴いた際はここまで大規模の警護はありませんでした」

「だろうな」

「…殿下は何かあると見ているのですか?」

「まぁな。いや、憶測で物事を語るのは良くないと本にも書いてあった。また話すべきなら話すことにしよう。今は言葉に甘えてゆっくり休む方が良いだろう。さて、俺も自室で……」


 俺はごく自然に立ち上がり扉へ向かって歩き出す。

 だが、


「殿下、どちらに行かれるのです?」


 レインに右肩を、アンジーナに左肩を掴まれ阻まれる


「…休める時休むだけだが」

「まだこのあと各省から選出された使節員からの報告が多数控えています。それに皇王陛下への定期報告の手紙も書いて頂かなければなりません」

「私からも明日以降の警護について打ち合わせがありますのでよろしくお願いします」

「……なぁ、俺にも休みは必要じゃないか?」

「本を読むことを休むとは言いません」


 あ、これ逃げれないやつだ。

 席へと引き戻された俺は執務机に置かれた書類の束に向き合い、一枚ずつ捌き始めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ