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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第四章 オルコリア動乱編
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共同戦線には仮契約を

いつの間にか今年も終わってしまいそうですが、まだ続きます。

みなさんの心の片隅で応援してくださると嬉しいです。

 明くる朝。

 支度を整えた俺が外に出ると広場の方に多くの人影が見えた。

 水上に点在する足場を跳ねながら移動していくと俺に気づいた人魚族たちが待ってましたとばかりに拍手で出迎えた。

 何事だ…?


「あ、おはようルクス」

「おはよう。この集まりはなんだ?」

「何って昨日言ったでしょ? みんなにルクスを紹介するって」


 そういえばそんなこと言ってた気がするな。

 昨夜の訪問ですっかり忘れていた。


「私が紹介しようか? それとも自分で言う?」

「いや、俺がするよ」


 人魚族からしたら人間である俺が隠れ里にいることが不安であったり不満かもしれない。

 それを少しでもここで払拭しておきたい。


「初めまして。俺はルクス・イブ・アイングワット。人族だ。死にかけてるところを君たち人魚族に命を救われてここにいる。今後は悪魔に対抗するために君たちと友好的な関係を…」


 そこまで口にしたところで人魚族たちの視線が俺に向いていない事に気づいた。

 いや、視線は僕に向いているのだが見ている位置が顔よりも上のような…。

 気になって見上げてみるととんでもなく整った顔が目の前にあった。


「おおぉお!?!?」

「ん、いい反応。ちゃんと驚いてくれて嬉しい」


 無表情ながらも満足気に頷くという高等技術を見せつけたのは水神様こと水の精霊王リルさん。

 人魚族が驚いていたのは彼女が現れたからだったのだろう。


「す、水神様だ…」

「美しい…! まさかお姿を拝見できるとは」

「伝聞通り女神様のようじゃ…!」


 集まっていた百人弱が呟けばちょっとした騒ぎになる。

 そして騒ぎとなれば場を収めるために責任者がやってくるのは当然の流れ。

 水面が揺らぎ三人の人魚がやってきた。

 俺を見守っていたマルフェアが人魚族の長、長老を伴って現れる。


「…半信半疑だったけど本当に顕現されているじゃないかい」

「ということはあの御方が」

「ああ。水神リル様だよ」


 長老パノフェアの言葉を聞いた人魚族たちが一斉に右手を肩に当てて頭を垂れる。

 それは人魚族の最上級の礼である。

 向けられる本人はというと特に気にした様子はない。


「久しぶり。パノフェア。元気だった?」

「ええ、お久しぶりでございます。おかげさまで病気のひとつも患わずに過ごしております」

「ん。健康なのは良い事。ナヌフェアは元気?」

「いえ、百年ほど前に病で生命の海に向かいました」

「そう。彼が海神(ケトゥス)の元で安息を得られることを願ってる」

「もったいなきお言葉。亡き夫に変わって感謝を」


 親しげに話すパノフェアさんとリルさん。

 会話の内容はよく分からなかったが遠い昔に面識があったようだ。


「時に水神様。お隠れになって久しい貴方様が何故我らの前にお姿を? 巫女(マルフェア)を通じてお聞きした話ではそちらの坊や…愛し子とのみお話しするとの事でしたが」

「それは昨夜済ませた。その結果決めたことがあるから伝えに来た」

「巫女を通じてではなく、直接話す必要があると?」

「ん、その通り。これは私の口から言うべきだと判断した」

「そういうことでしたらお聞きしましょう」


 長老パノフェアさんと水神リルさんのやり取りを静かに見守る俺と人魚族の面々。

 リルさんはちらりとこちらを見てから俺の横に移動しておもむろに腕を抱いた。


「私、ルクスと契約することにした。だからこれから悪魔と戦う」


 人魚族たちが大きくざわついた。

 パノフェアは僅かに片眉を上げ、サノフェアは まぁと声を漏らし、マルフェアは目を見開いた。

 俺とて無反応でいられなかった。


「まって、今俺と契約するって言った?」

「言った。問題ある?」

「大ありだが!?」


 そもそも俺には既に風の精霊王アウリーと初代光の精霊王だったプラールという契約精霊たちがいる。

 その辺の精霊の何百倍もの魔力を喰らう精霊王級を二体も養っている今、これ以上の契約は…。


「ルクスの魔力量なら大丈夫。私、あの二人に比べれば少食。飛竜(ワイバーン)と地竜くらい差がある」

「微々たる差だが!?」


 数万単位の計算に十の位の違いなど誤差でしかない。

 確かに魔力量だけみれば俺は世界に名を連ねることができると思うし、精霊王級でもあと一体までなら契約することも可能だと思う。

 だが、アウリーとプラールの許可なしに契約に踏み切るのは危険だ。

 …色んな意味で。


「強情。ルクスとしても私が力を貸すのは悪くない話だと思う。この土地を守るにも逃げるにも悪魔との戦闘は不可欠。だったら契約はするべき」

「それはそうだが…」

「なら悪魔を倒すまでは仮契約ってことにしてあげる。どう?」


 リルさんが妥協してくれているが本来であれば俺が譲歩せねばならない盤面だ。

 現状、悪魔を打倒することは難しい。

 小細工を巡らせたところで圧倒的な力を持つ悪魔の前では無力だから。

 圧倒的な力には圧倒的な力で対抗するしかない。

 ゆえに水の精霊王であるリルさんの協力は絶対に欲しい。

 彼女の力があればこれからの動きの幅がかなり広がるのも事実。

 それに仮契約ならば俺への負担も少ない。


「わかった。仮契約を受け入れるよ」

「なら今から契約を結ぶ。いい?」

「ああ。よろしく頼む」

「ん。パノフェア、人魚族たちと見届けて」

「かしこまりました。お前たち、これからの起こる全てを見逃すんじゃないよ!」


 声を張り上げたパノフェアさんに返事することなく人魚族たちは静かに俺たちを見つめている。

 マルフェアの方を見ると目が合った。


「………」


 頷く彼女の瞳は誰よりもキラキラと光っている。

 期待、希望、願い、祈り。

 様々な感情を向けられながら俺はリルさんと向き合う。

 水音ひとつしない静謐の中でリルさんは天へ向けて手を伸ばす。


「精霊六王が二、水の精霊王リルが神アヴァロンに(こいねが)う。我が存在ある限り、かの愛しき人間と喜楽を共にし、哀怒を分かち合うことを此処に誓う。この意、この理を認めるならば応えよ」


 アウリーと契約する際にも聞いた精霊王による祝詞。

 天帝級までの精霊であれば契約者と精霊によるやり取りで完結するが精霊王となると王へと任じた最上位存在である精霊神アヴァロンの許可が必要となる。

 アウリーの時はすんなりと済んだが今回はどうか。


「ん、いいの。……気づかないルクスが悪い。……きっと許してくれる。………あの魔力の独占はダメ。……」


 なんか…揉めてる?

 アウリーの時はすんなり契約が完了した記憶があるが…。

 もしかしたら仮契約とはいえ精霊王級三体との契約は容認できない的な流れかもしれない。

 しばらく見守っていると話がついたようだがリルさんはというと少し不機嫌そうにしていた。


「…大丈夫なんだよな?」

「仮契約()問題ない」

「でも揉めてなかったか?」

「それは精霊神(わからず屋)が私の完壁な作戦を許可してくれなかっただけ」

「…深くは聞かないでおく」


 よく分からんがなんか精霊神様に感謝しておくべきな気がする。

 精霊神様も苦労されてるようだ。


「とにかく仮契約は成立した。この契約をもって、今この瞬間から人族(ルクス)と人魚族による共同戦線に私も参加する」


 その宣言は固唾を呑んで見守っていた人魚族たちが感情を爆発させた。

 熱狂的な歓声は歴史的瞬間に立ち会えた喜びからか。

 力強い雄叫びは崇める守り神が自ら参戦するという事実と頼もしさからか。

 そして無表情ながらも僅かに口角を上げて自信を滲ませて水の精霊王は宣告した。


「私たちで悲劇のない新たな英雄譚を打ち立てよう」

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