水神様の正体
また間が開きました^^;
おかげさまでもうひとつの作品は無事完成しました。
しばらくゆっくりしながらこの作品に集中しようと思います。
何卒お付き合いください。
人魚族との交渉が無事に終わった俺は水の上に立つ家へと通された。
室内に水路はあるものの必要な家具は全て揃っていて問題なく暮らせる環境だ。
案内してくれたマルフェア曰く、ずっと昔に人族の旅人を助けたことがありその名残だそうだ。
「これから長い付き合いになりそうね」
「そうだな。今後ともよろしく頼むよマルフェア」
「ええ。それにしてもおばばのやり口には呆れたわ」
「さっきの交渉にそんな場面あったか?」
「だって私たちの内情の一切を知らないルクス相手に最低限の情報しか伝えずにいたのよ。隠したい情報はすべて隠したいままで。しかもルクスの立場を考えれば絶対に頷かなきゃいけなかっただろうし。ちょっと汚いなって」
「まあ交渉っていかに相手に弱みを見せずに良い条件を飲ませるかだからな。見抜けなかった俺が悪い。ちなみにどんなことを隠してたんだ?」
結局読めなかったがどうせ裏はあると思っていた。
だが俺の手持ちの情報と孤立無援の状況では人魚族に縋る他なかった。
多少の不利益があっても仕方ない。
「えっと、この里がすでに悪魔たちには見つかっていて何度か襲撃を受けていること」
「は?」
「私たちも移住先を探してたところだったし、何かと騒がしいこの国からは出ようと思ってたからちょうどよかったのよ。ルクスの協力も得られて移住後も面倒を見てくれる、確かイッセキニチョウっていうのよね」
思ったより図太い神経の持ち主だったようだ。
悪魔は世界の敵、普通見つかってるなら言うべきだろ。
まぁ交渉術と言われればそれまでだが。
「悪魔に見つかってるのにどうしてこんなに静かなんだ? 悪魔が来ないにしても魔獣で襲い続けるくらいしそうじゃないか」
「最初は来てたけど諦めたみたいでいつの間にか来なくなっちゃった。それも当然なんだけどね。なんていったってこの里と周囲の水路には水神様の結界が張られてるから」
「…やっぱり気になるな。その水神様とやらが。俺が目を覚ました時にあの御方と呼んでたのと同じ存在なんだよな?」
「うん。でも水神様がルクスとお会いになるかは水神様次第だから。もう少し待ってみて」
「わかったよ。今日は他に予定は無いか?」
「うん。他の仲間に紹介したいと思ったけどルクスも疲れてると思うから明日の朝にでもするよ。だから今日はゆっくり休んでね」
「気遣いありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ」
「うん。また明日」
ちゃぽんという音と共にマルフェアの姿が水面に消えた。
担いでもらっていたとはいえ病み上がりに長時間の移動はかなり堪えた。
カシアンたちへの心配は尽きないが今は休まなければ。
室内を優しく照らす水晶に布をかけて俺は眠りについた。
◇◇◇◇◇
「……っ?」
深夜、僅かな衣擦れの音と気配を感じた。
少し遅れて寝る前に張った感知結界が何者かの侵入を告げてくる。
通常侵入を試みる段階で反応するはずの俺の結界だがすぐに感知できない例外が存在する。
一つ、平時のリゼルのように魔力を一切持たない相手の時。
そして、何も無い空間から突然現れることができる相手の場合だ。
徐々に覚醒する頭で考えて瞼を上げるとベッドの傍らから覗き込むように見つめる藍色の瞳と視線が交錯する。
窓から差し込む水晶光が照らすのは天色の長髪と青と白を基調にしたドレスをまとう存在。
魔力を巧妙に隠しているが気配があまりにも彼女たちとよく似ていた。
つまり彼女は、
「水の精霊王」
「ん、正解。寝起きなのにすごい」
抑揚を感じさせない平坦な声だがどこか心地よく耳朶を打つ。
彼女は静かに頷いた。
「初めまして。自由なる風と慈愛たる光と縁を結んだ人間。私はリル、水の精霊王」
幻想的に佇むその姿は御伽噺に登場する月の女神のようだ。
静かにこちらを見つめる瞳は澄み切っているがどこか値踏みする意図も感じる。
「俺の名は…」
「ルクス、でしょ。アウリーから聞いてる。色々」
「…色々の部分がかなり気になるが今は置いておくよ」
何を聞かされているか知らないがろくでもないことだったら今の俺への印象は最悪かもしれないな。
「貴女が人魚族を守っている水神様でいいのかな」
「そう。私が水神様。君も私を崇める?」
「そこまではしないが敬意は持ってるよ」
「ならいい。私も神様扱いされるのは好きじゃない」
水神様の正体について俺の中で最も有力だったのは高位の精霊という説だった。
悪魔の攻勢を退けて侵入も許さぬ結界を張り巡らせることができる存在など精霊しかいないから。
一つ誤算だったのは天帝級だと思っていた相手が水を司る精霊の最上位である精霊王だったことか。
生涯でこれほど頻繁に精霊王と遭遇した人間は俺が初めてだろう。
「俺を助けるように人魚族に働きかけたと聞いた。ありがとう。人魚族がいなかったら今生きていられなかったと思う」
「君が死んだらアウリーもプラールも悲しむ。それは嫌。それに私も君に興味があったから」
「興味?」
「うん。一つの場所に留まることのなかったアウリーを魅入った人間に。君の立場はまるで物語の主人公」
「俺はそんな大した人間じゃないよ。事実、こうして悪魔にいいようにやられてる」
「悪魔に単身で抗えてるのがすごい。それにアウリーがいれば君は負けてなかった。そうでしょ?」
「それはそうだが…」
「でもアウリーはここに来れない。結界を破らない限り。君は今の状況、どこまで分かってる?」
水の精霊王様は水路を流れる水を自在に操って椅子を作り出し腰掛けた。
一体どのように水の上に座り濡れないようにしているのか気になりすぎるが流石に聞ける空気じゃないな。
「国境に張られた大結界の影響で外部からの出入りを封じられ、悪魔と協力、もしくは乗っ取られた外征派が内建派の都市や中立だった部族の領地を襲って回ってる。既に大半の都市と部族は陥落して残ってるのは南西の一都市と森人族の住まう森のみ。こんなところか?」
「ん、合ってる。けど、情報が足りてない」
「というと?」
「現状で顕現してる悪魔の数は最低七体。悪魔と協力する人間の集団は三万くらい。実働部隊は十五万近い」
「十五万…!?」
ありえない。
外征派の総兵力は五万でオルコリア全体の兵力は約十万というのが宰相オーキスからの情報だ。
数千の誤差ならまだしも五万もの誤差は致命的だ。
宰相がそんなミスをするとは思えない。
いや、そもそも総数が十五万の時点で明らかにおかしい。
「十五万のうち十万以上は不死者だった。多分悪魔に死霊術の使い手がいる。それも相当な」
「…死霊術」
脳裏に浮かぶのは誇り高き女騎士の姿。
だが今はまだ感傷に浸るわけにはいかない。
「もう聞いてると思うけど南西の人間もエルフたちも滅びるのは時間の問題。滅びればこの土地に抗える存在が消える。そして門が開かれて魔界の住人たちが押し寄せる。そうなれば」
「魔人戦争の再来、か。それも過去の規模とは比べられないほどの悪魔の大軍を相手に戦わなくちゃいけなくなる」
「そう。例え全ての精霊王が契約者を得て戦っても勝率は五分」
圧倒的な力を持つ悪魔相手に数の優位は意味をなさない。
悪魔と単身戦える存在が人類にどれだけいるかにもよるが高位の悪魔の数が増えればそれだけ苦しい戦いとなる。
それに悪魔たちの王である魔王とやらの存在もある。
そこを考えると水の精霊王様の言う通りの勝率はないと思う。
「そうなる前に止める。悪魔たちを討って現世の平和を守りたい」
「一つ聞いてもいいか?」
「なに?」
「精霊である貴女が何故そこまで人間の世界を守ろうとしてくれるんだ?」
精霊界は俺たち人間の世界と隔絶されており悪魔に支配されようが影響はないはずだ。
彼女が人類の主語に尽力しようとする理由を聞いてみたかった。
「私は人間のことが嫌い」
「え」
「水が無ければ生きられない癖に感謝もなければ水を汚す。許せない」
なんとも耳が痛い。
まさか怨嗟の声が帰ってくるとは思わなかった。
「でも、私は人間の書く物語が好き。人にしか書けない恋物語。突拍子もない御伽噺。全部好き。だけど一番は英雄譚。私は英雄譚の登場人物になりたい」
語られたのは水の精霊王が密かに抱く想いだった。
それは本を読む者ならば誰しも必ずは通る道。
物語の主人公になりたいという夢。
余人ならば切り捨ててしまう感情論だが俺個人としては一番信じられる理由だ。
「だから助ける。力を使い果たして消滅しても物語になれば名前は残る。私はそれでいい」
彼女の口角が僅かに上がった。
きっと本気でそう思っているのだろう。
確かに英雄譚の結末は総じて自己犠牲を美談に持っていくことが多い。
それが最も読者が盛り上がるから。
決してこの風潮が間違っているとは言わない。
だが彼女の考えは改めさせなければはならない。
「リルさん、俺はこう思うんだ。過去の英雄たちも最初から犠牲になる気持ちはなかった。何故なら彼らの帰りを待つ人がいたはずだから。犠牲になりたくてなったわけじゃない。そうすることでしか大事な何かを守れなかったから犠牲になって英雄となったんだ。だけど、リルさんは最初から犠牲になるつもりでいる。それは間違ってるし俺はそれを許容できない。貴女が消えればアウリーもプラールも悲しむ。彼女達の笑顔のためにも俺は全力でリルさんを守る」
英雄たちの自己犠牲と彼女の自己犠牲の精神は根本から違っている。
リルさんのは残される者のことを考えない自分よがりの思いだ。
他者の夢にとやかく言う筋合いはないが、これだけは絶対に許せなかった。
プラールが消滅したとされていた時、アウリーは悲しげによく空を見上げていた。
煌々と世界を照らす陽の光を。
二度と彼女にそんな思いはさせたくない。
「それにどんな物語も笑って終われる方がいいに決まってる。笑いは幸せの象徴だからな」
渾身の笑顔を向けられたリルさんは少しだけ目を見開き僅かに口角が上がった。
「…聞きたいことは聞けた。日が昇ったらまた来る」
水の椅子から立ち上がった彼女は背を向けて歩き出す。
そして霊体化する間際、
「貴方のこと、少しわかった。おやすみ、ルクス」
そう呟いてから姿を消した。
明日会うつもりだったのならば今夜で良かったのでは…?
結局何をしに来たのか分からなかったが満足はしてくれたようだ。
すっかり飛んでしまった眠気に帰還を命じながら俺はもう一度ベッドに横になった。
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