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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第四章 オルコリア動乱編
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悪魔に備えて

 時はルクスたちが北方諸国連合領へ向かい始めた頃に遡る。


 北方諸国連合の国内には複数の防衛を目的とした要塞がある。

 そのうち最も防備が整っているのが北西、西、南西の三箇所で現在も修繕が繰り返されており変わらない姿と機能を保っている。

 いずれの要塞もオルコリア共和国と国境を面しているのは魔人戦争時代を生き抜き、守りきった北方諸国連合に所属する三つの小国の名残である。


「つまり我が国とオルコリアとの国境、それも三箇所の国境要塞のどこかに貴国の第三皇子が率いる一軍と保護したドワーフが逃れてくるから助けて欲しいと、そういうのかなレイン殿」


 北方諸国連合南西部、レドリック公爵領の領都トクスェント。

 読書家皇子を心配して北部国境に残っていたレインは大結界による国境封鎖の瞬間を目撃した。

 大結界に自身の最大火力をぶち込み破れないとわかった彼女は少数の護衛と共に単身北方諸国連合領へと乗り込みアルニア皇国と唯一国境を面する地を治めるレドリック公爵その人と交渉に臨んでいた。


「はい。先ほどお話した通り、ルクス殿下率いるドワーフ救援部隊は今まさに追い詰められています。オルコリア共和国内で勃発した外征派と内建派の決戦は不可解な圧倒的兵力差によって外征派が勝利し、内建派は王都へ敗走しているそうです。オルコリアの王都が西部にあることを考えればそちらへ逃れる可能性は低いでしょう」

「ふむ…。だが、戦いが起きたことと勝敗、どちらも知らなければ西へ向かう可能性は高いのではないかい?」

「確かにそうかもしれません。ですがルクス殿下は聡明であり異常なほど用心深い。仮に知らなくともオルコリアの情勢を鑑みて特定勢力への肩入れに見える行為はしないでしょう」

「かの皇子は悪魔の討伐を果たした御仁、その言には一理ある。本来であれば真っ先に祖国へ退却するがそこには謎の結界があると。レイン殿は実物をご覧になったのかな?」

「はい。あの大結界が張られた場所、その瞬間に居合わせました。私の全力で破れないかと試しましたが力及ばす…」

「そうだったのか。君で及ばないのなら破るのは不可能に近いのだろうね。なるほど、となれば取れる選択肢は限られる。西へ逃れるか、敵地での潜伏。だが、どちらも援軍の望めぬ状況では悪手となる」


テーブルの上に置かれた暖かい紅茶で喉を潤したレドリック公爵はほうと息を吐いた。


「私はルクス殿下と半年ほど過ごしましたが殿下は時に常人が考え及ばない手段や方策を選ばれます。そんな殿下が考えそうな一手で活路になり得るのは北方諸国連合の元へ逃れること以外ありません」

「それは分かったよ。けれど我が家に助けるメリットがない。そもそも我が国と貴国は決して関係が良好というわけじゃないだろう? むしろ帝国に独立保障をされている我が国と帝国と戦うアルニア皇国は敵国といっても差し支えない。そんな相手に助力すると思うかい?」

「そう言いつつも急な訪問だった私を公爵自らお迎えしてくださいましたね」

「それは個人的な友誼があるアストレグ家の息女がやってきたと聞いたからさ」

「そうですか。そもそも公爵はこの時期、北方諸国連合の一年間の方針を決める会議があるため領地にいらっしゃらないと父から聞いておりましたが何故領地にいらっしゃるのですか?」

「…それは君に関係ないことじゃないかな」

「いえ、関係あります。悪魔を最も警戒している北方諸国の皆様が当時悪魔が現れたオルコリア方面の動向から目を離すわけがありません。我が国が掴んだ情報を事前に知っていて今まさに警戒態勢を取られているのではないですか?」


北方諸国の方針を決める会議は年明けにおこなわれるのが通例であるとレインは知っている。

そんな時期に公爵位を持つ彼が領地に残っているのはオルコリア共和国の動向が不穏だと察知して有事に備えていたからではないか。


 レインの問いかけに対してレドリック公爵はにこやかに笑うのみ。

 室内に満ちた静寂を打ち破ったのは新たな来訪者だった。


「公爵。あまりいじめてやるでない」

「…! いじめてるつもりはありませんよ。それにしても…何故あなたがここに? サイラス様」

「ワシとて軍編成中に呼び出された身、言うならば被害者じゃが、ドリアンから命じられては動くしかあるまい。まったく、最近の若者は老人扱いの荒いことよ」


レドリック公爵を咎めるようにやってきたのは北方諸国連合ヨールド軍務総長サイラス・ヨールド。

元々はヨードルという小国の国王だったが魔人戦争終結後の北方諸国連合結成時に国政から離れ、北方諸国一の精兵であるヨードル軍の指揮を任された歴戦の老将である。


「そう言われるなサイラス殿。有事の際にはその労に報いる働きはしてみせよう」

「ああ。俺たちが共に戦場に立つことになればの話だがな」


 続けて入ってきた二人の姿を見てレインは驚愕した。


 特徴的な燃えるような紅色の髪と隠しきれない膨大な魔力量。

 漂う威圧感と風格はまさに王者のそれである。

共にやってきた相手はよく知る相手ではあったが何故ここにいるのかと目を疑ってしまう。


「そうなる運命だ。なにせ我とお前の勘はよく当たる。ただの救出作戦になるか、それとも破邪同盟の緒戦となるか。どちらにしろ我らの勝利は揺るがないだろう?」

「ああ。相手が大軍でも悪魔でも関係ない。レドリック公爵、いずれ英雄へと至る俺の弟のために力を貸してくれ」


 ルクディア帝国王太子、クライン・ゼクトゥール・ルクディア。


 アルニア皇国第一皇子、ユリアス・イブ・アイングワット。


 爆炎の帝王と皇国の麒麟児が共に参戦を表明した。





 未だ雪が降りしきる北方諸国。

 その西に位置する国境要塞へ六日かけて行軍していたレインは到着を目前に最後の休息をとっていた。

 遠路はるばる異国の国境までやってきたのは彼女ひとりではない。


「ふむ。こうして目にするのは初めてだが中々良い要塞だな。守りやすく、攻め難い。補修もよく行き渡っているように見える。ユリアスもそう思うだろう?」

「そうだな。周囲を山に囲まれ、オルコリア側には川もあると聞く。上流で水門を築けば攻め手を水責めにできそうだ」

「ちょうど俺もそう考えていたところだ。やはり俺たちの考えはよく似てるな」


 レインの視線の先には帝国の皇太子であるクラインと皇国の第一皇子ユリアスが語らう姿がある。

 敵対していた国同士の二人が肩を並べる違和感も相当だが、彼女の眼下にはもっと不思議な光景が広がっている。


 帝国最強の騎士団と名高い炎龍騎士団。

 皇国の最精鋭である黒鳳騎士団。

 そして空と地上には白鳳騎士団の姿がある。


「…何度見ても壮観ですね」

「そうでしょうな。歴史上、帝国と皇国の騎士団が共通の目的のために動くことなど初めてですから」


 レインの呟きに応えたのは真冬にも関わらず外套どころか最低限の装備のみで佇む白髪の偉丈夫だった。


「デルム様」

「ローレンとお呼びくだされ。家名で呼ばれては我が十二人の弟たちが同様に反応してしまいますので」

「炎龍騎士団の団長様をそのように呼ぶのは…」

「良いと思いますよ。俺たち騎士は堅苦しいことが嫌いなのでね」

「おお。さすがリゼル殿。分かってらっしゃる」

「…ではローレン様と呼ばせて頂きますね」


 渋々そう返したレインは改めて二人の皇子へ視線を向ける。

 丁度話し終えたのか二人の皇子も振り返ったところだった。


「何か言いたげだな? レイン嬢」

「軍事に疎い私が言うのは差し出がましいと思うのですが何故この場所に力を入れた配置としたのですか?」


 今回ルクスを含む皇国軍の救出のために動いている部隊決しては少なくない。

 皇国からの要請を受け、帝国はルクスたちが逃げる先として候補にあげられた三箇所の国境要塞、その全てに援護のための軍勢を派遣した。


 南西の国境にはレドリック公爵軍一千にコールソン以下東部国境守備軍千五百騎と帝国軍西部国境軍五千。


 北西の国境にはサイラス麾下のヨードル軍三千に加えて帝国軍北方諸国駐屯部隊二千。


 そして西の国境にはクライン率いる炎龍騎士団千五百と帝国軍二千。それとユリアス率いる黒鳳騎士団七百、白鳳騎士団五百が入城を果たしオルコリアの動きに備えている。

 この配置は全てクラインの指示によるものである。


「勘だ」

「え?」

「俺とユリアスの勘ではここに逃れてくる。故にこの配置にした」


 そんな曖昧な理由でと言いかけたレインだったが何とか言葉を飲み込んだ。

 たかが勘で三国合わせて一万を超える軍を動かしたのかといえばそれは違う。

 さすがの爆炎の帝王とて他国の兵を動かすほどの影響力はない。


 ルクディア帝国にアルニア皇国とオルコリア共和国の国境に大結界が展開されたと知らされたのはたった三日後のことであった。

 早馬を飛ばしても半月近くかかる距離を考えるとそれは異常な速さであった。

 これを可能としたのが冒険者ギルドの協力である。


 冒険者ギルドには距離に関係なく遠隔地へ声を届ける交信の魔導具が存在する。

 その恩恵は言うまでもないだろう。

 アルニア皇国を例えると北部で発生した魔獣津波スタンピードを発生直後に南部のエラルドルフ公爵へ知らせることが可能となるという代物だ。

 当然これまで多くの国々がありとあらゆる手で製法を探り、奪取を試みたが厳重な守りに阻まれ失敗に終わってきた。

 初代冒険者ギルド総長マスターが開発し遺したその製法は完全に秘匿されており代々冒険者ギルド総長マスターとなる者へのみ継承されてきた。

 使用が許されているのは人類を揺るがす大災害の通達のみ。

 国家間の争いや政治への不介入を謳う冒険者ギルドを動かしてみせたのがアルニア皇国宰相オーキスであった。

 オーキスは冒険者ギルド皇国支部の支部長にこのように伝えた。


 我が国とオルコリアの国境に現れた大結界、悪魔による謀略の可能性あり。また魔獣使役術の行使疑惑あり。援軍を求むと。


 皇国支部長は事態を重く見て交信の魔導具を使用し帝国の冒険者ギルド本部にいるギルド総長マスター、メリル・シュザンへ報告した。

 そこからのメリルの動きは早かった。


 まず交信の魔道具を使ってオルコリア共和国内の冒険者ギルド支部に連絡を試みて繋がらないことを確認。

 その直後に大陸中の国々へ悪魔出現の可能性を通達。

 悪魔に対抗するための破邪同盟の盟主である帝国へ派兵要請をし、帝国はこれを受諾。

 取り急ぎ火の精霊王と契約する皇太子クラインを大将に総勢各国境守備軍を主軸とした八千五百の軍勢を北方諸国連合とオルコリア共和国の国境へと向かわせた。


 北方諸国連合は冒険者ギルドからの通達を受けてオルコリア共和国に面する国境へサイラスのヨードル軍を含む五軍を派遣。

 帝国の駐屯軍にも事態を知らせ動かした。

 北方諸国連合がこれほど迅速に動けたのはオルコリアの不穏な動きを事前に察知し、軍編成を終えていたからである。


 この間アルニア皇国とて指をくわえて大人しくしていた訳ではない。

 むしろ一番大きく動いていた。

 まず皇都にいたユリアスに黒鳳騎士団と白鳳騎士団の護衛と伝令要員を除いた全てを預けて北方諸国連合との国境へ送った。

 もしもの備えにと北部に待機していたに東部国境守備軍へも事態を伝え、コールソンと騎兵千五百同地へ向かわせユリアスとの合流を命令。

 西部の湾岸警備隊に厳戒態勢を敷き、南部国境守備軍の半数を皇都へ呼び寄せた。

 また、北部貴族に事態を伝えて戦支度を急がせた。


 余談であるがレインは独断で動いてレドリック公爵の元へ向かったため皇王ヴォルクもオーキスも彼女が北方諸国入りしていることは知らない。


「…楽しみだ」

「楽しみ、ですか?」

「ああ。あのレシュッツ悪魔事変の立役者でありユリアスが絶賛する第三皇子に会えることがな。それに」


 口角を上げたクラインは自分の傍らへ視線をむけると瞬間的に膨大な魔力が辺りに迸った。


「オレも常々会いたいと思ってた相手だからな!」

「だそうだ」

「…炎の精霊王様」


 現れたのは身長が二メートルはありそうな巨漢だった。

 漂う魔力と燃え滾る焔の如き雰囲気オーラが彼を炎の精霊王だと直感させる。


「紹介しよう。我が契約精霊、ドレイヤだ」

「ああ! オレの名はドレイヤだ! よろしくな!」


 豪快に破顔したドレイヤ。

 彼を見るレインの目はひどく冷静だった。

 そこらの人間ならば驚愕するか崇めるであろう世界に六柱しかいない精霊の王。

 だが、彼女にとって精霊王との邂逅は特段珍しくもない。


「お初にお目にかかります。レイン・フォン・アストレグと申します。炎の精霊王様にお会いできるとは光栄です」

「レインか。よろしくな!」

「なんだ随分と反応が薄いではないか。もしや他の精霊王と出会ったことがあったか?」

「はい。以前スオウにて光の精霊王様とお話をさせて頂いたことがあります」

「おお! プラールか? それともサキちゃんか?」

「お二方ともです。サキさんとは手紙のやり取りも少々」

「そうかそうか! 光のはどっちも付き合いやすいだろ? これが水のや風のだと話すらできないからな。二人とも無口で他人に興味が無いみてぇだから」


 ガハハと笑う炎の精霊王を尻目にレインは先ほどの言葉を反芻していた。


(風の…。アウリー様が無口…?)


 レインの知る風の精霊王こと、アウリーはとてもお喋りな性格だ。

 ルクスに対して話しかけていないことの方が少ないほどで最近ではレインやセレナにもよく話すようになっている。

 しかし、自分よりも百年単位で付き合いが長いと思われるドレイヤにはそうは思われていない。


「ところでいつまで隠れているつもりだ? もしや何かの遊びの最中か?」


 ドレイヤは虚空に向けてそう言った。

 突然の不可解な行動に怪訝な顔をしたクラインとユリアスとは対照的にレインはどきりとしていた。


 ドレイヤが見つめる虚空に極光が瞬く。

 咄嗟に周囲の騎士たちが腰元の剣に手を添えたが現れた存在を認識すると自然と身体が硬直した。


 薄金色の長髪を翻して顕現したのは永きにわたって世界を守護した初代光の精霊王であった女性。


 帝国と皇国の皇子は驚きこそすれど立ち直りは早かった。


「あなた相変わらず空気が読めないわねぇ。姿を見せない時点で何か理由があると思って欲しかったわぁ」

「む? オレが悪いのか? よく分からんがすまんかったな!」


 溜息一つを落として呆れるプラールは二人の皇太子に向き合った。


「初めまして。光の精霊プラールよぉ。よろしくねぇ」

「代替わりする前の光の精霊王殿か。ルクディア帝国皇太子のクラインだ」

「アルニア皇国第一皇子、ユリアス・イブ・アイングワットと申します。先のスオウでの一件は聞き及んでおります。貴女の世界への献身に最大限の敬意を」

「そんなのじゃないわぁ。私は契約を履行しただけだもの。ふふ、そちらの皇太子くんは過去のことより今のことを聞きたそうね」

「然り。なぜ貴殿がスオウを離れこの地におられるかお聞きしたい」

「観光…と言っても信じてもらえなそうねぇ」

「俺の目にはレイン嬢に付き従っていたように見えたが?」

「うーん。困ったわぁ。レインちゃん、私誤魔化せる気がしないわ」


 レインとてこの二人を誤魔化すことはできないだろうと思っている。

 だが、ここでプラールの契約者を明かすことはできない。

 なんと言うべきかと思考を回し始めた時、強風が吹き抜けた。

 街道がまとった白化粧が巻き上げられて雪煙が視界を覆った。


「ははっ! 勢揃いだな!」

「あらあら…?」


 二人の最上位精霊はそれぞれ喜びと困惑をもって彼女を迎えた。

 しかし、二人のよく知るはずの彼女の声は聞いたことの無いほど焦燥していた。

 二人の精霊が雪煙の中で何者と話す素振りを見せ始めたところでユリアスたちの頭上から白鳳騎士が三名急降下してきた。


 半ば転げ落ちるようにユリアスたちの前にやってきた三人の白鳳騎士を見つけて追ってきたのであろうアンジーナが無礼を咎めようとするがユリアスがそれを制する。


「その左腕の腕章はルクスと共に従軍した第二分隊の白鳳騎士だな。何があった?」


 余程急いできたのであろう若い白鳳騎士たちは息も絶え絶えであった。

 目には色濃い隈があり髪はひどく乱れている。


「ユリアス殿下!? も、申し、上げます…! 我が軍は外征派三万の兵と、魔獣の追撃を振り切り、まもなく北方諸国との国境に達します!」

「そうか。さすが俺の弟だ。カシアン、黒鳳騎士団を率いて先行して………」


 その時であった。


 膨大な魔力波が巻き起こりユリアスたちを飲み込んだ。

 一瞬の重圧だったが何らかの大規模魔術が行使されたのは確か。

 そして誰よりも早く動こうとしたのは雪煙でリアス達から姿が確認できなかった者。


その飛び去そうとした美少女の手を掴んで制止したのはプラールだった。


「落ち着いて。今あなたが行っても何もできないわぁ」

「けど!」

「あの大結界が魔力を持つ全てを拒絶するといっても私たち三人であたれば破ることはできなくても、揺らぎは作れるかもしれないでしょう? だから私たちと行きましょう」

「……わかった。でも今すぐ行くよ」

「もちろんよ。ドレイヤも良いわよね?」

「よく分からんが結界を壊しに行くんだな! 任せろ! クライン!オレは先に国境に行くぞ!」

「ああ。俺達もすぐに行く。先行して様子を見てきてくれ。状況に応じて戦闘も許可する」

「うむ、了解だ!」


 そんなやり取りを交わしている横でレインの耳元に囁きが落とされた。


「一緒に来てくれる?」

「…もちろんです」


 用意していた言葉を返してからユリアスに先行して行ってくると伝えると「あいつも隅に置けないな」と笑って送り出してくれた。


 三人の精霊王と共に飛び去ったレインを見送り、クラインとユリアスも移動の号令をかける。

 歴戦の勇たる二人の皇子は波乱の予感を胸に抱いていた。



◆◆◆



 三柱の精霊王とレインが飛翔し国境要塞に着いたのは大結界の感知から僅か数分あとのことだった。

 しかし、その僅かな時間が取り返しのつかない決定的な遅れだったのだとレインは悟った。


「…っ!! 殿下ッ!!!」


 魔力の宿った一切を遮断する結界を隔てた先、ルクスと対峙する男が数百にも及ぶ魔法陣を取り囲むように展開したところだった。


 結界の影響で魔力の規模は分からないが、待機中の魔法式の数がルクスを確実に葬ろうという意思を感じさせる。

 どうにかしようと魔力を練り上げて大結界を破ろうとするレイン。

 大結界の破壊を考えたのは当然彼女だけではない。


「プラール! ドレイヤ! レインちゃん、合わせてっ!!!」


 飛翔の勢いもそのままに大結界へ突進を続けながら魔法の行使に踏み切ったのは風を司る精霊王アウリー。

 彼女にとってかけがえのない契約者である青年の危機となれば存在の露呈など問題にもならない。


 彼女に呼応するようにかつて光の精霊王であったプラールと苛烈たる火を司る精霊王ドレイヤ、そして人の身で魔法の領域へと達したレインがアウリーのタイミングに合わせて魔法を放った。


 絶大な魔力を秘めた四発の魔法は同時に大結界と衝突。

 空気が大きく振動し大地をも揺らす。

 全てを破壊し尽くすだけの威力を孕んだ一撃は極光と尋常ならざる衝撃波だけをもたらすのみに留まった。


「そんな……!」


 最上級精霊三柱と人類唯一の魔法の使い手をもってしても大結界は破るどころか亀裂すら入れることができなかった。

 信じ難い事実に戦慄するレインの視線の先では衝撃に反応した男が振り返ったところだった。


 忌々しげな表情で何かを呟いた男は再びルクスへと向き直る。

 そして抗えぬ絶望の暴威が振り下ろされた。


 この日、記録的な強風が北方諸国中に吹き荒れた。

ある者は語った。

 その風音は悲痛な叫びのようであったと。

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