全力を尽くして
大変ご無沙汰しております。
リアル多忙にてお待たせしてしまいました。
本日より更新再開致します!
お付き合いいただけますと幸いですm(_ _)m
「誇るがいい。お前たちは矮小なるその身で死力を尽くし我の予想を超えてみせた。弱者なりに足掻いた上で我に淘汰されるのだ。だが嘆くことはない。これは早いか遅いかの違いのみであの外へ逃れた者たちも一時の平穏を得たに過ぎんのだから」
そう語る男には揺るがぬ自信を感じるがそこに慢心はないように思える。
この絶対的な有利を持つ状況においても俺への警戒を緩めていない。
「あの魔力を持つ全てを拒絶する大結界の術者が謎だったが全てお前の仕業みたいだな」
「是であり否である。確かに我が編み出した術式ではあるが術者は我の配下だ。発動の時間だけは我次第であったがな」
「僅かな希望を目の前で掻き消すことで俺たちが絶望する顔でも見たかったのか?」
「そのような意図はない。当初の計画ではこちら側に結界を張るのはこの国を掌握してからであったがお前を逃がさぬためにはこうする他なかった。それだけだ」
「…警戒してる割には全て吐いてくれるんだな」
「どうせここで死ぬのだ。冥土の土産は必要だと思ってな」
「だったら名前くらい名乗ったらどうだ? 魔界にも爵位があるらしいじゃないか。是非お聞かせ願いたいところだな」
少し考え込むように顎に手を当てた男だったが問題ないと判断したのかすぐに元の位置に戻した。
その一瞬の警戒の緩みを見逃さずに一つの術式を待機状態にしておく。
「いいだろう。我は魔界序列第十八位、バティン。偉大なる魔王様より公爵位を授かっている」
明かされた真名。
威圧感からそうでは無いかと思っていたがやはりヴィネアよりも高い序列の悪魔だったようだ。
そして俺の第六感が訴えている。
契約精霊不在の現状では万に一つも勝ち目がないことを。
「さて、語らいはここまでだ。我も暇では無いからな。早急に終わらせるとしよう」
継ぎ足すように召喚される魔物と魔獣の大群。
目視できるだけでもA級相当の個体が複数確認できる。
あれらが突っ込んでくれば残された騎士と兵たちは為す術なく蹂躙されるだろう。
俺も腹を括るしかない。
「カシアン」
「ここに」
「あれとの戦いに付き合ってくれるか?」
「腕が鳴ります。我ら黒鳳騎士団の底力をお見せいたしましょう」
「…俺がバティンとかいう悪魔を抑える。地上は任せたぞ。どうにか時間を稼げ」
「恐れながら殿下に任せるわけには参りません。悪魔の相手は私が」
「リゼルならまだしもお前は空を飛べないだろ。だが俺は飛べるしお前よりも確実に長く戦える。適材適所ってやつだ。…もし生き残ることができたらここにいる全員が俺の力について他言できないように契約で縛るからそのつもりで」
「ですが…!」
「くどいぞ。それにお前にはやってもらわないといけないことがある。俺は悪魔の相手で手一杯になる。多く見積っても十分が限度だ。その間に今俺たちが立ってるこの場所を中心にした半径百メートル以内に残された全軍を集めろ。方法は任せるが絶対死守だ。端の方で孤立したレクラム卿の部隊や獣人部隊もだ。指揮権を渡すからそのあとは上手く立ち回って耐え……っ!!」
指示を出している俺へ複数の炎弾が飛んできたがその全てを水弾で相殺する。
「時間が無い。あとは頼むぞ」
「殿下っ!」
カシアンの声を聞き流しながら俺は風魔術で空へと飛び上がりバティンの放つ全ての攻撃を迎え撃つ。
近距離での撃ち合いだがやはり分が悪い。
相手は魔法の領域、対するこちらは魔術の域を出ない。
俺の才能ではアウリーの補助がなければ魔法は使えない。
何とか相殺できているのは魔力量による力技のおかげだ。
この調子で戦えばいかに莫大な魔力を持っている俺でもいずれ押し負ける。
それでも迎撃している理由はバティンの放つ魔法の全てが躱せば地上の集結地点付近に着弾するようになっているから。
バティンも俺が騎士や兵たちを見捨てられないことを理解しているからこその作戦なのだろう。
「どこまでやれるか見届けたいが時間が惜しい。物量で押し切らせてもらおう」
地上の魔物たちが再び兵たちに襲いかかり、同時にバティンの魔法がより苛烈で強力なものへと変わった。
…十分も持たないかもしれないな。
俺は地上の兵たちの集結具合まで確認する余裕がないので分からないが、最悪多くを救って一部を見捨てる選択が必要になるかもしれない。
「……いや、まだやれる」
弱気な思考を振り切って心を奮い立たせた俺は魔術を全力展開するのだった。
◆
カシアン・フォン・ルルフェルは何事にも愚直に取り組む真面目な男である。
仕える主からどのような困難な命令が下ろうとも否とせず従い最善を尽くす忠臣だ。
そんな彼がそこそこ長い騎士人生の中で初めて上からの命令に対して食い下がる姿勢をみせたのが先ほどの一幕であった。
彼の護衛対象であるはずの第三皇子はあろうことか魔術で空を飛び交い、恐怖の象徴たる悪魔の攻撃を迎撃し続けて時間を稼いでいる。
カシアンは今すぐにでもルクスを下がらせたい。
しかし、あの悪魔が自由になれば自分たちはまともな抵抗すら許されずに殺されると分かっている。
守るべき対象に守られるというこの状況は彼の騎士としての誇りに傷をつけるには十分な出来事だった。
だからといってこの死地ではくだらない矜恃に浸っている余力はない。
今カシアンを含めた黒鳳騎士たちは従軍していた土属性の魔術師に命じ最後の魔力を振り絞って生成させた土壁を利用してルクスが示した指定地点を守っていた。
帝国侵攻の際にルクスによって編み出された土属性魔術の新たな可能性。
アングレームでの塁壁普請によってより洗練された技術。
偶然か必然かここにきてそれが役に立っていた。
「隊長」
「戻ったか。右翼はどうだった?」
「俺たちが辿り着く頃には数十人しか残ってなかったですが、何とかこの陣までは連れてきました」
「そうか。左翼はレクラム卿が兵をまとめてきてくれた。残りは…」
「カシアン殿! ご無事か! 」
走り込んできたのは今まさに思い浮かべていた相手だった。
アングレームの領主であるルクスが創設した狼人族の第三皇子直轄部隊、銀狼隊。
族長でありながらその隊長を任されているヴァルトだ。
荒れ狂う魔物の海原を自力で突破し、この陣地に合流してくれた彼は血と土に塗れているが目立った外傷は見られない。
「私は問題ありません。それよりもヴァルト殿がご無事で安心しました。よく単独であの中を突破できましたね。他の狼人たちも無事ですか?」
「我らなら造作もないと言いたいところだが随分と無理をした。負傷者は少なくない。それに幾人かの同胞を失った」
「この状況では仕方ないでしょう。ところで金虎隊の行方はご存知ですか?」
「金虎なら今しがた合流したが、我らの想像以上に戦線が芳しくなかったがゆえに動ける我が同胞たちと共に再び戦線に戻っている。我は報告と今後の指示を受けるために戻ったのだが……」
ヴァルトの視線は空で壮絶な魔術戦を繰り広げている銀髪の皇子へ向いた。
「…まさかこうして主殿自ら戦う姿を目にすることができるとは。この絶望的な状況において兵たちが戦意を失わずにいるのは主殿のおかげでしょう」
「…そうですね。護衛の身としては情けないという気持ちですが不本意ながら殿下のおかげで我らはまだ生きています」
「間違いない。してカシアン殿。我は魔術に疎いのであの戦いの優劣が分からぬ。が、我の所感では主殿が危ういと見るがいかに?」
「レシュッツの話はご存知でしょう? かの報告書によれば殿下が出会った悪魔の大将は序列四十五位を名乗ったそうです。そして今我らが対峙するあれは言動からより上位の個体。……いつ殿下が倒れてもおかしくありません」
どうにか介入したいがその手段がない。
カシアンの中では地上の兵たちよりも皇族であるルクスの命を守る方が優先度が高い。
「主殿は何か仰っておられなかったか?」
「十分以内に全部隊をここに集めて死守せよと。何とか残存戦力は集まりましたがいつ戦線が崩壊しても…」
不意にカシアンたちを中心に巨大な魔法陣が展開された。
煌々と輝きを強めるそれは発動が目前であることを示している。
「カシアン殿!」
「これは…!」
すわ悪魔の殲滅魔法の類かと思い上を見上げればその様子はみられない。
むしろ悪魔は展開していた極大の魔弾をカシアンたちへ、正確には足元の魔法陣を破壊するべく乱れ撃った。
既に無数の魔法の対処に追われているルクスにそれを全て迎撃する余裕はなく一発魔弾が飛来する。
本能的に魔法陣の守護に動いたカシアンは咄嗟に剣を抜き放った。
しかし、そこへ大きな影が複数飛来した。
「「「はあぁぁぁぁあ!!!」」」
着弾すると思われた魔弾の射線に無理やり割り込み各々の槍の腹で迎え撃ったのはグリフォンで空を駆る白き騎士。
信頼する先輩騎士を喪い、一度は第三皇子に言葉の槍を向けてしまった若き白鳳騎士たちだった。
裂帛の声を上げて愛獣と共に魔弾との力比べに臨んだ彼女らは拮抗の末に打ち返し空中で爆発させることに成功する。
しかし、衝撃は凄まじく吹き飛ばされ障壁を展開しながら地に落ちた彼女らとその騎獣たちは苦悶の声を漏らす。
傍らには砕かれた愛槍が転がっているが三人の白鳳騎士たちは肩で息をしながらも苦しげに笑ってみせた。
「防ぎ…ました」
「お前たち…」
「私、たちは一度、殿下に向けてはならない感情を、言葉を向けてしまいました。あの方の悲しみを知らずに。この罪はただ…死ぬだけでは償いきれません」
「それに守るべき殿下が一番守るためにその身を張っているというのに私たちが盾にもなれないのでは騎士は名乗れません」
彼女らはあの場で不敬を理由に斬られてもおかしくないことを言った。
それでも第三皇子はそうしなかった。
深く叱責することもしなかった。
期待をしていない者には何を言っても無駄であるとは今は亡き先輩の言。
何も期待されてもいない自分たちを認めてもらうにはそれに相応しい行動が必要となる。
ゼロからマイナスとなった評価を挽回する機会を狙い続けていた彼女らに訪れたのが先の場面だった。
直感的に守らねばと動いた身体は今激痛に苛まれている。
三人の女騎士たちに無事な者はいないし恐らく骨も数本折れている。
それでもなお、空を見上げて立ち上がろうとする彼女たちの姿はまさしく騎士であった。
ゆえに彼女たちは目にすることができた。
第三皇子が動かした刹那の動きを。
『よくやった』
確かに動いた口元は次の瞬間には一文字に引き結ばれた。
そしてルクスから魔力が迸りバティンの周囲に八重の結界が張られた。
「無駄だ。この程度の結界すぐに……」
「どうかな」
求めたのは数瞬の停滞。
一瞬でも意識を外すことができれば十分だった。
バディンの隙をついて施したたった一つの切り札をこれで発動できる。
「あとは任せる! 必ず生き延びろっ!」
カシアンに向けて叫び意識を魔法陣に向ける。
創世神話の時代に始祖たる人々が達したという魔術の最高到達点、人呼んで古代魔術。
今よりも保有魔力量が多く魔術の才能に溢れていたという先祖たちが魔法陣に描いて運用したというそれは俺が読み解き溜め込んできた知識のどれよりも難解なものだった。
三年前、妹たちを失いかけてアウリーと契約した俺は誰かを守り逃す手段を模索し続けた。
そんな時、閲覧に皇王の許可が必要となる禁書庫に忍び込んで見つけた一冊の封印された魔術書。
一定の魔力量を持つ者にのみ内容が記される仕掛けになっていた古書には古代魔術の術式が描かれていた。
それなりに理解力の高いと自負する俺だが想像以上に古代魔術習得の道はとても険しく、数え切れないほどの試行と実験を繰り返した。
何万回と失敗したが俺は決して諦めなかった。
飽くなき探究心と家族への思いがそれを許さなかったから。
いつか大切な人を守るためにと三年かけて修めた努力の結晶をもって、俺は彼らの命を守ってみせる。
バティンとの戦闘を繰り広げている間も供給を続けた魔法陣は日輪の如き熱を発する。
この魔力出力なら……いける。
空で援護にあたっていた白鳳騎士を含めた全ての生存者が魔法陣の上に立っていることを確認した俺は起句である言葉を紡いだ。
「術式起動、広域転移陣」
地上に描かれた半径百メートルを超える魔法陣が眩く発光を始める。
ほぼ同時に結界を破ったバティンが舌打ちと共に地上へ向けて極大の魔弾を放つがもう遅い。
魔弾が到達する頃には発光の源であった魔法陣もその上で戦っていたカシアンたちの姿も消えていた。
どうやら転移自体には成功したようだ。
転移先は一応指定してみたが上手くいったかどうかは確認できない。
だが、どんな場所でも確実な死が待つ悪魔の戦場よりは幾分かマシなはずだ。
彼らならきっと生き残れるはず。
「…お前は本当に何者だ」
「ただの読書好きな人間だが?」
「馬鹿を言え。今のは転移の術式だった。だが我ですら完璧に読み取れないほど高度で難解な術式で構築されていたことを見るに古代魔術を改良したものだろう。だがあの膨大な出力は人間に制御できる魔力量を超えていたはずだ」
「超えていても使えてる、これが全てだろ。それよりもまんまと人間の悪あがきに嵌められた気分はどうだ?」
「出し抜かれたという事実は認めよう。だがそれも無駄なこと。転移術式の根本は地脈を道として空間と空間を繋ぎ特定地点へ送ることにある。ゆえに地脈を辿れば瞬く間に特定できる。お前を殺したあとで追えば…」
確かに転移術式の原理はバティンが語った通りのものだ。
転移で送りたいものが存在する開始地点と転移で送りたい場所である終了地点のそれぞれを地脈を通して結び付ける。
この際、転移対象が多ければ多いほど地脈には痕跡が残る。
地脈の魔素を感じ取ることのできるものならばどこに繋がるかを辿ることは可能だ。
だが例外もある。
「もし俺が本命の転移先以外に百を超える偽の痕跡を残していたらどうする?」
「ふっ、何を言うかと思えば。そんなこと……」
嘲笑と共に否定をしようとしたバティンだったが顎に手を当てて考える素振りをみせた。
やがて思い至ったのか俺を忌々しげに睨んだ。
それに対してニヤリと笑ってやる。
「転移の痕跡は転移する対象の質量によって決まる。つまり数百人規模の転移と同等の質量物体が転移すれば痕跡は無限に作れる。ここにはお前が召喚した魔獣や魔物もいれば岩や木々だってある。人間数百人程度の質量なんて大量に用意できる」
「…そんな馬鹿げた転移を同時におこなえば必要な魔力量は下手な精霊どもの魔力量よりも多くなるはずだ」
「俺、魔力量だけ見れば人間辞めてるから」
「化け物め」
「他の悪魔にも言われたがその言葉そっくりそのまま返す」
飄々と余裕を装っているがさすがの俺もかなりの魔力を消費した。
会話で時間を稼いで魔力の回復に努めているが連日の強行軍での疲労の影響か魔力の回復がひどく遅い。
「侮っていたつもりはなかった。それでもしてやられたというのに不思議と屈辱を感じない。それはお前が人間の中で最も脅威と思えてならないからだろう」
「過大評価は勘弁して欲しいな。俺は人畜無害な普通の人間だぞ?」
「戯言を。お前のような人間が普通を名乗るのはおこがましい。…だがこれで終わりだ、ここからは我も全力でかかるとしよう」
バティンの周囲に数百の魔法陣が出現する。
魔力探知をしなくてもわかる。
あの待機状態にある魔法全てが一発で俺の結界ごと消し飛ばせる威力があるだろう。
過剰ともいえる暴威を向けられた俺は笑みを浮かべた。
確かに精霊達が不在の俺では防ぐ手段がない。
なら諦めるしかないのか。
眼前に迫る死を受け入れるしかないのか。
否、足掻く術は存在する。
一か八かの賭けだが俺はここで死ぬ訳にはいかない。
まだ見ぬ本の為に、そして家族と再び会うためにも。
「名も知らぬ強者よ。来世では同胞として共に戦えることを……」
そう言いかけたとき、バティンがハッと大結界の方へ振り返る。
それと同時に轟音が響き大地が揺れた。
魔力の持つ全てを遮断するはずの大結界を貫通するほどの強大な魔力をたった一瞬だが感じられた。
今の覚えのある魔力は間違いなく彼女たちだった。
きっと俺の身を案じてくれているのだろうが残念ながら声は届かないし助けも間に合わない。
「いつの時代も我らの邪魔をする規格外どもめ。その結界の本質は貴様ら精霊をこの地に関わらせないためのものよ。我らの悲願を達するまでそこで指を加えているといい」
バティンが再び俺へ視線を向ける。
そして、
「さらばだ」
数百の魔法が無慈悲に降り注いだ。
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