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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第一章 アルニア皇国防衛編
10/75

手のひらの上

 両軍の指揮官同士が邂逅してから程なく戦いは始まった。

 兵数も練度でも劣る皇国軍は第四宮廷魔術師団が築いた岩壁を防衛陣地として徹底防戦を選択した。

 劣勢なりによく戦っているが半日も経つと戦線に穴が生じて押され始めていた。

 それでも前線を維持できているのは土属性魔術師が降らせる石弾の雨と闇属性魔術師による援護のおかげである。


「ユグパレ様、兵の入れ替えもそろそろ限界です…。第四宮廷魔術師団も前線へ出してはいかがでしょうか」

「元より魔術師が多いこの軍だ。後方援護の魔術師を前線に出しても精々肉壁になるだけで無駄であろう。辛くともやるしかないだ」

「はっ…それと奇妙な報告なのですが…」

「なんだ?」

「我が軍が後退する際に決まって猛烈な突風が吹き、帝国軍の動きを阻害していると各戦線で報告が上がっておりまして…」

「ふむ、確かに奇妙な報告だな…。宮廷魔術第四師団には風の魔術師はいないはず…。そうだな、精霊のご加護とでも言えば兵たちの士気も上がるだろう」

「はっ。そのように伝達します」


 伝令の兵士が去るのを見届けてからユグパレは本陣後方の天幕を見上げた。





 俺は最後方の天幕で寛ぎながら戦場の動きを見ていた。

 ユグパレ元帥には絶対に本陣より後方にいるように言われてしまったので動くに動けない。

 ()()だが。


「ルクス、六箇所目の戦線が後退し始めたよ。そろそろこの方法での支援も限界かも」

「バレたくないんだから仕方ないだろう。()()は今どこに?」

「んー、もうすぐだけどこのままじゃ先にどこかが突破されちゃうかも」


 俺の中では一応予想通りの負け具合なんだが、支援もそろそろ限界だな。

 これ以上は支援じゃなくて攻撃に変わってしまう。

 不用意に精霊の力を使うと魔力の流れですぐにバレてしまうだろうし…。

 だが、致し方ない。


「アウリー、次に両軍の間に距離が離れたら旋風でも横断させてくれ。なるべく自然に起こったようにみせてくれよ?」

「おっ、ちょっと攻めたね。…って自然にって誰に言ってるの? 私、一応……」

「はいはい。わかってるって。よろしく頼むよ」

「仕方ないから丸め込まれてあげる」


 少しして両軍の間に複数の旋風が巻き起こった。

 被害を恐れてか両軍は睨み合いの構図になっていた。


「これで間に合うだろ」

「うん、もう来るよ」


 戦場とは反対側に視線を向けると土煙が確認できた。

 この戦いに終止符を打つ者たちが皇都の方向、つまり西からやってきていた。

 




「なぜ我が軍が追撃を始めると風が起きる…! 皇国の風の魔術師団はシャルマンにいた。ならばここにそれほどの数がいるとは思えない…」


 ガニアは苛立っていた。

 局地的勝利を各地で収めているのにも関わらず、攻めきれない。

 加えて今は戦場中央に無数の旋風が巻き起こっていて進むことすらままならない。

 これで苛立つなという方が酷な話だった。


「報告します! 前線の各将から敵軍から風属性の魔力は一度も感知できていないとのことです」

「何…? ならどこから…」


 ふと頭に精霊という存在が過ぎる。

 しかし、アルニア皇国に精霊使いはいないはずだが…。


「いや、まさか…いるのか?」


 そう呟いた時、視界を覆っていた無数の旋風が一斉に消え去った。

 すると風が起こる前と後ではその先に広がる光景は大きく変化していた。





 旋風が消える少し前、同じく状況に困惑していたユグパレの元に伝令が届いていた。


「ユ、ユグパレ様! 援軍ですっ、西から援軍です!」

「西ということは…西部国境軍か?」


 砂塵を巻き上げやってきた軍の旗には剣を咥えた鷹が描かれていた。

 西部を象徴するかの貴族の旗印。

 集団の先頭から鮮やかな赤髪の青年が近づいてきた。

 

「ご無沙汰しております、ユグパレ様。アストレグ公爵家が嫡男レメア・フォン・アストレグ、西部国境軍と共に参上いたしました」

「レメアか。随分大きくなったものだ。いや、失敬。今はレメア殿とお呼びするべきか」

「ユグパレ様に敬語を使われては私の立つ瀬がありません。どうか以前のようにレメアとお呼びください」

「ならそうしよう。それよりも何故ここに?」


 西部国境軍が駐屯する地からここまでは通常二十日以上かかる。

 赤の狼煙を見て出陣したのでは間違いなく間に合わない。

 つまり彼らは赤の狼煙を確認する前に動いていたのだ。


「妹の身に不思議なことがおきまして…っとそれは後ほどお話ししましょう。少々急ぎであったため全軍というわけにはいきませんでしたが、七千の精鋭を連れて参りました」

「我らと合わせて約一万か。疲労の色濃い帝国軍を蹴散らすのには十分すぎるな」

「えぇ。既に半包囲は完了しております。あとは退路を断てれば…」


 そこにタイミングを図ったかの如く帝国軍の背後から騎兵隊が現れた。

 皇族のみが使用を許される青の軍旗を翻した部隊の最前に立つのは黄金色の髪を振るう一人の美丈夫。

 

「皇都の精鋭達よ、よく耐えてくれた! あとは俺がこの戦いに幕を引こう。このユリアスに続けっ!」


 颯爽と現れた第一皇子ユリアスの率いる東部国境の精鋭達が帝国軍のガラ空きの背後から切り込んだ。


「大勢は決したか。これより我らもユリアス殿下に続き帝国軍の殲滅に移る! この戦いを我らの手で終わらせるぞっ!」


 ユグパレの号令を聞いた西部国境軍はもちろん、疲労で満身創痍であった皇都守備隊や第四魔術師団も声を上げて帝国軍への追撃に加わった。

 既に帝国軍には抵抗する力は残っていなかったようで次々と討たれるか捕らわれていった。


 各戦線が崩壊し皇国軍に捕縛される中、帝国軍本陣にはユリアスの軍が到着していた。


「ガニア殿とお見受けした。この戦いの結果は既に定まった。降伏を」

「…そのようですね。大人しく縄につきましょう。上手く裏をかいたと思ったのですが…ユリアス殿の方が一枚上手(うわて)でしたか」

「いやいや、俺やコールソンはまんまと嵌められたよ。そこの駆け引きは貴殿の完勝だった」

「…? あの陣が貴殿の策ではないのならやはりユグパレ殿の策か?」

「ユグパレは奇策とは無縁だ。岩を使った…いや、土属性魔術か。あのような使い方をするのは間違いなく…ははっ…やるじゃないか」


 ユリアスの見る視線の先には小さく青い旗がなびいていた。


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