漂い始めた不穏な気配4
翌日、お父様は屋敷に詰めていた騎士団の3分の1を伴い国境の砦へと向かった。
出発前には並々ならぬ抱擁を受けた。
それは……もう体力を奪われるほどに。
お父様を見送った私達は、これから出発する。
壁の作成に5日の日程を予定していた。
護衛にはお父様の着けてくれた一個小隊と、おじい様の護衛騎士団。
精鋭揃いのそれは、40人を超える人数になる。
なんだか、私の我儘にそんな人数を付き合わせてしまうのは、本当に申し訳ない。
だからと言って、諦めたりはしないけれどね。
「アリーシャ、危ない事はしない。危なくなったら、何を置いても逃げる。これを守るんだよ」
馬車の前で私の手を握るお兄様は心配そうな顔だ。
「お兄様、まだ隣国から敵は侵入してはいませんわ。心配し過ぎです」
くすくす笑った私をお兄様は呆れ顔で見つめ、隣にいるおじい様へと視線を向けた。
「おじい様、くれぐれも、くれぐれもアリーシャをお願いします。2人でリミッターを解除する様な事はしないでくださいね」
「わしをもう少し信用してくれてもいいとおとうのだかな」
お兄様の勢いにおじい様はタジタジだ。
まぁ、お兄様の心配も分からなくはないんだけどね。
おじい様と私は、どちらもストッパーにはなり得ないもの。
まだ短時間しか過ごしていないけれど、おじい様は私と同じ匂いがする。
「さぁ、アリーシャ行こうか」
「はい、おじい様」
お兄様のお小言をこれ以上受けたくないおじい様が、私を抱き上げ馬車に乗り込んだ。
「ヨヒアム、キャサリン。アリーシャを頼みましたよ」
馬に騎乗した2人に声をかけたのはお母様。
私に注意するよりも効果的だと思ったらしい。
でもね、お母様、その2人は私のイエスマンです。
「アリーシャ、貴方、バカは許しませんからね」
おばあ様の無表情の注意が、1番効いた気がする。
「「はい」」
2人して素直に返事したのは、野生の本能だ。
「それでは、出発しよう」
おじい様が傍に控えていた騎士団長にそう告げると、彼の手によって馬車のドアが閉められた。
私は馬車の窓を開ける。
「お母様、おばあ様、お兄様、いってきます」
笑顔で手を振った。
「目的地へ向け、警戒を怠ること無く出発」
おじい様の所の騎士団長が号令をかけると一斉に動き出す。
道先案内に一足早く駆け出したのはヨヒアム。
馬車を取り囲むように一糸乱れず騎乗した騎士達が馬を走らせる。
40分ぐらいで着く場所なんだけどな。
大袈裟な一行に私は苦笑いを浮かべた。
この時は本当に軽い気持ちで居たんだ。
まさか、あんな事態になるだなんて、きっと誰も思っていなかったと思う。