1.双子
壁一面びっしりと敷き詰められた本棚。床を覆い尽くす本、紙の束、そして本。
昼間だと言うのにカーテンを締め切り、その場は薄暗い。あまり本を読むのに適しているとは言えない状況になっている場には、二つの影。
その影はあまり動く気配がなく、機械的に腕を動かしページをめくるロボットのようだ。呼吸する音すらなく、ページをめくる音すらしない状況は、いっそ不気味である。
二つの影の周りには積み上げられた本の山ができており、一見すると崩れそうだがその実、接着剤でもくっついているのかという程に動かず静止している。
「エル、アル。またこんなに散らかして」
「母上」「母様」
「せめて明かりのひとつでも付けなさいと言っているでしょう」
「「ごめんなさい」」
ページをめくる音すらしなかった場に、淡い光を纏って現れたのは美しいブロンド髪にピンクトパーズの瞳を持つ女性。
足音もなく現れたその女性に対し、二つの影は特に驚いた気配もなく、揃った声で謝罪した。
「貴方たち二人に、手紙が届いているわ」
「「手紙??」」
「あぁ、きっとあれだね」「あぁ、もうそんな時期なのね」
「「王立魔法学院エレストリアの入学許可証」」
特に驚いたようでも、喜ぶでもない淡々とした反応に、女性はすこし不服そうに言った。
「もう少し子供らしく喜んだり驚いたりしてくれてもいいと思うんだけど……まぁいいわ。さぁ、片付けてお昼にしましょう。ついでにお散歩も。勉強熱心なのはいい事だけど、体は動かした方がいいわ」
「「は〜い」」
そう言って二つの影は、同時に立ち上がり手元の杖を振るう。一瞬にして片付いたのを満足気に見た女性は、そのまま二つの影を連れ立って部屋から出ていった。
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「どんどん『スタキス』に近づいていくね」
「抗いようのない運命なんだろ。というか入学が決まっただけじゃないか。言うほどの事じゃないだろ」
夜。世界が寝静まる頃。シンとした空気を震わせる二つの声。
「それもそうか。でも心配だよ。だってアルは……」
「エルは心配しずきなんだよ。大丈夫」
「……アルがそう言うなら。でも嫌だなぁ、これから4年間もあの厄災の魔法学院に通うなんて」
「それはそう」
「「…………はぁ」」
二人は同時にため息をついた。
アルベリオ公爵家長女、エルフェリア・アルベリオ。アルベリオ公爵家長男、アルフェリア・アルベリオ。
それが、この世で生を受けた双子の名前だった。
双子には前世の記憶がある。
生まれた時から前世の、日本人の記憶があり、人格があった。
双子は前世も双子だった。とても仲が良く、だが互いに執着するでもなく、良好な関係であった。
前世は、二人で出かけた時に信号無視したトラックに跳ねられ死亡したのだ。と言ってもその辺の記憶は二人ともあやふやになっており、ハッキリとは覚えていない。
まぁ、死んだ時のことなど覚えていない方がいいと言う結論に至ったので今はもう何も思っていないが。
「夢か冗談であって欲しかったんだけどなぁ……」
「それはもう散々話し合って諦めるってことになっただろ」
「異世界転生とか2次元ではよくあったけど、まさか自分たちの身に起きるとは」
「でも別に死んだことに関してはどうでもいいだろ。今、二人一緒なんだ。両親もいないし、友達も恋人も居ない。その上一人になるよりは、二人一緒なんだ」
「それもそうね。でも言わせて欲しい。転生先が『スタキス』なのはセンスないわ〜」
「激しく同意」
『スタキス』。正式名称は『スターチスにキスを』。
乙女ゲームであり、人気はそこそこと言った作品だ。だが、内容が普通の乙女ゲームとは180度違い、ある一部の層からは絶大な人気を誇っていた。
ヒロインは、心を閉ざしてしまった公爵家の氷の人形。悪役令嬢は、平民から男爵令嬢になった少女。攻略対象達は昔一目見た、まだ氷の人形では無かった時のヒロインに戻って欲しいと、心を開こうとアプローチしてくる。そう!このゲームはヒロインがキャラを攻略するのではなく、キャラがヒロインを攻略するゲームなのだ!!
「まじで無い。ていうかこういうのって普通悪役令嬢に転生とかだと思ってた。あとは名もしれぬモブとか。ラノベでも漫画でもそういうの多かったじゃん。ヒロインになるのは無い」
「いやそれ言うならヒロインと生き別れて悪の力に手を染めて最終的に双子の姉の手にかかる俺の方がないと思うけど」
そう、このゲームが一部から絶大な人気を誇ったもうひとつの理由。生き別れたヒロインの双子の弟は、魔法の力を「世界を正すため」と言いながら振るい、世界を滅ぼそうとするのだ。そしてヒロインは、自らの手で、双子の弟を殺す。
という暗いストーリーが、どこかの層にぶっ刺さったらしい。
「私は、アルを殺さない。そもそも、ヒロインがヒロインでなくなった時点で物語は崩壊よ。アルはあんなのにならない」
「大丈夫だよ。妹にそんな心配かけさせない。俺はずっとエルの隣にいる。話しすぎたね。疲れただろう。もうおやすみ」
「そう言われると、眠くなってきた。……おやすみ、アル。大好きよ」
「あぁ、おやすみ」
アルフェリアは、ゆっくりと妹の頭を撫でる。この世で最も大切な人。最愛の妹。自らの半身。
誰にも傷つけさせやしない。障害になり得るものは、全て排除する。
「愛してるよ。エル」
初投稿です。
拙い文ではありますが、楽しんでいただければ幸いです。