解放者たち
わかったことは、魂はけっこう自由がきくということ。言葉が話せるし、コツをつかんでしまえば目もしっかりと見えるどころか、ゆっくりと宙を漂って移動することも出来る。
一つぎょっとしたことは、壊れた機械の鏡面に映った僕の姿が、火の玉だったことだ。
「何とまあ、ステレオタイプの魂だ」
ふよふよと、機械の残骸の中でずっと呆けている少女をぐるりと一周してみる。ぶかぶかの白衣を羽織った地球と同じ研究者スタイル。年齢は不詳、背丈はずいぶん低くて子供のようにも見えるし、子供っぽい大人とも思える。何より――
「終わった……」
このしゃがれ声が余計に印象をややこしくしている。古めかしい言葉遣いと合わせると、どう聞いても老人だけれど、その姿を一目見れば白い肌と綺麗な黒髪、顔が整いすぎた顔立ちに大きな目。
そんな少女の落ち込む姿にうっかり同情しそうになるから、気を引き締めなければいけない。こいつは人ごとだと思って適当に異世界送りを決行しかけていたとんでもない奴なんだ。あのまま抵抗しなければ、今頃僕は魔物はびこる危険な町で途方に暮れる老人奴隷だったろう。
「こーれは終わった。うむ、完全終了じゃ」
どさりと瓦礫に座り込んだ彼女は、意外と明るい表情でこちらを向いて、火の玉状態の僕に笑いかける。
「どうじゃ、そなた殿? これが絶望した直後の美少女の顔じゃ、とくと拝むが良い」
「楽しそうで逆に怖いよ。何か、ちょっとは僕も悪かったけどさ。でもあんたがやたら煽るから――」
「そなたを責める気はない。我も上手くやれなかったな、モンスター客の対応を学んでおくべきだった」
嫌みを言いながら足下の瓦礫を探って、アルミ缶のような物体を一つ取り出した。
「その形ではさすがに飲めんかの。地球にも炭酸飲料はあったじゃろう?」
プルタブを開けた飲み口に近寄って嗅覚を促してみると、確かにエナジードリンクみたいな甘ったるい匂いがした。よく飲んでいたが、あまり良い思い出はない。
「転生については心配するな、しっかりと送ってやろう。元の姿に近い器候補も他にある。新たな地に赴いて、二人で魔王討伐でも目指そうじゃないか」
――二人で?
「色々突っ込みどころがあるんだけど、まず転送装置は壊れたのでは?」
「壊れたというか壊されたんじゃがの、誰かに。しかしスキル〈特殊回復士〉を高レベルで付与すれば物質再現は可能じゃ」
「それはすごいけど、スキル付与装置も壊れ、壊されたのでは?」
「そちらは倉庫に旧式がある。多少バグが出るが、何度か試せば〈特殊回復士〉の付与はできるだろう。そのあとで転送装置を再現すれば良い」
「物質再現ができるなら、いっそこの部屋ごと直すわけにはいかないの?」
「高等スキルだけに、範囲が狭い。そなたは意外とMPが多いようじゃが、物質再現でこの部屋を直すには一週間はかかるじゃろうて」
「そういえば、よくレベル100の炎魔法なんて使えたな、僕」
「残りMPが50弱くらいかのう。もう少し回復させて、転送装置一つならぎりぎり再現可能じゃと思う」
――やはり〈導き手〉というのか、落ち込んだ状態でよくそんなに機転が利くものだ。
「そなたは事故にあったんじゃったな」
「……はい」
「時刻は夜中じゃ。つまりそなたは会社帰りに視界がぼやけて足がふらつくほど激務をこなしていたと。その状態ではトラックの急な接近にも気付けまいよ」
「はい、……そうですね」
「難儀だったのう」
――何だろう。今は魂だっていうのに、胸に何かこみ上げる気持ちがある。過酷なリーマン生活の中で、誰かにいたわられるなんていう経験が久し振りだったせいだ。
「まあブラックだったんで」
「ブラック企業か……。ふほほ。はっきり言うがこの研究所の組織は、それよりひどい」
「マジで?」
「ミス一つで体の部位を一つ――、まあ詳細は省くが。とにかく私の手足が百本あっても足りぬ制裁が待っているじゃろうよ。かといって黙ってやられるのもしゃくじゃ。どうせなら逃げられるだけ逃げ回って、最後まで精一杯あがいてみようと思う」
嘘みたいな話だが、表情に真実味がある。世界と世界を繋ぐようなたいそうな世界では、僕なんかの倫理観は通用しないのだろう。
「〈導き手〉様」
ふつふつと、怒りがわき上がるのを感じていた。それは僕には珍しいことなのだが、むき出しの魂の姿でいると、感情が敏感になるのかもしれない。
「何だっけ、物騒な名前の町」
「ギャングタウンか?」
「その町についたらまず、武器を手に入れよう」
考えてみれば、もともと消滅するはずの僕の魂を転移させようとしてくれていたんだ。変な女だというのは間違いないが、転生が成功すれば命の恩人だ。
何よりそれがどんな世界であれ、ブラック企業の社員同士というのは家族も同然なのだ。
「まずはその町の奴隷を解放する。それから他の町でも、必要なら仲間も集めて世界中で暴れ回ってさ」
「……で?」
「奴隷制度まるごと潰してやろうぜ」
得体の知れないエナジードリンクで乾杯でも出来ればよかったのだけれど、僕はただの魂で、それでも彼女の味方になることを決めていた。
「面白そうじゃが、ここの組織も甘くない。必ず追っ手がかかる」
「そんなもんは全部返り討ちだ!」