〈導き手〉
「…………ざ……よ」
――誰かの声がしている。老人だろうか、しゃがれていて威厳を感じる。
「……め……よ」
――ここはどこだろう。真っ暗で何も見えない。体の感覚も妙で、空中に浮かんでいるみたいにフワフワしている。落ち着け。思い出せるのは、会社帰りにトラックが突っ込んできて……。ああそうだ、結局僕は――。
「目覚めよ、迷える人間」
――!
「我は〈導き手〉なり。そなたの魂は未だ消える定めに非ず」
――何だか小難しい言い回しだけど、これってもしかして。
「よってこれより理の違う世界へ移り、再生を認めるものと心得よ」
――やっぱりそうだ、僕はこれから。
「異世界へ行くと言うことですか、〈導き手〉様」
――喋れた。少なくとも口や声帯は機能しているみたいだ。
「そうである。そなたの魂は別の者の器に憑いて復活する」
――そのパターンか。ある程度成長してる誰かに成り代わるってことね。いいね、赤ん坊からやり直すのも面倒だし、いや、それよりもっと重要な要素が一つある。
「……」
「……」
「では、送るとしよう。心せよ」
「ちょ、ちょっと待って、待って下さい!」
「何であるか。そなたよ」
「いえ。つまり僕はこれから、異世界へ行くんですよね?」
「そうじゃ。そなたの魂は理の違う世界へと赴くことになる」
「はい、それはわかりました。僕は転生する、と。それはいいとして、能力、とかってどうなってるんですかね?」
「……どういう意味であるか、そなたよ」
「こう、チートスキルっていうか。超強い魔法とか、役に立たなそうだけど実は応用きく系の能力とか、そういう特典が与えられるのかって話なんですけど」
「わからぬ。なにゆえ理の違う世界へ赴く者に、高性能の能力を付与するというのか?」
「なにゆえっていうか、大体そういうルールなので、としか」
「……そういえば、マニュアルにそんなこと書いてた気もするのう」
「マニュアル?」
「それでそなたは、どのような能力を欲するというのじゃ」
「僕は知識系がいいですねえ。剣とかは苦手だけど、戦術や戦略を駆使する能力で屈強な戦士達を率いて活躍できるとか」
「そなた、学歴は?」
「何すか、急に。別に、普通の大卒ですけど」
「『ステータスオープン』。ほうほう、趣味特技は読書、最終学歴は桃山学院大学とあるな。ふむ、普通の大卒ねえ……」
「何でちょっと笑い声なんすか? あとステータスってそんな履歴書みたいな情報載ってないんですけど、普通」
「仮にじゃ。そなたが優れた戦術を編み出したとして、その屈強な戦士達とやらが黙ってピン大出身者に率いられると思うか? 秒でクーデターじゃろうなあ」
「俗世にまみれた煽り方やめてもらえます?」
「ああ、しかしそなたは趣味が読書じゃからな。読書家は賢い者が多いから、スキルなどなくても知識を武器に賢者として信頼を集めるかもしれぬな。な?」
「……漫画です」
「ふはは、じゃろうなあ。ふはははは! 小さい。小さい人間じゃそなたは!」
――転生する瞬間のどさくさで一発ぶん殴ってやる、このジジイ。
「はー、笑った笑った。では送るとしよう」
「待って待って、だから能力の話がまだ――」
――まずい。このままじゃ本当に能力なしで転生してしまう。
『心せよ 魂は理を超えて 異なる星の下にて 新たな声をいざ』
――それっぽい詠唱しやがった。くそ、こうなったらせめてこいつを殴ってから、でも暗くて何が何だか――。
「……ふむ?」
「……何も起こらない、ですけど。暗いまま」
「妙じゃのう。詠唱を違えたか? いや、転送装置に問題があるのか」
「転送装置?」
「ああ、コンセント抜けておったわ」
「こんな大事に家電みたいな装置使うな! 人の転生をなんだと思っているんだ。大体あんたさっきからどうも慣れてないっていうか、能力のことも忘れてたっぽいし、今まで転生させる時もそんな感じだったんですか?」
「いや、我は今日からじゃから。まだ研修中っていうか。初仕事がそなたじゃ」
「うわあ……、新人。最悪だよ」
「そなたを送って問題なければ正式採用じゃ」
「そんなバイトの社員途用みたいな。問題あるし。クレームってどこに入れればいいですか?」
「そなた、さては店員とかにやたら厳しいタイプじゃな。まあ落ち着け、手間取った詫びじゃ。そなたに能力を一つ、きっちり授けてやろうではないか」
「だから〈導き手〉様、好きなんですよ」