前奏曲
書いてたら長くなってしまったので、前後編の二部構成にします。
サブタイトルについては私がオーケストラにいたからです。
直線、時々三角形。
これは私と友人の龍と明美の関係を表した、一つの言葉だ。
明美とは小学校から高校まで一緒で、22歳になった今でもずっと遊んでいる。卒業してから十数年が経った今でも関係は続いている。
高校からの友人の龍は正直、高校時代に話したことは0で割れるくらいだ。ただ二十歳の同窓会でそれは塗り替えられた。
「みんなー久しぶり〜」
「久しぶりだね。ちずちゃんもきてるんだー」
同窓会には、高校の同級生が集まった。久しぶりに会う友人は大人びて見える。
変化が目に見えているのは男子だ。もちろん高校の時点で体の成長的にはピークを迎えているはずなのだが、男子の成長はつゆしらず、まるで大木のように伸びていく。
「あれ?あんな俳優さんみたいな人いたっけ?」
目にしたことのない、中性的な整った顔で、俳優と見間違えるような同級生は見たことがなかった。
「あぁ、覚えてないか。千鶴とは違うクラスだったからねー。でも同じクラスになったこともあったような気がするけど。あの子は 家中 龍君だよ」
家中龍。何回も心の中で復唱したが出てこない。
「やあ久しぶりだね、明美ちゃんも久しぶり」
「ほんとだよ!もう一回見ただけじゃわからないほど変わっちゃって…」
キャッキャキャッキャと賑やかになる一行を見て、自然と笑みが溢れてくる。
直線、時々三角形。
高校時代、私よりも明美の方が人気があった。私に話をしたいと男子たちが持ってくる話題は、「どうしたら明美と話せるのか。」だった。そんなこと、私に聞かないでよ。その中でも私に話しかけてきてくれたのは、綾小路君という男の子だった。その子の顔立ちは、男性にしてはしなやかで、整っていて綺麗だった。実際、自己紹介の時も私は女性だと勘違いしたほど、美貌だった。彼は男女問わず人気があり、密かに行われた『校内人気ランキング』でぶっちぎりの一位を獲得したほど、熱狂的な人気ぶりを見せていた。
そんな綾小路君が私に話しかけてくる。異常事態だと思った。
「やぁ、今日の昼食は何を食べるんだい?」
「えっと…母親が作ってくれた弁当を食べるけど、君は?」
「あいにく僕は作ってくれる人がいないからね。手からおにぎりを出す能力を使って…ん〜ハッ!なんと不思議、おにぎりができました」
ふふっと思わず笑ってしまった。女子の前ではいつもクールに振る舞う彼が、急にこんなふうに笑わせてくるとは夢にでも見なかったから。
「…いいね、母親が作ってくれるなんて。夢に見た光景が今僕の目の前に広がっているよ」
口いっぱいにおにぎりを頬張りながら、悲しげな表情をする綾小路君が、今でも記憶の中に刻み込まれている。
直線、時々三角形。
永遠と続く直線は、地平線のように終わりは来ない。私はそれを望んでいたのかもしれない。あの頃の私は、何かに蝕まれていた。初めて持った名前のない感情に、私はそれを知らない。
綾小路君と話し始めたのはあの昼食時から。それ以降、私はなぜか彼を気にかけるようになった。昼食は食べているか、朝食は食べているのかな。あらゆる食事面が心配になった私はいても経ってもいられず、彼用に栄養満点のお弁当を作ってあげた。
翌日、こっそりと彼の机に弁当を仕込むことに成功した私は、彼が学校に来るまで待った。
「あれ?誰だろこの中に弁当置いてったの。」
気づいたみたい。私の仕込んだ手紙を手に取った。
「『いつも食べてないようなので食べてください』か。…ありがたいな」
手紙を復唱する彼を見てしてやったりと思った私がいた。
3時間目に突入した頃、教科書を読むことになった。
「おい林!ちゃんと聞いてんのか。お前の番だ。」
「あっ、は、はい!」
彼に意識を預けていた私は何も聞いていなかった。
「…すみません。どこから読めばいいんでしたっけ?」
どっと笑いが込み上げてくる。先生も呆れ顔になっていた。
「たくっ…もう一回読んでくれないか。」
先生に迷惑をかけてしまった。心で反省会を開く。
「ち〜ず〜?なんでぼーっとしてたの?」
「わっ、急に話しかけないでよ〜」
昼休みになった頃、明美が私に突然肩を抱いてきた。
「ずーっと彼の席見てたじゃん。」
「え?彼って?」
「もー白々しいな〜綾小路君の席のことだって!」
私の顔から熱が出る。バレていた、それだけじゃなくて、おそらく私が彼の席の中にお弁当を仕込んだことも知っているかも。何かを期待している眼差しから逃げるように、視線を彼が鎮座している席に向けた。私はアイコンタクトを取るように彼に助けを求めた。
どうやら気づいたようだ。綾小路君が私の元へ来た。
「なんのよう?」
「私はおじゃまのようだから、ここらでドロン!」
忍者のように去っていく明美に呆気に取られながらも、綾小路君は私に聞いてくる。
「弁当入れてくれたのって君?お礼を言おうとしただけさ。」
「別に大したことじゃないよ。」
「…情けない話になるかもしれない、気分を害するかもしれないがそれでも聞いてくれるかい?」
そう話す彼の顔は悲しく、どこか虚げだった。