アルルの身勝手
アルルはほんの少しだけ刺激を求めていた。
婚約者のケイナとは緩やかでほかほかとした関係を維持できていると思っている。
だからほんの少しだけ退屈だった。
ほんのちょっと刺激が欲しい。
ちょっとした悪戯心で目の前を横切ったサララに声を掛けてしまった。
「どうかしたの?」
何かを探しているような仕草で俺の前を何度か行ったり来たりしていた。
「ちょっと落とし物をしちゃって」
舌を小さく出す仕草が貴族らしく無くて、一瞬可愛いと思ってしまった。
本当か嘘なのか分からないけれど、サララには洗脳の能力があると言われていた。
だから誰も近寄らない。
流石にそんな能力はないだろうと私は高を括っていた。
「何を落としたの?」
「母からもらったネックレスがいつの間にか無くなってて・・・」
「それは大変だね。どんなものなの?」
「チェーンは普通のどこにでもあるようなもので、小さな石がついているんです。紫色の・・・」
アメジストだろうか?
「一緒に探そうか?」
「いえ、大丈夫です。一人で探せます」
そういったサララは心細そうに胸の前で手を握り、不安そうな笑顔を見せた。
聞いてしまったし、ここで知らぬ顔をするのもどうかと思ったので「少しだけ時間があるから一緒に探そう」と彼女を勇気づけた。
サララは嬉しそうな笑顔を見せ、小さな声で「ありがとう」と言われた時、小さく心臓が跳ねた気がした。
彼女と一緒に探していて、彼女の背の方に回った時、彼女の首元からぶら下がるネックレスを見つけた。
「捜してもないはずだよ」
「えっ?」
「後ろを向いて」
背を向けた彼女に触れないよう気を付けてネックレスをそっと取った。
「ほら」
「あっ!これです!!」
「君の背中にくっついていたよ」
「そんなことってあるんですね。お手間を掛けさせてしまってすみません」
ネックレスを受け取る時、彼女は私の手を握り込んだ。
どのくらいそうしていたのか分からないが、気がつくと夕日が傾いていた。
「今日はこのくらいで帰りましょう。明日も会えるでしょう?」
その時何と返事したのかも分からなかった。
翌日の放課後もなぜかサララと一緒にいた。
自分の行動を訝しんだのも一瞬でサララの言うがままの行動をしたような気がする。
サララは度々僕に触れる。
背徳感を感じて心臓が高鳴った。
何度目か彼女に触れられた時、衝動で彼女に口づけてしまっていた。
彼女は息を上げ、真っ赤な顔をして上目遣いに僕を見た。
「どうして口づけをしたの?」
彼女は僕の手を取り、小さく震えていた。
「ごめん。よく分からない・・・」
ただ、そうしなければならない気がしただけだった。
その翌日も、そのまた翌日も放課後、サララと二人っきりで会っていた。
ハッと気が付いた時には体育倉庫のマットの上で、彼女のドレスをまくりあげ、胸をはだけたサララの上に覆いかぶさっていた。
慌てて身を引こうとしたらサララに頬を撫でられ「いいのよ」と言われ、また何が何だか分からなくなってサララの中で果てていた。
そんな事が何度も続き、サララと一緒にいない時はそこまでサララを求めていないのに、サララに会って、サララに触れられると、やるせなくなりサララを押し倒していた。
サララのはだけた胸には私がつけたと思われる赤と紫の跡が幾つも付いていて、それを見るだけで新たな跡を残し、サララの中で何度も果てた。
記憶が曖昧な状態が二ヶ月ほど経った時、サララの中にいた私に向かって小さく囁かれた。
「ケイナより私を選んで」
その時も何と返事したのか分からない。
ハッと気が付いた時には体育倉庫に私一人が佇んでいた。
頭の中で明日の放課後ケイナと話す。その思考がぐるぐると回っていた。
放課後、ケイナがサララと私のことについて話している。
ケイナを見るととても好きだという感情が湧き上がってくる。
サララを見ると、ケイナと婚約破棄の話をしなければならないと考える。
ケイナが好きなのに何故婚約破棄しなければならないのか分からない。けれど、婚約破棄しなければサララが・・・どうだっていうんだろう?
サララなんかどうでもいいはずだ。
大事なのはケイナ、の筈。
けれど口を衝いて出たのは「サララを選んだんだ」と言う自分の言葉。
ケイナは一度目を瞑り、私を見返す。
「そう、なら私は何も言うことはないわ。ここで失礼します」
ケイナ、置いていかないでくれ!そう思っているのに口から出た言葉は全く違うものだった。
「ケイナ・・・本当にごめん」
ケイナが立ち去った後、気がつくとまた体育倉庫にいた。
サララが私の上に乗り、胸をあらわにし、腰をみだらに振っている。
「今夜、家に帰ったらアルルのお父様に、ケイナとの婚約は破棄したいとお願いしてくださるでしょう?」
その時もサララに何と答えたのか分からないけれど、その夜「ケイナに婚約破棄したいと伝えた」と父に言っていた。
その後、私は頭を抱え込み「ケイナが好きなのになんで婚約破棄なんてしなければならない?」
「サララが婚約破棄しろと言ったから破棄しなければならない」と交互に言うことが支離滅裂なことを何度も何度も父に告げた。
訝しんだ父が何らかの影響下にあることに気が付き、解除出来る魔法を持つ者を自宅に呼んだ。
かなり深く洗脳されていたようで、解除に一週間も掛かった。
洗脳から解き放たれた私は断片的に思い出す。
サララの中で何度も果てた事を。
けれどケイナが好きだという気持ちだけはしっかりと私の中で根付いていた。
ケイナに謝って許してもらおうと固く決意する。
父に聞かされたのはケイナとの婚約は継続するという嬉しい知らせだった。
ケイナも私のことが好きなんだ!
久しぶりに登校してケイナに一番に話がしたいと声を掛けるが、相手にされなかった・・・。
婚約は継続だと聞いていたのにあんまりな態度だと思った。
けれど、断片的に思い出す。
『サララの事が気になって・・・・・・済まない。婚約を破棄・・・・・・?』
サララの中で何度も果てたことも。
胸に幾つもの跡を残したことを。
ケイナを裏切ったおぞましい記憶が蘇る。
私はケイナを何度、裏切ったのだろう?
翌日も、そのまた翌日もケイナに謝罪しようとしては相手にされなかった。
父にその事を話したら「当然だろう」と言われた。
「ですが私は洗脳されていて・・・」
「お前が心の底からサララを拒否していたら洗脳なんてものはかからないんだ。お前に受け入れる隙があったから洗脳されたんだ」
「違います!決して私は・・・」
「ケイナは言っていたよ。お前はすべて承知の上で、それでもサララを選んだのだと。可能ならば婚約破棄したい。だが貴族の娘だから父親の命に背くつもりはないそうだ」
「そんな・・・ケイナは私のことが好きで婚約を継続させたのではないのですか?」
「裏切った相手を好きで居続けるのは難しいと思うが?」
ケイナに話しかける勇気も萎んでしまった。
サララの妊娠がわかり、私の子だと父から聞かされた。
「身に覚えがあるのだろう?」
「私の意思ではなかった!!」
「サララは王宮預かりの身となっている。子が生まれればお前が引き取るか、サララの両親が引き取るかのどちらかになる」
「私の子だという保証はありません!!他にも洗脳されていた者はいたではないですか!!引き取ることなんてできません!」
父は呆れた顔をして私を見ていたが、何も言わなかった。
サララが男の子を産んで、私が拒否したため、父が引き取ることになった。
私はその子供の顔も見たくなかったのでケイナと暮らす新居を父に望み、与えられた。
結婚前であったが、私だけが先に移り住んだ。
色々あって、ケイナは私を拒絶する言葉以外の口は利いてくれないが、結婚してしまえばなんとかなるはずと自分に言い聞かせた。
結婚の日が待ち遠しかった。
母が新居の屋敷にやって来た。
「サララが産んだ子供にカルアと名付けました。カルアは順調に育っていますよ」
「そんな事は知りたくありません。私には関係ない子供です。なぜ父が引き取ったのですか?」
「サララの家族、使用人の洗脳は長くとても深いもので解除の見込みが立たないのと、あなたの子供に間違いがないからです」
私は自分の身に起こったことを思い出し、身震いをした。
「それと、アルルにまだ伝えなければならないことがあります」
「なんですか?」
「ケイナは結婚式、披露パーティーも拒否してきました」
「どうして?!」
「婚姻の書類にサインするだけでいいそうです」
「ウエディングドレスも着ないのですか?!」
「その様に聞いています」
「どうして・・・?」
「あなたとの結婚は喜ばしいものではないからでしょう」
「そんなっ!!」
「三年もの時間があっても関係の修復が出来なかったのでしょう?あなたがしたことを考えれば仕方がないでしょう」
「私は洗脳されただけなのに!!」
「そう、なのかもしれません。ですがそんな風に考えている間はケイナが許してくれることはないでしょう。私はカルアが気になりますのでこれで帰ります」
ケイナが十八歳になり、結婚の日取りが決まった。
本当に結婚式もせず、ケイナの家で書類にサインをしてそれだけで終わった。
それでも初夜が済んでしまえば関係を回復させることも可能な筈だと私は期待に心を弾ませていた。
ケイナに手を差し伸べると叩き落された。
そしてケイナに宣言された。
「あなたを愛することも、あなたと寝ることも一生あり得ません」と。
Fin
明日、21時『サララの身勝手』をUPしようと思っています。