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ケイナの心

「アルルをね私にちょうだい」

 学園の教室の中で告げられて『はいそうですか』と受け入れられるような内容では無くて、私は信じられない気持ちだった。


「そんな事出来るわけないでしょう」

「でも、アルルは私を選んでくれたのよ」

「嘘!」

「本当よ」

 クスクスと楽しそうに笑うサララが指差す方を振り向くとそこにはアルルがいた。


「どうしてここに?」

「すまない」

「なぜ謝るの?」

「私がケイナ以外を選んだから・・・」

「それがサララだというの?」

「そうだ。本当にごめん」


 アルルの10歳の誕生日に婚約が決まって5年。

 今まで何の問題もなく小さな愛を育てていたと思っていたのに、私の独りよがりだったなんて。


「ケイナ。君を好きだという気持ちは確かにあるんだ。けれどそれ以上にサララが・・・気になって仕方ないんだ。本当に済まない。婚約を・・・破棄、してくれないか?」

 頭を抱え込むアルルに何か異常なものを感じる。


 サララがアルルの隣に並び立ち、アルルの手を握りしめる。


 アルルの横に並び立つその場所は私のものではなかったの?

 ぐっと込み上がってくるものを呑み込み、アルルに向かって話す。

「私達が培ってきた五年間を無駄なものにしてしまうつもりですか?」

「すまない・・・」

 サララがアルルの頬を撫でる。

「本当にそれでいいのですね?」

 アルルは胸を張り私の目を見て言い放った。

「ああ。私はサララを選ぶよ」



「私達の婚約はアルルのお父様と、私の父との話し合いで決まった政略的な婚約です。アルルや私の気持ちでどうにかなるものではありません。アルルのお父様から婚約破棄の話を我が家に届けてくださいませ」


「フン!選ばれなかった女が偉そうね!」

 サララは勝ち誇った顔をして私を見下(みくだ)す。

 一瞬顔が歪みそうになるのを必死に抑え込み、平然とした顔を作る。


 最後にアルルの気持ちを私の方に向けたくて、空いているアルルの手を握り締め、アルルの目を覗き込んだ。

「アルル。本当にサララのような女でいいのですか?」

 アルルは目を伏せ、私の手を払い除けた。

「ああ。サララを選んだんだ」


「そう、なら私は何もいうことはないわ。ここで失礼します」

「ケイナ・・・本当にごめん」



 屋敷に帰り、父の執務室に顔を出し、アルルとサララの一件を父に伝えた。

「アルルは何を馬鹿なことを言っているんだ?ケイナは黙ってそんな話を聞いていたのか?」

「黙って聞いていた訳ではありませんが、今のアルルに何を言っても聞き入れられることはないでしょう。それに、他の人を選んでしまったアルルとはもう・・・」


「政略的な意味の強い結婚だ。妻の立場が脅かされることはないんだぞ」

「そんな妻に何の意味があるのでしょうか?政略結婚でも、尊重されてこそ意味を持ちます。サララのような女性を選ぶ段階で、アルルは私の婚約者には相応しくありません」



「サララのようなとはどういうことだ」

「魔力が強く、人を操る能力に長けていらっしゃるという意味です。学園に友人はなく、陰でいろいろ噂されています」

「人を操る・・・?」

「はい。学園では有名です」

「そうか・・・少し私の方でも調べてみるよ」

「ご自由に。サララを選んだ時点で私とアルルの未来はありえません。それでも結婚しろと言われるのなら、勿論結婚はいたしますけれど」


 父はぎゅっと目を瞑り、数度瞬きを繰り返して絞り出すような声を出した。

「・・・アハル侯爵と話し合ってみる」

「かしこまりました」



 悔しくて仕方ない。

 ベッドに突っ伏し、アルルとサララが二人並んだ姿を思い出す。

 サララはアルルのことを物のように『ちょうだい』と言った。

 アルルはそれを気にもしなかった。

 止まらない涙をタオルで押さえ、誰にも聞かれないように声を噛み殺す。


 アルルはどうしてサララのような女に近付いたのだろう?

 ろくなことにならないことは分かっていたはずなのに。

 サララの噂はアルルの耳にも届いていた筈。



 お弁当を東屋で友人のワナリと二人で食べていると、私の顔色を窺うように恐る恐るワナリが口を開く。

「なんか、変な噂が出回っているんだけど・・・」

「例えば私が婚約者を奪われたとか?」

「えっ?えっと・・・似たような感じかな?」

「そう・・・。事実なのよ」

「えっ?」

「昨日、アルルがサララを選んだから婚約を破棄したいって言われたわ」

「えっぇえーー?だってサララは能力持ちじゃ・・・」


「そうね。どこまで出来るのか知らないけれど・・・」

「大丈夫なの?ケイナ、アルルのことを・・・」

 私はきつく目を瞑り、首を振るとワナリは口を閉ざす。

「大丈夫じゃないけど・・・仕方ないもの」

 ワナリはギュッと私を抱きしめ、小さな声で「強がらなくていいのよ?」と抱きしめられ、その優しさに昨日枯れたと思った涙がまたこぼれてしまった。


 少しの間慰められ、気持ちを落ち着かせる。

「婚約は破棄になるの?」

「まだ解らないの。政略的な意味のある婚約だから、このまま継続ということもあり得るかもしれないわ」

「それは・・・辛いね」

「ええ・・・本当に」



 屋敷に戻ると「旦那様がお待ちです」と執務室へ行くように言われた。

「入りなさい」

 ドアを開けるとそこにはアルルの父、アハル侯爵もいた。

「アハル侯爵、お久しぶりでございます」

「今回はすまないね」

 そんな言葉で片付けないで欲しいと思う。

「いえ・・・」


 私が席に着くと待ちかねていたようにアハル侯爵が話しだした。

「アルルが魔法の影響下にあることが分かった」

「存じています」

「知っている?」

 父とアハル侯爵の声が重なる。


「サララは洗脳の能力を持っていると有名な話なので」

 父もアハル侯爵も私を咎める雰囲気を醸し出す。

「解除しようと思わなかったのかい?」

 アハル侯爵の口調が強くなる。


「私ごときでどうにかなるようなものではありません。それに学園のすべての人間が知っているようなことです。サララは魔法を自分のいいように使えると言われてます。近づけば必ず洗脳される。そんなことは誰もが知っていることです。それを分かって近付いたのだから、アルルはすべて承知の上でしょう。その上でサララを選んだのです」


「学園はそんな人間を放置しているのか?!」

 父が激高した。

「私に仰られても困りますが、王家には報告していると聞いたことがあります」

「王家は知っていて放置しているのか?」

「それは王家に尋ねられたほうがいいかと」

「そうだな・・・」

「今回、アルルの洗脳を解除して洗脳が解けたとき、アルルの心がどう変わるか私には解りません」


 「アルルと婚約者でいられるかい?」そうアハル侯爵が訊ねる。

「勿論です。ただ、今までのような関係にはもう、戻ることは出来ませんし、それ以上のことを望まれても困ります」

「洗脳が解けても?」

「残念なことにアルルはサララを選びました。それはもう変えようがありませんもの」


 少し、憂鬱な顔をして父とアハル侯爵を見た。

「可能ならば婚約破棄していただきたいと思っておりますが、貴族の娘ですもの。父の命には従います」


 退出を促され、一時間ほど経った頃に父が部屋にやってきて「婚約は継続だ」と私に告げた。

「かしこまりました。再度言っておきますが、それ以上のことは求めないで下さい」

 父の目を見て返答した。その後はもう父の顔は見なかった。


 事業のために私を犠牲にすることを選んだのね。我が家のほうが立場は弱いものね・・・。仕方のないことなのだわ・・・。


 でも、お父様。本当に残念だと思うわ。

 私はアルルに見限られて、父にも見捨てられる。ちょっと私、可哀そうじゃない?と可笑しくて笑いが漏れた。 



 一週間休んでいたアルルが登校してきた。

 学園中の噂の的になり、誰もが私とアルルを見比べる。


 多分、サララの洗脳が解けたから登校してきたのだろう。

 解除に一週間も掛かるほど洗脳されるほど気を許していたのね。

 私の席に来て「話がしたい」とアルルが言ったけれど、私に話は無かったので「もう授業が始まりますよ」とだけ返し、私はワナリとの会話をしながら授業の準備をした。


 サララが満面の笑顔で私達の教室に堂々とやってきて、アルルの元へ向かう。

 何人かの視線がサララに向かい、一瞬黙る。


 私が婚約破棄をアルルに突きつけられ、その相手がサララだと皆知っている。

 授業前のザワザワとした教室が水を打ったように静かになった。


 ワナリが私の手を強く握ってくれ、私は一人ではないと勇気をもらえた。


 そんな教室の雰囲気も気にならないのか、サララはアルルに近付いていく。

「長く休んでらしたけど、大丈夫かしら?」

 サララはアルルに触れようとどんどん近付いていく。

「近寄るなっ!!お前が私を洗脳したことは分かっているんだ!!」

 教室にいる生徒達が、サララと距離を取ろうと2〜3歩下がる。

 

 そんな私達を見てクスクスと笑うサララにアルルは悲壮な顔をする。


「私に近寄ると洗脳されると分かっていて近寄ってらしたのでしょう?」

「違うっ!洗脳なんて事を本当にするなんて思わなかったんだ」


「ケイナが嫌で私に近寄ってきたと思っていましたが?」

「それは断じて違う!!」

 くすくす笑うサララは私とアルルを何度も見比べる。

「まぁ。私は満足ですよ。あなた達が壊れただけでも」

「壊れてなどいない!ケイナと私は婚約者のままだ!!」


 サララが大きな声で笑いだし、心底楽しそうだった。

「アルル、あなただけが壊れていないと思っているのよ。ねぇ、ケイナ」

 楽しそうに私の顔を見て、弾むように笑ってサララが教室から出て行った。

 

 アルルは私の側にやって来た。

「壊れてなんていないよな?」

 と震える声で尋ねてきたが私は無言のままアルルの存在を無視した。


 私と「話をしたい」とアルルが何度も言ってきたが、私は視線を向けても無言のまま存在を無視し続けた。

 ふと、サララの思い通りの展開なのかもしれないと思った。

 サララは私達を壊してただ楽しみたかったのだろうか?

 


 サララが私達の教室に来た次の日、サララは王家に引き取られ、籠の鳥となった。

 またアルルを洗脳しようとしたとアハル侯爵が王家に報告したからだった。


 王家は洗脳の能力と言ってもそこまで強いものとは思っておらず、学園にいる間くらいは学生らしく楽しませてやりたいという思いから、自由にさせていた。

 けれど、アルルにした洗脳が問題になり、サララと同じクラスの生徒を調べると、六人ほど同様に洗脳されていることが分かった。

 教師も一人洗脳されていることが分かり、大騒ぎとなった。


 そんな能力を自分勝手に使われては困ったことになると、王家の籠の鳥になることが決まったそうだ。


 私とアルルにとっては遅すぎる決断だった。


 良好だった父との関係も変わってしまった。

 私が父を父親として認めることはもうないのかもしれない。

 父もそれが分かっているのか、私には何も言ってこない。

 母はただ、私の婚約の継続を悲しみ、結婚を憂いて涙を流していた。



 サララが王家の聴取で零したのは、本当にアルルが好きで、欲しかったこと。アルルの婚約者である私のことが憎かったから、アルルが自分のものにならなくてもいいから、二人の関係を壊したかったと言っていたそうだ。

 まんまとサララの思う通りになってしまった。


 アルルのために籠の鳥になったサララ。

 本当にアルルのことが好きだったのだと信じるしかない。本当のことはサララにしか分からないから。


 サララの能力の発動の解明も進んでいる。

 一度触れて、サララが洗脳したいと思えば余程のことがない限りサララの思う通りにできるのだそうだ。

 ただ、洗脳された人が本当に忌避していることはどれだけ洗脳しても出来ないのだそうだ。

 たとえば自殺しろとか、人を殺せとか、嫌いな誰かを愛せとか。


 サララの家族や使用人は全員が洗脳されていた。

 長く洗脳されていたため、解除にも時間が掛かると聞いた。

 小さな妹と弟がいたらしいのだが、その二人も洗脳されていた。


 ほんのひと時の間、アルルを自分のものにできてそれだけでサララは幸せだったの?


 サララが子供を産んだと父から聞かされた。

 アルルの子供で間違いないと。


 アルルはその子供を自分の子供とは認めず、引き取りを拒否したけれど、その子供はアハル侯爵が引き取る事になった。



 アルルは私と話をしようとしていたが、私が応じないことで話しかけることを諦めた。

 結婚までの三年間は私がアルルをいないものとして時間が過ぎていった。

 

 好きだったからこそ許せない。

 本当に忌避していることはさせられないのだから。

 私はもうアルルのことを憎悪しているのだと思う。

 結婚せずに済むのなら、そんな事もあったわねと笑い話になる日もあったかもしれない。


 けれど、私は貴族ですもの。

 父に結婚しろと言われれば結婚しなければならない。


 私は結婚式、ウエディングドレス、パーティーを拒否した。

 母はとても悲しんだが、父は何も言わなかった。

 婚姻の書類にサインして結婚という事業が成立した。

 

 アルルがサララの子供のいる屋敷を嫌がったらしく、新しく用意された新居へと向かうことになった。


 アルルに手を差し伸べられ寝所へ誘われる。


 私はアルルに宣言した。


「あなたを愛することも、あなたと寝ることも一生あり得ません」


                          Fin

明日、21時『アルルの身勝手』をUP予定です。

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