窓ぎわの東戸さん~後輩ちゃんの相談~
「じゃんけんぽん!」
「え、私?!」
普段出さない大きめの声を出したのは、東戸さんだった。
「おめでとう!委員長だよ!」
私は他人事のように喜んで見せる。
「やだあ、仕事めんどくさいよお…」
週末の金曜日。今日は新年度の委員会の初顔合わせの日。私と東戸さんは一緒に図書委員として図書室での会議に参加していた。各クラスから2人ずつ選ばれており、はじめに委員長・副委員長決めから行われていた。なかなか決まらず、図書室の先生の助言で、立候補がなければじゃんけんということになり、3年生の中で東戸さんが勝ち残ってしまったのだ。私は1回戦で敗退したけど、負けてよかったよかった。
「それでは、委員長、あいさつをお願いします」
「はい…3年1組、東戸です。よろしくお願いします…」
パチパチと拍手の中、東戸さんは私の隣に戻ってきた。気温が高いせいもあって、まだ4月なのに東戸さんは今日、早くも素足になっていた。朝から靴下を履いておらず、素足にフラットシューズを履いての登校だった。上履きを脱いで入る図書室なので、いま東戸さんは完全な裸足。けれどみんなそんな東戸さんのことを知ってるのかどうなのか、素足については何も言わずにいた。
「じゃあ次は副委員長、他のクラスの人で誰かやってくれる人はいませんか?こっちは何年生でもいいですよ!」
決まり上、委員長と副委員長は別のクラスか学年でなければならず、残念ながら私がなることはできない。副委員長ならやってもよかったんだけどな!
「はい、わたし、やります…」
「あ…!あなたは…!」
そこで手をあげたのは、先日からちょこちょこ図書室に顔を出していた、りほちゃんだった。1年1組で、もう一人の委員は眼鏡をかけた男子生徒だった。
「ありがとう!では、前に出て、自己紹介をお願いします」
先生の声かけで前に出てきたりほちゃん。ちょっと期待していたけれど、今日の彼女はしっかり白い短めの靴下を履いていた。やっぱりこの前の素足はたまたま濡れたから脱いだだけだったのか・・・。
「あ、はい、1年1組の後畑りほです。精一杯、東戸先輩のサポートをがんばります!」
「り、りほちゃん・・・!」
そんな彼女の様子をみて、隣でかなりガーンとしている東戸さん。てっきり、素足っ子だと思っていたらしい。残念だったね・・・。
その後、図書室当番や清掃当番などを一通り決め終わると、今日の委員会の集まりは終了。みんなめいめい図書室を出ていく。下校時刻も近づいてきていたので、私たちも図書室を出ることにする。りほちゃんは早速東戸さんの横についてなにやらもじもじしていた。
図書室の靴箱から上履きをだして、素足を突っ込む東戸さん。かかとは踏んだままだ。りほちゃんはそっと上履きを床に置くと、靴下をはいた足を入れて、かかとまでしっかりと履いた。やっぱり、彼女の目線はちらちらと東戸さんの足元を向いている。
「やっと終わったねー。まさか、私が委員長になっちゃうなんて」
「大変そうだけど、お仕事は楽しそうだよね!」
「もー、西野さんも手伝ってよー」
「あはは、いいよ、放課後とかひまだし!」
「やったあ」
「りほちゃんも、東戸さんのサポート、よろしくね!よく抜けちゃうことがあるからねー」
「な、なんだとー」
そんな私たちのやり取りを、くすくす笑いながら聞いていたりほちゃん。なにやら言いたいことがあるのだろうけれど、なかなか言葉に出せない様子だった。
「あ、そういえばりほちゃんのラインってどれだっけ?さっきグループ作ったけど、わからなくなっちゃった」
靴箱について、周りに先生がいない様子だったので私はスマホを取り出した。東戸さんは上履きからフラットシューズに履き替えているところだった。
「あ、わたし、”Riho”ってやつです!クマのアイコンの・・・」
先程作った、図書委員のグループラインから、クマを探す。ほどなくして見つかった。
「あった、これだね!友達登録しとこうっと。スタンプ送るね!」
「あ、来ました!ありがとうございます!」
そしてりほちゃんに顔を近づけて、そっとささやく。
「何か相談あったら、いつでも聞いていいからね」
「あ、は、はい・・・!」
「二人ともー、早く帰ろうよー。おなかすいたよー」
さっき履いたシューズの片方をさっそく脱いで、素足でもてあそんでいた東戸さんが呼ぶので、私たちは顔を見合わせて笑うと、靴を履き替えて帰路に着いた。
『こんばんは、いまお時間あったりしますか?』
家に帰り、夕ご飯や宿題、動画視聴、お風呂など終えて、布団の中でスマホでも見ようかなとしていた時、ラインが届いた。かわいいクマのアイコン、りほちゃんだった。
『いいよー、どうしたの?』
『相談したいことがありまして、東戸先輩についてなんですけど』
やっぱりきたか。私ははやる気持ちを抑えながら、
『うんうん、なになに?』
自分からは何も言わず、あくまで聞き手に徹することにする。少しだけ長い間が空いて、返信が来た。
『東戸先輩が最近ずっと靴下を履いていないのって、何か理由があったりするんですか?すみません、本人にはちょっと聞きづらくって…。』
きたきた!慎重に、言葉を選んで返信を作っていく。前に話したとき、東戸さんの素足については「別に隠すことじゃないしー」といっていたので、誤解を生まないよう正直に伝えることにする。
『東戸さん、靴下があまり好きじゃないみたいで、履いてないことが多いよ。1年生の時からそうだったな。深刻な理由ってわけじゃないけど!』
ちょっと時間をかけてそう返信すると、今度はすぐに返ってきた。
『私たちの中学校、靴下を履いてなくっても違反とかにはならないんでしょうか?生徒手帳を見たんですけどよくわからなくって』
『うん、東戸さんは去年もこの時期から寒くなるまでほとんど靴下履いてなかったけれど、どの先生からも注意されてなかったよ!』
そっか、りほちゃんはそこが気になっていたのか。きっと心の中では…。
『そうなんですね!ずっともやもやしてて、聞けて良かったです!』
『もしかして、りほちゃんも、靴下あまり好きじゃない感じ?』
この返信を打つとき、私は布団をかぶって、ドッキドキしていた。会話の中ならそこまでしないはずだけれど、文字にするとなんて会話をしてるんだろうと思ってしまう。りほちゃんにとっても核心を突く質問だったようで、既読が付いて、返信が来るまで、これまで以上に時間がかかっていた。一瞬眠ってしまっていたかもしれない。
『実は、そうなんです…。昔から靴下って苦手で…。いまもけっこう我慢してはいてます』
その返信を読んで、ドキドキはさらに強くなった。後輩の女の子とこんな会話ができるなんて…!
『やっぱりそうだったんだ!』
『できることなら、りほちゃんも靴下ははきたくない?』
りほちゃんもきっと私に心を許しているんだろうと思って、この際、何でも聞いてしまおうと思った。
『はい、できるなら、寒くなるまでは毎日でも素足で過ごしたいです…!』
『それなら、来週からそうしちゃいなよ!キリがいいし!』
『で、でも、みんなが靴下を履いてる中、一人だけ素足なのは恥ずかしくって…』
『そっか…、そうだよね、中学校だし、みんな靴下履いてるもんね』
『はい。対面式の日も、あれは本当にたまたま靴下を濡らしちゃったんですけど、素足なのは私一人で結構恥ずかしかったです…。友達は心配してくれたりしてたんですが、理由もなく素足だとどんな反応をされるのかちょっと心配です』
『そうだよね…。でも、我慢して過ごしてるより、過ごしやすいかっこうしてたほうがいいんじゃないかな!?』
きっとりほちゃんは私に”後押し”してほしいんじゃないかなと思う。けれどそれでからかわれちゃったりされたらやだなとも思う。
『ですかね…ですよね!わたし、がんばってみようと思います!』
少しの心配はあるけれど、どうやらりほちゃんの中で決心がついたらしい。相談に乗った身なんだから、しっかりサポートしないと!
『うん、応援してる!困ったことがあったらいつでも言ってね!あんまり会えないとは思うけれど、図書室には東戸さんと一緒によく行くようにするから!』
勝手に東戸さんも巻き込んじゃうけれど、きっとりほちゃん絡みだからついて来てくれるだろう。目をキラキラさせるに違いない。
『ありがとうございます!心強いです!』
『来週から、やってみる?』
『はい、そのつもり、です!』
東戸さんにも伝えておかなきゃな。結構長い時間話していたようで、すっかり日付は変わっていた。りほちゃんとはおやすみをして会話を終え、私は東戸さんにいとくに意味のないスタンプを送った。東戸さんとのラインはいつもこんな感じで始まる。
『おはよー』
明日は休みなので、まだ起きてたみたい。返信はすぐに返ってきた。
『きいてきいて!りほちゃんのことなんだけど…』
東戸さんは話を聞くととても嬉しそうで、今から月曜日が楽しみだといっていた。同じ学年じゃないのが本当に残念だけれど、応援してるよ、りほちゃん…!
つづく