99.お読みなさい!
「姫よ、そのように硬くならずとも良いのです。今日の招待客は王家に近しい者たちばかり。あなたの披露目をするというだけのこと」
「は、はい!王妃様!」
「やり直し。この扉が開くまでは妾はそなたの母です」
「は、はい!お母さま!」
来て欲しくないと思っても、来てしまうのが明日というもの。
大丈夫、夕べウィルとも特訓したし、ちゃんとしっかり覚えてる。大丈夫…大丈夫…。
「…怖いですか?」
王妃様が私の顔を横目で見る。
「怖い…ですか?」
「ええ。誰でも見知らぬ土地で見知らぬ人間に囲まれるのは恐ろしいもの。姫のように違う国から来たならば尚更のこと。妾も輿入れから数年は、よく人知れず泣いたものです」
「お母さまが…?」
いつでもシャンと背筋を伸ばして、少しの隙もないこの人が…?
「姫、妾が教えてやれるのは一つのみ。茶会は戦場です。笑顔で相手を打ち負かすのです。いいですか?相手の考えを読むのです!」
「読む…?読んで…いいのですか!?」
「当然です。読んで読んで読みまくるのです!!さすれば自ずと勝ちは見えてくる。さあ遠慮なくお読みなさい!」
思念を読んでもいいなんて…!!
「さあ、扉が開きます。行きますよ」
「はい!王妃様!」
なるほど、笑顔で相手を打ち負かすとはよく言ったものだ。人間とは何て大変な生き物なのだろう。
ニコニコ、ホホホ、と愛想を振りまきながらも、頭の中ではあのドレスはどこそこのものだとか、あの宝石はレプリカだとか、言葉と思念が全く一致していない。…器用すぎる。
王城で一番日当たりが良いとされる庭に、着飾った夫人たちが群れをなしている。
「みな、よく集まってくれました。今日は王太子が見初めた美しい真珠をそなたたちに披露するための会。存分に楽しんでいってちょうだい。さ、姫。挨拶なさい」
うっ……大丈夫大丈夫…。
「…クレイン共和国より参りました、シャロンと申します。まだまだ途上の身ゆえ、皆さまにご指導たまわりたく存じます」
よし、何とか台本通り…。
ほっと息をつけたのもここまでだった。
「さあ、ゆるりと過ごしてちょうだい」
王妃様の一言で、戦いの火蓋は落とされた…。
「姫がお忍びでフェザントにいらっしゃった時に殿下に出会われたのですよね。まるで女神のお導きですわ!(そんな偶然あるもんですか。一体どうやって縁組なさったのかしら)」
えーと…前髪が鉤爪に見えるこの人はハリソン伯爵夫人。喋り方は夢みがち…たぶんこの人。
「ありがとう、ハリソン伯爵夫人。毎日女神に感謝しておりますわ。下町で迷ってしまった私を助けて下さった方が、まさかフェザント王国の王太子殿下だとは思いもせず……」
という設定を貫くことになっている。
「殿下が恋に落ちる姿が目に浮かびますわ…。(それで王太子妃になるなんて、ハニートラップかしら)」
ええと、フォークのようなまつ毛だからカート伯爵夫人。…ハニー?蜂蜜…?罠…。私がウィルを蜂蜜でおびきよせた…?
「いいえ、カート伯爵夫人。私すごく叱られて、憲兵事務所に連れて行かれましたの。だから二度目にお会いした時は思わず逃げてしまいましたわ」
「まあ!オホホホホ!」
「あらあらウフフフフ」
とかなんとか迫り来るご夫人たちの思念を読みまくっていた時、王妃様から扇越しにコソっと声がかかる。
「姫、あちらの夫人たちへはあなたから出向く方がよいでしょう。…正式な妃になるまでは」
王妃様の目線の先には四人のご婦人たち。
おそらくマリーが言っていた宰相夫人と三役の奥方とやらだ。
体は動くことを拒否しているが、足が勝手に体を運ぶ。
向こうも絶対に私に気づいているはずなのに、チラリともこちらを見ようとしない。
ウィルも言っていた。
『どうにもならなくなったら他のご夫人は放っておいてもいい。注力すべきはこの4人だ。……強敵だよ』
…なるほど。
強敵とは闇の魔女みたいな化け物じゃなくて、美しくたたずむ人たちなんだな。




