94.ポポロと薬
「先輩!できたぞい!!」
ポポロが弾む声を隠し切れずに、宿屋の私の元へやって来たのはまだ夜更けと言える頃だった。
私はというと、寝ぼけたのか何なのか、起きたらいなくなってたウィルを尋ね人の魔法で見つけて、隣の部屋から転移で連れ帰ったところだ。
ほんとに世話が焼ける。
「ポポロ、おつかれさま。さすがの手際だね!」
「まぁの。昔は薬作りは村の貴重な財源だったんじゃ。今は治癒魔法が発達したからのぉ。さっぱり売れんようになって作るのをやめたんじゃ」
「…そっか」
「…あ、儂、空気読めるいい後輩じゃから、日が昇る頃にまた来るぞい」
「え…あぁ、うん。まだ村の人寝てるもんね」
そっとベッドに戻って、ウィルの寝顔を見る。
…顔色が少しは良くなるといいんだけど。
そう願いながら、彼に少しだけ睡眠魔法をかける。
「(シャロン起きてる?)」
頭の中にテリーの声が響く。
「(起きてるよ!)」
「(起きてるならドア開けて!もう…限界。眠い)」
はいはい。
ウィルを起こさないように、そっと部屋の入り口を開ける。
「(…シャロンもう起きたの?眠れない?昼間けっこう魔法使ったのに…げっ!!)」
ベッドによじ登ったお猿が、変な声を上げる。
「(…げって何よ)」
「(ウィル…ここで何してるの?)」
「(はぁ!?見たらわかるでしょ!寝てるのよ!)」
「(…一人で?)」
「(……ちょっとちょっとテリー、そういう見えないお客さんの話は二人の時にしてよね!気になるじゃない!あー!水晶玉持ってくればよかった!!)」
「(…察した。じゃおやすみ)」
…何を察したっていうのよ。
朝、太陽が姿をはっきり見せた頃、再びポポロが風呂敷包みにたくさんの薬を入れてやって来た。
「最初は大工のとこじゃ!先輩、はよ来んか!」
「はいはい!ちょっと待って!」
やはり私の感じた通り、〝クレインの薬〟は、抵抗なく村に受け入れられている。
ポポロは薬と交換に村の様々なものを手に入れられて、終始ご機嫌だった。
「ポポロ、種を持ってる農家さんのとこ行こうか?」
「そうじゃな!それが一番の目的じゃ!」
最後に村を見て回りたいというウィルと、ウィルの護衛のバートさんと別れ、私たちは村の外れの農家を目指す。
「農家さんには何の薬を頼まれたの?」
「魔女の湿布薬じゃ!儂…男じゃが、そこは愛嬌ってことで……」
「あはは!私の師匠も男だけど、湿布薬作ってたから!」
…心はもしかしたら違うかも。美しいものが好きだし…。
「(お師匠に聞いてみようか?)」
「(やめて)」
師匠がお父さんってだけでもうんざりするのに、その上お母さんまで兼ねられたら頭が混乱する。
やはり農家さんもポポロの湿布薬を大変喜んでいた。
「先輩のおかげで儂の村もしばらくは安泰じゃ!見てみい!こんなにたくさんの種!!風呂敷に入り切れるかのぉ!」
ポポロはホクホク顔である。
「…いや、大丈夫でしょ」
ディノが小さく呟くが、魔法の風呂敷が膨らむなんてすごいことなんだからね!
「よかったね、ポポロ。…本当は勝手にフェザントに来るのはダメらしいんだけど……」
そう言葉をかけると、ポポロが首をかしげる。
「それなんじゃが、やっぱりどう考えても納得いかん。儂の村にはちゃーんと言い伝えが残っておる!『困った時には湖を渡れ』ちゅーて、子々孫々書き付けを大事に残しておるんじゃ!」
「…え?」
「フェザントの王様がくれた書き付けじゃ!王様がいいっちゅうもんを、何でイケメンがダメって言うんじゃ!おかしいじゃろ!」
ポポロの発した言葉に、私とディノは顔を見合わせる。
王様が…?
「…シャロン様、この件は後で殿下に確認しますので」
「…うん」
ドレイク村には…何か秘密があるみたいだ。
ウィルと合流した私たちは、湖のほとりでポポロの船出を見送る。
「…あの船で、この湖を渡れるのか…?」
皆がそう思うのも仕方がない。ポポロの船は、帆をかけただけのイカダにしか見えないのだから。
「…人形とボートを交換した方が良かったんじゃないの?」
テリーまでが声を出して心配している。
「大丈夫よ。風の羽渡したし。あ、いや、師匠の宝物庫から…借りた…けど返す予定無いし。見てて、ポポロならちゃんと使えるから!」
ボートがこぶしぐらいの大きさになるまで岸から離れた時、ポポロがこちらに大きく手を振り出した。
私も両手を大きく振ってそれに応えた。
「気をつけてねー!!」
私の叫びに応えるように、湖に突風と渦が起こる。
そしてボートが水面を離れ…
「「「飛んだ!!」」」
ウィルたちの驚きの声を残して、ボートはそのまま見えなくなった。




