9.お仕事です!
「シャロちゃんシャロちゃん!」
「どうしましたか?マリリン姉さん」
なぜかこの店では、先輩のことを姉さんと呼ぶ。いや自慢じゃないけど、私あなたより100歳は年上なんですけど?
「あそこの7番テーブル見た?超イケメンがいる!あれはきっとやんごとない人よ!お近づきになりた〜い!!」
やんごとない…メモメモ。ちょいけめん…メモメモ。
人の国での修行なのに、今さらになってようやく人間と関わることに辿り着いた私は、とにかく知らない言葉を覚えるところから始めてみた。
知らない事を知っていけば、いずれ〝運命の相手〟が何なのかを理解して、正しい未来視ができるような気が…しないでもない。
「シャロちゃん、ちょっと行って来てよ!うまく席付けそうだったら声かけて!ね?」
「はあ……」
これだ、これ。仕事内容でいまいち理解できないのが、この姉さんたちの謎解きみたいな言葉だ。
いや言葉自体は理解できる。…意味がわからん。
これまたテリーに相談したら『新種の呪文かもしれないから何でも覚えてみろって師匠が言ってる』とかトンチンカンな回答しか返って来ない。
姉さんの思念を読んでみたりもした。しかしながら出てくる内容が…これまた理解できない。
私は本当に馬鹿のようだ。
二週間前までは、間違いなく自分が天才だと思っていた事が恥ずかしい。
「7番…7番。壁側後方、仕切りがある席。えーっと、やんごとない?ちょいけめん?がいる……」
ちょいけめんに何て言うんだったっけ…。
とりあえず蛇腹折りの仕切り右側から顔を出す。
「らっしゃませー?うさぎいりますか?」
ひょこっと体ごと仕切りの中に滑り込んだ私を待っていたのは…
「………ブーーーッッッッ!!」
どこかで見た事があるディノが吹き出した、盛大なビールのシャワーだった。
「ごめんごめんごめんねっ!!ほんっとごめん!!お化けが出たかと思ったんだよ!!」
どこかで見たディノにタオルでワシャワシャと顔面を拭かれる。
「いえ大丈夫です。ちょちょいと乾かしますんで。それより…あなた…ちょいけめん?」
「はい?」
「いえ…やんごとない、ちょいけめんに何かしらの用事があるんですけど……」
違ったのか。そもそも、ちょいけめんの意味を先に調べるべきだった。
「では、失礼します」
クルっと踵を返そうとすると、腕をむんずと掴まれる。
「ちょちょちょっと待って!君シャロンちゃんでしょ!?もうすぐ戻って……来たよ」
「…?戻って…?」
振り返りながら私を素通りするディノの目線の先を追いかけると……目をまん丸に開いたウィルがいた。
「シャロン…?君ここで何して…というかその格好!」
格好?
「ああ、やっぱり耳は私も変だと思ってたんです」
「耳……」
「ええと、そうだ、まずは言わなきゃならない事があった。らっしゃませ?うさぎ…いりますか?」
「………………は?」
途端に凍りつく7番テーブル。
あれ?この人魔法使い…?
「………君……意味わかって言ってるの?」
意味…はっ!もしや!
「ウィル…意味わかるんですか!?教えて下さい!」
「……ちょっと、外に出ようか。ディノ、この店ガサ入れて」
「はいいっ!!」
ニコッと笑いながら頭のてっぺんからコートを被せられ、なぜか腕を引っ張られるようにして連れ出された店の外。
…というか路地裏。
私にはちゃーんとわかった。これは怒っている人の行動だ。
師匠の家をお菓子…しかも全部蜂蜜蒸しパンの家に変えた時に、ニコニコ笑いながら家から蹴り飛ばされたから。
しかしなぜこの男が怒る。
「シャロン…あなた、何をしてるんです?」
「何を…?見ての通り仕事です!」
私はどーんと胸を張り、両手を腰に当てて自慢する。
「……仕事。へぇ?仕事。ここがどういう店かわかっていて働いている、と」
「そう、そこなんですよ!オーナーがすごく親切で、お猿も一緒に暮らせる部屋を貸してくれたんです!でも姉さんたちの話す謎解き言葉が理解できなくて…。どうやら私馬鹿らしいんですよ。まーったく言葉がわかりません!」
「……………。」
私を見るウィルは…画家が人生をかけて描いたド下手な絵を見て、ちょっとでも褒めなきゃなー…みたいな目をしていた。