85.お忍び
「どうしてもこれだけは避けられないから最初に言うね。君とウィルには一人ずつ護衛が付く。お忍びだから、影の方」
「影………」
「…ディノだよ」
「え!!あぁディノ!!え、影?ディノ見えてるよ?」
「…もう無視するね。ディノは今は君の影護衛なの。妥当な判断だと思う。ディノは君の事情を全部わかってるから」
「…普通の護衛とは違うの?」
「違う。それについてはまた今度。とりあえず君にはディノが付く。それでウィルには…影の頭領が付くんだ。一番上の人」
「……あー……なるほど、分かってきた。その人の前で転移しても大丈夫なのかな」
「うーん、そこなんだよ。何度もウィルに聞いたんだけどね、笑いながら大丈夫だよって言うんだ。何でもディノのお父さんらしくて」
へー…………。
ずっとずっとライ師匠に会いたかった。
ウィルの奥さんになる事にちょっとだけ自信がなくなったことも、眠れなくなったことも、ライさんに相談してみたかった。
宮殿のみんなは優しいけれど、私に気をつかっていることぐらいわかってる。
…普通の人間の女の人なら、ライさんなら、怒ったり笑い飛ばしてくれそうな気がしたんだ。
でも、こんな大事になるなんて…。
「「殿下、シャロン姫、いってらっしゃいませ」」
大勢の見送りがずら〜っと並ぶ中、私たち5人を乗せた馬車は王太子宮を出発した。あ、5人じゃなくて4人と一匹。
『僕だって羽を伸ばす権利はあるでしょ?』なんてお猿が言ったから。
テリーに羽……可愛いかもしれない。
「…(お忍びじゃなかったの?見送りたくさんいたんだけど)」
「(お忍びじゃん。非公式訪問なんだから)」
「…(非公式)」
「フフ、シャロン心配しないで。本当のお忍びはここからだよ」
少し顔色の悪いウィルが言う。
…無理したんだろうな。いや待て、最近ウィル思念読んでる?
「顔見たらわかるよ」
「!!」
やっぱり…読んでる!!
「フハハ!殿下と姫は仲が良くてらっしゃる。いやはや、ディノの言う通りですな!」
「しーっ!!親父しーっ!!」
「…へぇ、バートに情報は筒抜けなんだね」
「で、でんか、いえ、そのぉ……」
「…嘘だよ。シャロン、紹介が遅くなったね。彼らは王家…正式にはロストラム家に代々仕える、バンティングの一族だ」
「バンティング?」
「さよう。私はヒューバート・バンティング。今のところ一族の頭領をしております。シャロン姫、息子に誰か紹介してやってください」
「親父…ほんとやめて。あーもうだから一緒に仕事なんて嫌なんだよ!!」
「何を言う。フラフラしていつも振られてばかりおるだろうが。殿下が身を固められたら次はお前だ!殿下にお子が産まれたら影を増やさねばならん!ワシはもうさすがに無理だ!」
「「………………。」」
バートさんがドーンと胸を叩く。
「とにかく、我らヒューバートとランディーノ、しっかり影に徹しますので、遠慮なく過ごしてくだされ!」
二人はお揃いの黒髪に焦茶色の目。バートさんはディノより少し大人びていて、顔つきも精悍だ。
「なんか…愉快な人だね」
「僕の親世代は比較的こういう感じの人間が多いんだよね。はぁ……」
「せっかくカッコいいのにね」
「かっこいい…?バートが?」
「うん。強そうだし、髭もないし、かっこいい男の人って感じ」
「…バート、覆面。顔出さないで」
「なんですと!?」
「…(シャロン、怪物から小悪魔に成長中?)」
「(えー?どうせなら高位悪魔がいい!すっごく強いよ!)」
「(………小悪魔も無理か)」
わいわいと騒がしく馬車で走ること二時間あまり。
窓の外に森と瀟洒なヴィラが見えて来た。
「ああ見えたね。一応あそこが今回の目的地…ってことになってる。…無人だけど」
「…ああ!作戦その1!」
「そう。あそこを中継にしてドレイクまで行くよ。腕の見せどころだね。楽しみだな」
よーし!ウィルを本当のお忍びに連れて行くからね!




