81.テリーのお願い
「シャロンが…寝てない?」
「うん、そう。多分1日に30分くらいしか寝てない」
30分…?
「…いつから?」
「ひと月前からかな。…婚約披露パーティーの夜から」
「…!!」
…食事は普通に取ってた。講義も休まず出てる。夜会いに行った時も何も…。
「シャロンはどこか…悪いんだろうか」
もしかして精神的に…。
「いや、まぁ…そりゃ色々あると思うけど、一応まだ修行中だからね。本人が乗り越えなきゃならない事もあるだろうし。ただ……」
「ただ…何?」
「…一日10分でいいんだ。一人になれる時間を作ってあげられないかな、と思って」
一人になれる時間……
「…ウィルにだから話すんだけど……」
僕は何もわかっていなかった。
僕は彼女のことを何もわかってやれていなかった。
…自分に舞い込んだ幸運に浮かれていた。
僕が彼女を手に入れたことで彼女が何を失ったのか、全くわかっていなかった。
…最低だ。
僕は…本当に最低だ。
「シャロン様、本当にお上手になられましたね。立ち姿も堂々とされて、これならば一先ず合格圏でしょう」
シャロンの部屋の中からマナー教師の声が聞こえる。
「本当に!?ウィルの隣に立ってても恥ずかしくない!?」
「ホホホ、今の言葉遣いは0点です」
「れい…てん……」
彼女の喜ぶ声で胸が痛くなる。
彼女が気を落とす声で胸が詰まる。
…僕たちはもっと話す時間が必要だ。
コンコン
シャロンの部屋の扉をノックする。
「はい、どちら様でしょう」
侍女の応えがある。
「まあ殿下!シャロン様!シャロン様!」
「マリー、どうしたの…ってウィル!?」
「シャロン、ちょっと来て」
彼女の腕を掴む。
「えっ!えっ、まだレッスンが…!」
「いいから」
「まぁ!では私どももお供に……」
追いかけて来ようとする侍女たちを手で制する。
「誰も付いて来なくていい。…二人にして」
「ウィル!ウィルってば!どこ行くの!?」
ウィルの様子がおかしい。私、何か怒らせるようなことした?それとも…がっかりさせるようなこと?
「ウィル……」
彼の歩みは止まらない。
宮殿を出て、グネグネと何度も道を曲がる。
いったいどこまで行くのだろう、そう思った時だった。
「…シャロン、ここを君に任せたい」
「ここ…?」
ウィルに案内された場所。そこにはフェザントで初めて見る建物があった。
「温室…?」
ウィルがこくりと頷いて、ものすごく大きな温室の鍵を開ける。
「うわー広い!すごいね!さすがお城……あれ、花がない?」
ものすごく大きな…広い……空間?
「シャロン…ごめん」
「え…?」
ウィルが急に私を抱きしめる。
「…眠れてないんでしょ……?」
ーー!
「なんで、そのこと……」
秘密にしてたのに…。
「テリーに…聞いた」
「テリーに…」
『ウィル、シャロンはここに来てから明らかに魔法を使う機会が減ってるんだ。公爵邸では掃除したり転移したり、何かと細々魔力を減らしてたんだけどさ。…魔法使いは…魔力が充ちてると眠くならないんだよね。そもそもシャロンは魔力が多いだろ?』
「そっか…。テリー気づいてたんだ……」
無理矢理勉強に付き合わせてたのもバレてたんだ。
「僕が…気づいてあげるべきだった。何も言わずに連れて来ておいて、本当に…ごめん」
「ううん、ウィルは何も悪くない。だって、私、何も言わなかったもん。…わかりっこないよ」
ウィルが腕を緩める。
「シャロン、僕には…話しづらい?受け止められそうに見えない?」
ーー!
「…よく言われるんだよね。僕に弱味を見せたら切り捨てられそうって。…冷たいって。別に誰に何を思われてもどうでもいいんだけど、君にも同じように思わせてるなら……」
ウィルが…冷たい?
「…それはビックリ。ウィルってどちらかというと熱い人なのかと思ってた。いつも一生懸命仕事してるし、色々考えてるし…。私や師匠のこと、受け入れてくれたでしょう?冷たい人なんて思ったことない」
これは本当に思ったことない。一度も。
「だったらどうして何も言わないの?理不尽に城に連れて来られて、毎日毎日講義とレッスン漬け。嫌だとか辛いとか…色々あるでしょう?」
……だってそれは…私のせいだもん。




