8.消えた少女
「閣下…いえ、主、王都西の一区から七区までしらみ潰しに捜索しましたけど…それらしき人物は見つかりませんでした」
「そうか……」
忽然と消えてしまった少女を探して一か月が経った。
あの日、彼女の占いがもたらした情報のおかげで、7人もの女性が行方不明となっていた王都を恐怖に陥れる事件はようやく一応の解決をみた。
「それにしても蓋を開けてみれば変質者の妄執が原因の、普通の事件でしたね」
「そうだな………」
7人もの人間を地下に幽閉していた男が普通かと言われればそれは少し語弊があるだろうが、形としてはよくある…ただの拉致事件だ。
拐われた女性が衰弱はしていたものの全員無事であったことも幸いして、事件の騒ぎは次第に落ち着きを見せている。
問題は…先に解決したはずの、もう一つの事件だけが胸のしこりのように残ってしまったことだ。
「捜索範囲を広げますか?まだ少し人員も増やせますが…」
「……………。」
憲兵として潜り込ませている部下のディノが進言してくる。こいつにしても、彼女の件は喉に刺さった小骨のようなものだろう。
何せ彼女は、あの少しの、ほんの僅か目を離した隙に、幻のように消えてしまったのだから。
「彼女…シャロンは、はっきり言ってかなり目立つ。髪色も…瞳の色も。これだけ探して見つからないという事は、王都にはもういないのかもしれない」
「ですが…家財道具一式を持って、あの短期間にどこに移動したというんです?」
「それは…わかっている」
あの夜、いなくなった彼女を探してあの占い屋まで大急ぎで戻った。彼女が帰っているか確認するために。
でもそこで見たのは…空っぽの室内。文字通り、空っぽの…。
もはや、何もかもが理解できない。
「それにしてもあの子可愛かったですね〜。連絡先交換しとくんだったな〜」
「は?」
「老婆の格好の時は頭おかしいのかと思いましたけど、中からあーんな美少女が出て来るなら、もっと話しとけばよかった」
「……………。」
老婆の姿ではなくても、凄まじく頭が…いや、黙っておこう。
「捜索は打ち切ろう。おそらく…事件に巻き込まれたとは考えにくい」
…自分の意思でいなくなった。ほぼ間違いなく。
「…わかりました。まぁ、主が女の子泣かすのなんて今に始まった事じゃないですしね!気にしたってしょうがないですよ!次行きましょ!次!」
「…は?」
「そうそう、南にいいお店できたって話題なんですよ〜!今夜どうです?事件解決の祝杯に!」
……………。
「シャロちゃ〜ん、5番テーブル料理とお酒おねが〜い!」
「はいっ!」
5番テーブル5番テーブル、窓側一番うしろの円卓。
料理、料理、何か気持ち悪いグネグネした生き物の足のバラバラのやつ。
お酒、お酒……ビールぐらい私でもわかる。
「お待たせしましたー!ビール2つとグネグネ…バラバラ料理です!」
「わっはっは!グネグネのバラバラって何だい姉ちゃん!これはタコだよ、たーこ!」
「たこ…。たこ、おいしいんですか?」
「おいしいよ〜タコ。どう?一杯奢ろうか?」
「んー…たこは気になりますけど、仕事中なんで!まいどありー!」
「わっはっはっは!まいどありーって!!」
働くって…大変だ。
逃げるようにして家財道具をまとめてみたものの、世の中は世知辛い。女一人とお猿に借りられる家なんて…ほとんど無いのだ。
それはこの一年で十分にわかってた。せめて見た目がもう少し年増だったなら、アパート一室くらいはいけただろうに。
はぁ〜…自分の魔力を恨むわ。
途方に暮れて王都の南方面を彷徨ってた時、声を掛けてくれた人がいた。
何でもカフェを経営しているとかで、働き手を探しているらしかった。
三食賄いつきの寮があり、しかも給金は一日銀貨2枚!プラス出来高…の意味はわからなかったけど、とりあえず二つ返事でお願いして、今日でニ週間。
仕事内容は何とか形になって来た。
問題は…なぜか服装が…うさぎ?なところだ。
なぜ料理を運ぶのに耳が必要なのか、なぜ歩き回るのにこんなに高いハイヒールを履くのか、この編みタイツとやらにどんな防寒機能があるのか、全く理解できない。
テリーに相談しても『見ての通り、僕は年中裸だからね。服を着る理由さえわかんないよ』とかで、全く役に立たなかった。
普段は嫌味なくらい賢いのに。
…やっぱりお猿はお猿だったのだ。