76.挨拶
「ウィル…あの、」
「んー…なに?それよりこのローブ、よく見るとローブ中に黒い糸で無数に刺繍が施されてるね。これ魔法陣だよね。だから光ってるのか……」
「う、うん。自分が覚えてる限りの守護魔法陣を刺繍してあるの」
「へえ、じゃあこれはシャロンが自分で?」
「う、うん、そう。魔力を込めながら……」
って、絶対今はこんな話してる場合じゃない。
というかウィルの膝の上に乗ってる場合じゃない。
ウィル、ほら、ちゃんと正面見て!
何かいっぱい人がいるんだって!
「…こほん、えー…お取込み中大変申し訳ございませんが、本日の行事を進めさせて頂いてよろしいでしょうか…?」
人垣の中から、立派な口髭をたくわえた男の人が現れた。
「ああ、進めて」
ウィルが何でもないことのように言う。
…マナーの課題はトータル64点だったけど、そんな私でもこれはわかる。
「ウィル、下ろして!ローブ見たいなら脱ぐから…!」
ウィルの片眉がピクリと上がる。
「人前ではダメ。絶対ダメ。…しょうがない、ほら隣に座って」
陛下と王妃さまにご挨拶を終え(…たよね?)ウィルに連れて来られたのは、目がチカチカするほど絢爛な造りの宮殿だった。
『ここが引越し先。…僕らがこれから暮らす所だよ。シャロンの部屋、気に入ってもらえるといいんだけど』
部屋…と言っていいのか、ウィルが部屋だと言うのだからおそらく部屋なのだろうが、とにかく広い。
広い空間に何ともまあ丁寧に作り込まれた家具が配置されている。
…ここに私のタペストリーを飾ってもよいものか、少々、いや大いに悩む。
「王太子殿下、シャロン姫、この度の御婚約誠におめでとうございます」
先ほどの口髭の男の人が話し出す。
「シャロン姫の御入宮を言祝ぎに、我々一同ご挨拶に参上致しました」
口髭に合わせて、後ろにずら〜っと並ぶ人垣が一斉に頭を下げる。
隣を見ると、ウィルの口が『がんばれ』と動いている。
ぐっ…!!
頭の中にテリーの声が響く。
「(さっきの王様に比べたら、彼らなんて藁人形みたいなもんだよ。ほら、練習の成果見せて!)」
…ご両親への挨拶もちゃんとできたとは思えないんだけど。
だがしかし!ええい魔女は度胸!やればできる!
「…こほん。皆さま、お顔を上げてください。温かい言葉をありがとうございます。なにぶん不慣れなものですからたくさんご迷惑をかけるでしょうが、助けていただけると嬉しいです」
チラッとウィルを見ると、まるで幼な子を見守るように優しく微笑んでいる。
その顔を見てほっとしたのも一瞬のこと。
実際何とかなった…のはここまでだった。
「シャロン姫ありがとうございます。それではこれより順番に自己紹介に移らせて頂きます。公私共に姫を支えて参る所存でございますので、何卒よろしくお願いします」
え。
「それではまず私から。私は国王陛下の元で宰相職を賜っております、アドルフ・ギブスバーグと申します。以後お見知り置きを」
アド…バーグ。
「…(シャロン、とりあえずニコッとして、〝よろしく〟で流していこう)』
にこっ、よろしく、ね。了解。
宰相の方を向き、ニコッと笑う。
「アド…宰相、こちらこそよろしく」
「…ははっ!」
おっけーおっけー、いけるいける!
「では次は私が。外務大臣のブラッドフォード・グリモンドでございます」
にこっ「よろしく」
「内務大臣コーネリウス・ガロンです」
にこっ「…よろしく」
「大蔵大臣のセオドア•ゴールドでございます」
にこ「よろしく」
「法務大臣の…」
にこ…「よろしく」
あー…頭おかしくなってきた。
「…教育大臣のダスティン・ヘイズでございます」
「にこっ」よろしく。
「?」
「運輸大臣…」
「にこ」よろしく。
「産業…」
「にこ」…よろしく。
「…………フッ…フフ」
右隣から何度も聞いた忍び笑いが聞こえる。
…?
「…腹筋よ、働け!!」
私の左隣に立つディノが何事かを呟く。
…??
「……(ばーか)」
…ああん!?
最後に私付きの侍女だという二人の女の人の挨拶を受け終わるまで、自分が何を喋っていたのか全く気づいていなかった。




