71.淑女化計画
「はい、そこでターン!ワンツーワンツー!いいですよ〜運動神経は問題無し!優雅さは…ホホホ」
「頭に本を乗せて歩く気持ちです。…一冊でいいんですよ」
「まあ!刺繍はとってもお上手ですわ!絵柄は…なんでしょう、地獄絵図…かしら?」
死ぬ…。死んでしまう…。
毎日毎日繰り返されるマナーレッスンという名の拷問。もういっそのこと火炙りにして欲しい。
それもこれも…あの変態が悪い!!
『シャロン、グレゴリー殿から残りの修行期間中の課題預かってるよ。…ふふ、頑張って』
ウィルから手渡されたのは、長いながーい巻き物。
ツラツラズラズラと箇条書きにされた修行内容の最後には、〝シャロン淑女化計画〟の文字。
嫌がらせに違いない。絶対に嫌がらせに違いない。
その証拠に私の修行を見ているテリーは、常にお腹を抱えて笑っているし、なぜか私の護衛とか言って毎日顔を合わせるディノは、常に肩が震えている。
頼みの綱のウィルは引き継ぎとやらが忙しいらしく、ほぼ邸にいない。
極め付けはこのマナー教師たちだ。
厳しい。そりゃもう厳しい。ニコニコしながら容赦がない。
おのれ…いつか全員まとめて素っ裸の石像にして、噴水周りに並べてやる…!
「いやーシャロン、今日も見事なエンターテイナーだったね!最高に面白かったよ!」
ぐぬぬ…!
「ほんとほんと!閣下…あ、殿下も毎日の報告書をそれはもう楽しみにしてて!」
ぐぬぬぬぬぬ…!ウィルまでも…!!
「とりあえずお師匠の課題のうち、合格できたのは〝わからない時は微笑む〟だけだね!一番使用頻度高いもんね!」
「………………。」
「いやいや、芸術表現もけっこうポイント高いと思うな。あの絵は一部のマニアに売れるよ」
「………消す」
「「え??」」
「全員の記憶を根こそぎ消す!!私は消える!!もう知らない!!」
うわ〜ん!みんなの馬鹿馬鹿馬鹿ー!!
「うっそ、シャロンちゃん消えた……」
「…転移して逃げたんだよ」
何よ何よみんなして!私だって頑張ってるもん!!
走った方が絶対早いのに歩いてるし、意味わかんなくても一日に何度も着替えてるし、ほんとは果物食べたくてもスープから飲んでるじゃない!
フェザントの歴史書だって読んだし、貴族名鑑だって覚えたし…いや、これはメモライズしたけど。だって全員同じ顔でしょ!?同じヒゲだし同じ髪型だし同じ化粧だし!!
「はぁ〜…情け無い。逃げ出しちゃってさ……」
肩を落としてトボトボ歩く。
勢いのままにウィルの邸を出てきたものの…これはやっちゃいけなかった。勝手にいなくなったらウィルが心配する。
でも…帰りたくないな。
知らない町並みをウロウロすること小一時間。
石畳で舗装されていた道はどんどん荒れていき、ついにはあばら家が建ち並ぶようになる。
…前に住んでたとこよりボロい家ばっかり。
ここはどこなんだろう。使った魔力から言って、国外ではないはず…。
そんな事をグルグル考えていると、突然背後から怒鳴り声が聞こえる。
「女だからって足元見てんじゃないよ!!払えないなら出て行きな!!」
「な、な、何だ!ガサツな女め!二度と来るか!こんなボロ鍛冶屋!!」
「けっ!ボロでけっこう!こっちこそそんなナマクラ二度と見たかないね!!」
黒髪を高い位置で結い上げて、袖のない服から鍛えられた腕を丸出しにしている威勢のいい女性…。
どちらかと言うと可愛らしい女性が多いフェザントで初めて見る種類の人間に、私の目は釘付けになった。
「…何だいあんた、人のことジロジロ見て。あたしゃ見せもんじゃないよ!」
私の視線に気づいた女の人が、明らかに不愉快そうに私を見る。
「あ…ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて……」
「…はん。どこのお貴族様か知らないが、そんな格好でウロウロして、世間知らずが無事でいられるほどここいらは甘かないよ!さっさと帰りな!」
そんな格好…。今日の格好はダンスの練習用のヒラヒラした動きにくくて重い服…。
「…やっぱり!?やっぱりこれ変な服!?そうじゃないかと思ってた!無駄が多すぎるんだって!」
「…は?」
「よかったー。あなたの服はどこで手に入るの?それいいね。動きやすそう」
「ああ…アレか。あんたどうやってここまで来たんだい?ったくこっちに来な!守備隊んとこ行くよ!」
守備隊…。隊といえば憲兵。憲兵といえば……
「いやいやいや!私何にもしてないから!ちょっと待って!憲兵はダメだって!」
襟元をむんずと掴まれて、ズルズル引き摺られる。
これは…絶対絶命の大ピンチ!!




