7.不完全な魔法
ウィルが腕時計をチラッと見る。
今は午後8時20分。
『色々と聞きたいことはたくさんあるけど、とりあえず後回しにする。君の占いの結果に当てはまる場所は…ここだ』
地図上にグリグリと印をつけられたこの場所は…王都西第六区と七区の間にある、変な形…ウィルによると心臓型…に刈られた木が立ち並ぶ公園。通称〝恋する第六公園〟略してコイロク…らしい。
私はなぜか車の中で、息をする事すら難しいほど、静かに静かに時を待っている。
苦手…すごく苦手だ。静かにするのも時間を待つのも。この指さえ鳴らせたら…いや、ダメだ。時間を進める魔法はリスクがある。
ならば音を消す魔法を使えば、鼻唄くらいはいけるんじゃ…。
くだらないことを考えながら時間を潰していると、ウィルがスッと腕を上げ、腕時計を見せてくる。指差された文字盤の…時間は8時半。
ウィルが人差し指を唇に当てながら、目線を外へと向ける。
誘われた目線の先には…リーナ…。
その距離…この車5台分。単位とかわからない。
シルクハットの男が近づく。
二人がベンチに座る。
ベンチの側には例の街灯。
何やら話が盛り上がっているようだ。
ここまでが…私が視た未来。
この先を…視ておくべきだった。
だって…
二人が言い争う。
男が手を振り上げる。
リーナの体が宙に浮く。
こんな未来が待っていたなら…。
男がロープを取り出す。
ロープをぐるぐると手に巻き付ける。
視ておくべきだった。
あの時どうすればこの未来が視えたのか。
何を条件にすれば良かったの?
運命の相手じゃない。
何を探せば良かったの?
それ以上は…ダメ!
転移しようと指を鳴らそうとしたその時…
「確保!!」
「いけー!逃すな!確保確保ー!!」
「囲め囲めーー!!」
どこに隠れていたのか、ワラワラと大勢の憲兵が姿を現した。
呆然としていると、いつの間にか車外にいたウィルと目が合う。
何も考えずに差し出された手を取り車を降りる。
「もしかして…ここまでは知らなかった?」
こくりと頷く。
「そう…。それは…悪かった」
もう一度こくりと頷く。
「参ったな……」
ウィルが頭を掻く。
「閣下、男の身柄確保しました!」
ディノ…とか呼ばれていた人が報告に来る。
「女性の方は?」
「はい、軽い怪我はありますが意識もハッキリしています。…行かれますか?」
「…そうだな」
ウィルが私をチラッと見る。
その視線に、行って行って、という風に手をヒラヒラする。
「…ディノ、ちょっとこっちへ……」
「…?はい」
しばらく二人が何かを耳打ちし合うのを眺めていたが、話に夢中になっている隙に…私はこっそり転移した。
「おかえりー…遅かったね。僕りんご食べちゃったよ」
質素な部屋に静かに帰ると、使い魔のお猿が出迎える。
「そっか、おいしかった?」
「ええっ!?何その反応!!ムキー!!じゃないの…って、シャロン…?その顔…どうしたの!?何があった!?」
「テリー…ごめんね。せっかく落ち着いて暮らせてたのに。引越し…してもいい?」
「それは…いいけど、もしかしてバレちゃった?」
とりあえず横に首を振る。
だけどおそらく時間の問題だ。
「馬鹿だから…喋りすぎちゃった」
それに…それに…
「修行…やり直さなきゃ…。私、何かがちゃんと理解できてない。未来視…ちゃんとできてなかった」
両手で顔を覆ってうずくまる。
「シャロン…」
テリーが私の肩に乗り、左頬に頬擦りしてくる。
「わかった。またやり直そう。僕らにはたくさん時間がある。…とりあえず泣かせたヤツ呪いに行こうか?」
私は魔女だ。
正統な血筋を引いた、生まれながらの魔女。
使えない魔法なんて無い。
呪文さえ必要とせず、望めば全てを指先一つで叶えられる魔女。
古の理に従い、人の世で修行すること約一年。
この不便で不自由な人の国で、私は初めて、自分が不完全なことを知った。