69.ウィルの結婚
「ははは!それでシャロンはそんなに怒ってるわけだ」
「ウィル、笑いごとじゃないの!っとに私の涙を返せって話よ!」
「フフ、相変わらずグレゴリー殿は素直じゃないなぁ。それで他には?お師匠さん何か言ってた?」
その日の夜、一日の終わりの挨拶にとウィルが私の部屋にやって来た。
昼間の師匠のあまりの言い分に腹の虫がおさまらなかった私は、ソファで行儀悪く足をブラブラさせながら、ウィル相手に愚痴をこぼしていたわけである。
「…他に?あー…あれは何か師匠の勘違いというか、まだまだ私には遠い話というか……」
「遠い話?どんなこと?」
ぐいぐい来るな…。
「ええと…私に子どもが産まれたら呼べって。…自分が育てるからって。子ども嫌いで弟子も取らないくせに何言ってんのって話よ」
「…なるほど。それはいい事聞いたな。最大の難所だと思ってたけど、そうか。グレゴリー殿にも遠慮しなくていいわけだ」
「…ええと、ウィル?」
「シャロン、有難い申し出だってグレゴリー殿に伝えておいて。さすがにフェザントでは魔法使いの子どもを育てる体制を整えることは難しいからね」
いや、にっこり…じゃなくて。
「ウィル、話が読めないんだけど……」
頬に何度もキスを落とすウィルにやんわり抗議する。
「…んー?だから、それは別に遠い話じゃないってことだよ。一年後の結婚式までが遠くないかと言われれば、僕にはかなり遠いんだけど」
結婚式…?
「…ウィル、結婚するの…?」
「するよ」
ええと、ちょっと待って。
いくら私の頭が悪くても、ここはしっかり理解しないといけない気がした。
「シャロン?」
「ウィルは結婚する」
「そうだね」
「…私は子どもを産む。多分ウィルの子」
「そうそう……多分てなに」
よし、ここまでは合ってる。
「産まれた子どもは師匠が育てる」
「…手伝う、でおさめてもらうつもり」
つまり…
「はっ、わかった!私は女王リーシャと同じ道を辿るってこと「大不正解」
「えー!?」
ウィルがやれやれと言った顔をする。
「あのねぇ、グレゴリー殿がどれだけ必死に君を女王にしないために努力したと思ってるの。彼曰く、国家百五十年の計だって話だよ。それもこれも君をリーシャ女王のようにしたくなかったからだろ」
「…え?」
「…つまり、君は産まれた時から女王にならなくていいように守られてたってこと」
「…え!?」
でも師匠は昼間そんな事言ってなかったような…。
「しかも何?シャロンはいまいち僕のこと信用してないよね。君の頭の中で僕は誰と結婚したわけ?」
「ええっと……三日で飽きない人?」
「……なるほど。そこだけ大正解」
ウィルが宙を見ながら何事か考えている。
「シャロン、目つぶって」
「目?」
言われた通りに両目をつぶると、チュッと私の唇が塞がれた。
「んー!」
いきなりは反則でしょ!と言葉にならない抗議の声を上げる。
しかも…長い!!
「んーんーんー!!」
だんだんと頭の中が混乱してくる。
「はい、これでよし、と」
ようやく解放された唇にホッとして、ヘナヘナと床にへたり込む。
「明日の朝までにきちんと正解まで辿り着いてね」
「せいかい…?」
「そうだよ。不正解だったら罰を与えます」
「ば…ばつ!」
「…何がいいかな?」
何で私が不正解になること前提なのよ…!
でもとりあえずこれだけは言っておこう。
「さんすう以外で…お願いします」
ウィルは目を見開いて…
「ははははは!フッフフ、あーはっはっは!あーおかしい。涙出ちゃったよ。フフッ」
…なぜか爆笑した。
「あー可愛い。何で君はこんなに可愛いんだろう。うそうそ、罰なんて与えないよ。明日の朝になれば全部わかるから。…それはヒント。それじゃあ僕は行くね。…おやすみ」
そう言っておでこに最後のキスを落とすと、静かに部屋を出て行った。
残されたのは、まだ頭がフラフラして立てない私と、一連の様子を冷めた目で見ていたお猿…いつからそこにいた。
そして、首元に光る細くて繊細な鎖。
「もしかして、ヒント…?」
鎖の先には…指輪。
複雑な紋章のあしらわれた歴史の古そうな指輪。
私は何か言いたそうなテリーを無視して、その夜ベッドの上で長いこと指輪を天井にかざして眺めていた。




