64.鳥籠の結界
「…なるほど。ウィル君なかなかやりますね。あなたは魔法使いではなくて、猛獣使いの才能がおありだった、と」
こら、どういう意味だ。そこの変態魔法使い。
「ははは、どうでしょうか。…まぁそういうわけで、シャロンはクレインには帰しません」
「そうですか。別に私はどちらでも構いません。煩いのがいない生活は快適ですし」
「…グレゴリー殿は素直じゃないですね」
「何を寝ぼけた事を。…あ、本当に寝ぼけてますか?あなたがた昨夜は……」
「…さあ?」
え、ウィル何言ってるの?さあって何?
「……………とりあえず仕事の話でしたね。犯罪人の引き渡しについてですが…」
師匠の目、死んでない?
一夜明けて、私とウィルは師匠のところにとりあえずの報告に出向いた。
私は修行期間を全うさせて欲しいとお願いするつもりで、頭の中で2つほど対策を練って来たのだけど、披露する場面も無くトントン拍子に話は着いた。
…まぁ師匠が私を連れ帰りたい理由なんてあるはずもないか。
「…そうなのです。例のグレゴリー殿のいとこ……トレバー・マクベルクですが、彼だけからは供述が取れていません。…何も聞こえていないかのようです」
ふーん…。あのそっくりさんトレバーっていうんだ。私に魔法勝負を挑むなんて2000年早かったかな。
「…まぁ、でしょうね。本っ当にこの馬鹿弟子は後先考えないんですから」
「えっ!」
「えっ、じゃないでしょう!えっ、じゃ。シャロン、ウィル君に説明しなさい。トレバー・マクベルクを捕らえた魔法について」
…なんか不穏な予感が。
自分の中では最良の選択だったと思うんだけど…。
「…ええと、鳥籠の結界、です」
「鳥籠?」
ウィルがキョトンとした顔をする。
「うん、鳥籠。彼にはピッタリだと思って……」
ウィルが手に紙とペンを出して、憲兵モードになっている。
「シャロン、具体的に彼はどういう状態なの?黒の家ではかなり饒舌で言葉数が多かったはずなのに、取調べでのトレバーはまるで別人のようなんだ」
「具体的……ええと鳥籠の結界は、自分を捕らえているものの正体に気づかないと解けない結界で…ええと、別名、愛の……」
「違います。全くの逆です!シャロン…感覚で魔法を使ってはならないとあれほど言ったでしょう!!」
「ええっ!?」
師匠が机をバンバン叩く。
こ…これはテリーに聞いた本物の事情聴取というやつでは……。
「ウィル君、鳥籠の結界は、自分が〝捉われているもの〟つまり、〝自分が執着してやまないもの〟の中に精神が閉じ込められてしまう、ちょっとややこしい結界です」
「トレバーは…自分の精神の中に閉じ込められている、という事ですか?」
「そうです。自分が何に執着しているかを理解出来るまで出て来ることはできません。…恐ろしい結界なんですよ」
「…………解くことは?」
「…………できません」
「え?できるでしょ?トレバーが執着しているものなんてリーシャに決まって…あ!リーシャ!えっ?トレバーって女王のこと好き……え?二人は気づいてたの?」
「「…………………。」」
うっそー……。あの短時間でそんな事に気づくの?特殊能力じゃなくて、普通にわかったの?
…どうしよう。死んで150年も経つ人に執着してるなんて、簡単に結界解けないかも……。
「…どうでしょう、ウィル君。私どもに任せて頂ければ、魔法使いの犯した罪は全てつまびらかにできますが……」
「…そうですね。鳥籠の結界の件だけでは無く、実のところ我々の技術ではクレインの魔法使いを拘束しておく事さえ難しいのです。おそらく黒の家の関係者は、全員そちらに引き渡す運びとなるでしょう」
「…長年労力を割かれた事件を自らの手で裁けないそのお気持ちは、察して余りあります……」
師匠とウィルの話し合いは、その後も長く続いていた。
私は二人の話を聞きながら、改めてクレインとフェザントの間にある高くて厚い壁について、ぼんやりと考えていた。




