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63.シャロンの長い夜

 長い夜だった。

 ずっと知りたいと思っていた事と、本当は知りたくなかった事がいっぺんに明るみになって、もし今ここに一人きりだったら消えてしまいたいと思ったかもしれない。そもそも師匠の話を聞く事すら出来なかったかもしれない。

 ウィルがいてくれたから……そう、私が困った時にはいつも彼が側にいてくれる。

 このままクレインに帰るなんて嫌だ……。


「…ウィルと明日もあさっても一緒にいるためにはどうしたらいい?」

 

 目が皿のように大きくなる彼に、伝えたいことがある。

 ちゃんと、自分の口で、伝えたい。


「…ウィル、私ね、〝今〟は全部女王が作った未来だと思ってたの」

「…作った未来?」

 ウィルの言葉にこくりと頷く。

「私がフェザントに来たことも、あの廃墟で暮らすようになったのも、ぜんぶ…ぜんぶ元から決まってることだったなら、私はウィルを…巻き込んでるんじゃないかって………」

 ウィルが静かに私を見つめる。


「でも、占い屋を始めたことは絶対に誰かが決めたことじゃないの。私が、自分で決めたの」

 魔法の真髄がわかれば、正しい未来がちゃんと視えるようになると思ってた。

 でも違う。

「未来はすぐに変わる。少しのきっかけで、すぐに変わってしまう。ウィルが教えてくれたでしょ?過去が今になるために何一つとして欠けてはいけないのなら……今が未来になるためにも、きっと何一つとして欠けてはいけないの。だから…未来を作る魔法なんて無い」

 

 魔法では無理なの。

 でもあなたが教えてくれた。

 未来を作っていく方法。

 いつか来るかもしれない別れなら、私はそれを出来るだけ遠くへ遠くへ追いやりたい。


 …ウィルが、好きなの。

 はっきり気づいたのはついこの間。

 私やっぱり幼くて、頭もあんまりよくなかった。

 自分の気持ちがよくわかってなかった。

 あなたの記憶を消したあの時には、その小さな種はあったのに。

「私ね……」

 ウィルの青い瞳が私を見つめる。

 …言葉にするのって難しい。

 思考を読んでくれたらいいのに……いや、ダメダメ。

 このことについては魔法に頼らないって決めたんだから。


 大きく一つ息を吸う。

 彼の名前を呼ぼうとしたその時、ウィルがスッと立ち上がった。

「…シャロン、僕も君と、明日もあさっても10年後も、できれば100年後も一緒にいたい。そのために出来る努力は何でもする。…君が好きなんだ。本当に、自分でも驚くぐらい、君のことばかり考えてる」

 

 ウィルが……

「ま、待ってウィル!私が!私がウィルのこと好きなの!逆!」

 ウィルがいつものようにフッと笑う。

「…逆じゃない。僕がシャロンを好きなんだよ。絶対に僕の方が君を好きだよ。間違いない」

 あれ、よくわからなくなってきた。

「頭のいいウィルがそう言うならそうなのかも……?」

「ははは!そうそう、それでいいんだよ。その方が楽しい」

 楽しい…?

「…どういうこと?」

 

 ウィルが一歩私に近づく。

「…こうやって君が戸惑う顔を見られる事も楽しいし……」

「え、え?」

「姿ばっかり大人になって、ちっとも中身が伴わない君を染め上げるのも楽しいよ」

「そ、そめあげる…」

「そう。こういう風に……」

 ウィルが親指で私の頬をくすぐる。

「…明日もあさっても一緒にいるために頑張ってくれるんだよね?」

 私は彼の青い瞳をじっと見ながらこくっと頷く。

 すると、彼の唇がふわっと私の唇に落ちてきた。


「…ほら染まった。そうやって固まるのもいいね。…しばらくは。でも毎日のことになるからいつかは慣れてね」

 意地悪な笑顔で私を見つめる青い瞳。

「えっ…無理!毎日はダメ!本当に顔から火が…火が出そう!!」

「…それ、比喩だよね?」

「…うん。さすがに顔からは……」

「… なるほど。余裕ありそうだね。一日2回にしよう」

「う…努力します………」

「ははは!」


 ウィル、ありがとう。

 フェザントに来てよかった。

 占い屋をやってよかった。

 あなたに出会えて、本当に幸せ。

 

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