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62.ウィルの長い夜

 長い長い夜だった。

 

 シャロンに会えない苛立ちから眠れずにいた数時間前。

 ギルバート・ウォーブルの手紙の謎を解いたとき、突然光の中から現れた君はとても美しかった。

 暴れる手紙の前に颯爽と立ちはだかり、僕を、テリーを、そして邸を守ろうとする君は…本当に美しかったんだ。

 君が僕と会う事を拒んだ理由なんて想像に難くない。

 …できれば少しずつ大人びていく過程も見てみたかった気もするけど、少々見た目が変わろうと君に変わりないんだからどちらでもいい。


 

 涙が止まったあと、シャロンがパッと僕から離れ立ちあがろうとする。

 咄嗟に僕は彼女を逃すまいと手に力を込める。

 少し戸惑いながら、やっぱり少しだけ左手で顔を隠しながら、彼女が再び隣に座り直す。

 

 短い静寂のあと、彼女が自分の幼い頃のことをポツリポツリと話し出した。

 テリーとは同じ日に生まれたこと、自分は120年ぐらい生きていると思っていたが、どうやら産まれて150年は経っていそうなこと。

 気の遠くなるような長い時間を赤子として過ごしたらしいこと、物心ついた時にはグレゴリー殿と一緒にいたこと、30年前までは幼児の姿だったこと。

 ようやく十代のような見た目になれて喜んでいたら、昨日いきなり大人になったこと……。

 

 ポツリポツリと、ひたすらポツリポツリと感情を込めずに話しているはずなのに、彼女の言葉の端々からは、言いようのない悲しみが溢れていた。


「…リーシャは私にとってはやっぱり女王としか思えない。母親はずっといないものだと思ってたから。…ギルバート・ウォーブルのことだってそう。知りたいとは思ってた。けど、知ったからって急に親だって言う感情は湧かない。でもね、師匠のことは違うの……。女王リーシャに私の事を押し付けられたんだとしたら、師匠にどれほどの迷惑をかけたんだろうって、本当は私のことなんて育てたくなかったはずなのにって…そう思ったら…もう、言葉にならなくて………」

 グレゴリー殿……。

 彼の本心を僕が推察することが正しいのかどうかはわからない。

 ただ彼の性格と言動から、シャロンに対して並々ならぬ感情がある事は確かだ。

 …女王の行動だってそう。


「…シャロン、君たち魔法使いは相手の思考が読めるよね」

 いつの間にかすっぽりと僕の腕の中に収まった彼女の肩が小さくピクッと動いた。

「思考が読める相手に対して、わがままを言ったり、悪態をついたり、時には心と裏腹の事を言ったりするのってすごく難しい事じゃない?」

「……………。」

「それができる相手は、シャロンにとってどんな人?」

「私にとって…?」

「そう。あえて思考を読まなくても、そうだな…読む必要さえない人?…表現が難しいんだけど」

 少しだけ黙り込んで、何事かを考える彼女。

「人間の世界では、それを信頼って言うんだ。自分が何者であっても、何を言っても、何をやっても、相手は必ず自分を受け止めてくれる。だから…嫌われるような事が出来るし、言える。君とお師匠の間にはそれがあると思うよ」

 …リーシャ女王とグレゴリー殿の間にも、きっとそれがあった。

 言葉に表れなかっただけで、シャロンを…大切な娘を託すだけの信頼が。


「…ウィル、ありがとう」

 腕から抜け出した彼女が、こちらを振り返る。

「本当にありがとう。……一緒にいてくれてありがとう。私…また頑張っていける」

 そう言うと彼女は、初めて僕の前で穏やかな微笑みを見せた。

「あのね、ウィルと明日もあさっても一緒にいるためにはどうしたらいい?何を頑張ったらいい?どうやったら…今が未来になる…?」

 月明かりでキラキラと光る青みがかった銀色の髪。いつになく真剣な紫色の瞳と涙で濡れていたまつ毛。

 まるで魔法のような言葉を紡ぐ薄紅色の唇……。

 

 僕は知らなかった。少年時代でさえこんな事は経験しなかった。

 …同じ相手に二度恋をするなんて。

 しかも今度は緩やかに気づく恋心などではない。

 溢れ出る気持ちが抑えられないほど、激しくて、狂おしい…雷雨のような恋心。

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