61.物語
『グレゴリー、私結婚できない。しないんじゃなくてできないの』
『…どういう事です』
『…お腹に……ギルの子どもが、いるの。…150年前から』
『……………はっ?』
『……………。』
『…女王、いえリーシャ……。あなた、お腹の子に、いったい何をしたのです……?』
『…ギルに赤ちゃんを見せたかったの。だから少しの間だけ、ほんのちょっとの時間のつもりだった。でも女王になって、ここから出られなくなって…ギルは…けっこんして…あたらしいこどももいて、そして……死んでしまった。グレゴリー…わたし…わたし……』
「時間操作の魔法…」
「…そうです。人間に対して使う事は禁忌とされています。リーシャは……ギルに子どもを見せるためだけに、禁断魔法を胎児であるあなたにかけた。いえ、結果として150年、かけ続けてしまった」
頭がクラクラする。私は成長が遅かったんじゃなくて魔法の効果が残り続けてたってこと…?
「何度も何度もリーシャを詰りました。どうして今なのか、もっと早くに言い出せなかったのか、女王自ら禁断魔法に手を出しておいて、その手で誰を裁くのか……」
ぎゅっと目を瞑る。
あぁ…知りたかったことを聞いているはずなのに、どうしてこんなに耳も頭も胸も痛いのか。泣きたいのは私の方なのに、どうして女王が泣く姿が目に浮かぶのか…。
『グレゴリー…私はこの子を…返すべきなの。150年前に産まれていたはずの…この子を』
「あの時ほど誰かに対して怒りと悲しみを覚えた事はありません。…シャロンに聞かせるべき言葉では無いかもしれない。だけどあの時私はリーシャに対して、なぜ私にそんな話を聞かせたのか、なぜ一言だけでもギルに伝えてあげられなかったのか、彼がどんな思いで死んだのか考えたことがあるのか、あなたのような人間は誰も巻き込まず一人で死ぬべきだと……思いつく限りの言葉で罵って…」
ポタッポタッとローブに薄いシミがいくつかできる。
繋がれたウィルの手が少し強くなる。
「そうして産まれたのが…あなたです。そしてあなたを産んだ直後、リーシャは消えた。魔法使いの…最期です」
望まれて産まれて来たわけじゃなかった………。
誰にも言えなかった。誰にも聞けなかった。
どうして私には両親がいないのか、どうして大きくなれないのか、師匠はどうして私を育てることになったのか…。
肩が震える。我慢しても喉が勝手に声を出す。
「…シャロン、これは私が知るリーシャとギルの物語です。あなたは……いえ、何でもありません」
師匠が静かに溜息をつく。
「…ウィル君、以前お話したこと覚えていますよね?私は下がります。……失礼」
師匠の背中が消える。
過去に取り残されたような気持ちに心細さを感じる。
「…シャロン、おいで」
ウィルが手を広げる。
私はウィルの胸に飛び込んでひとしきり泣いた。
ウィルが背中をトントンと鳴らすたび、幼い自分が溢れ出してきて、涙の粒となって消えていった。
ウィルが私の肩口で言葉を紡ぐ。
「…シャロン、人はね、物語を好むんだ」
「…ものがた…り…?」
「うん。楽しい話も、悲しい話も、嬉しい話も、辛い話も…その人にとっての物語だ」
「……………。」
「だからね、僕は…仕事の時は事実だけを頭に入れるようにしてる」
「じじつ…?」
「そう。君の母親はリーシャ・クレストで、父親はギルバート・ウォーブル。君は産まれ、グレゴリー・マクベルクが育てた。フェザントにやって来て、そして…今ここにいる」
今…ここにいる。
「どれか一つ欠けても『今』僕の腕の中にいることはありえなかった。…僕が今日知った事実は、それだけだよ」
「一つ欠けても…ウィルには出会えなかった?」
「そう。いくら君たちが凄腕の魔法使いでも、何もないところからこの結果を作り上げることはできないでしょう?」
何もないところから、今は…作れない。
全てが揃っていたから、ここにいる。
…私は、ここにいる。




