58.手紙
「ウィ…ウィル、今はそういう感じの時じゃないというか、かなり強力な魔力を抑えなきゃいけなくて……」
「いけなくて?」
ウィルの声が耳にかかる。
しまった!背が伸びてたんだった…。
「あの、あとでちゃんとする…?から、ちょっとだけ集中させて欲しいというか…」
「…なるほど、あとで」
別棟の自分の部屋で、夜行性にますます磨きがかかったテリーに少しうんざりしながらクレインでの生活を思い出していた時だった。
邸全体が光ったかと思うと、暴力的とも思える強大な魔力を感じた。
間違いない。あれは女王の魔力。
あの手紙には封印を重ねがけしたはずなのになぜ?
そんな事を思う間もなく、私の体はここに転移していた。
少し緩んだウィルの腕にホッとしながら、私は目の前の手紙に集中する。
光を放ち、風を起こしながら、文字が次々と空中に浮かんでいる。
もう一つ結界を重ねがけするべき…?
そう思った刹那、光と風がピタリと止み、ヒラヒラと数枚の紙が落ちてきた。
「シャロン、邸は無事です!何事ですか?今の魔力は。あれはリーシャの……」
言いながら師匠が転移してくる。
「リーシャ……?」
「おや、あなたたち何だかんだ丸く収まったんです?」
「…はっ!ちょ、ちょっとウィル!離して!絶対にこっち見ないで!」
改めて今の状況を確認すると非常にまずい。顔を見られたらおしまいだ!
「…なんで?」
「な、なんででも!顔が、変だから!」
「……へぇ。どれどれ」
首をぐりんと引っ張られて、ウィルの青い瞳が視界に入る。
「やめてやめて!ほんとに嫌なの!お願い…!」
また涙が出て来る。
「…こんなに可愛いのに?可愛いというか…いいね、すごくいい」
え?え?怪物みたいって言わないの…?
「背…伸びた?」
え、そこ?気になるのそこなの?
「ウィル、背だけじゃないよ!シャロンね、胸も……」
「テリー!!ちょっと黙って!!」
「へぇ……。お猿、ちょっとそこから出ようか」
ウィルがローブから顔を出したテリーをポイっと放り投げる。
「ちょっとウィル!何すんのさ!」
「テリー、図書室の鍵をあげようね。行っておいで。自由に使っていいよ。フフフ……」
「えっほんと?わー!ありがとうウィル!」
ウィルが…なんか黒い?
「ほらあなたたち、イチャついてる場合じゃありませんよ。これはあなたたち二人が読むべきものです」
師匠、イチャついてるって何ですか?って聞きたかったけど、空気を読んだ。
「僕たちが…ですか?」
「正確には、性悪女から、あなたの先祖への手紙です」
「「性悪女……」」
確かに手紙一つでこれだけの大騒動を引き起こす人だ。多分まともじゃない。
「これは…フェザントの言葉ですね。シャロン読める?」
「…たぶん」
読めるには読めるが、意味がわかるかは別の話だ。
「一緒に読もう。おいで」
応接セットのソファに座り、ウィルと手紙を覗き込む。
対面には何だか難しい顔をした師匠。
私は久しぶりにパチンと指を鳴らして、師匠の前に彼が好きなお酒を出した。
「…シャロン、本当に大人になったんですね……」
なんてことを呟きながら、師匠がグラスをあおる。
「シャロン、最初の文読んでごらん」
「わかった。ええと、鍵を見つけてくれてありがとう!どうだった?すごく綺麗な光だったでしょ……手紙を書くのにかかったじかんぶんのまりょくをこめました……あってる?」
「「………………。」」
「その手紙書いた人って頭大丈夫かな。下手したら国際問題だよね。たまたま師匠とシャロンがいたからよかったけど。んじゃ僕図書室行くね!」
「…そ、そうね、テリー。アハハ…。行ってらっしゃい」
ゴトッ
「はぁ……。何ということでしょうか…。死んでも治らないんですね……」
グラスをテーブルに置きながら、師匠がおそらく失礼な溜息をつく。
今思えば、テリーがいなくなる時は私がピンチに陥る時だったと、しっかり思い出しておくべきだった。




