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57.残る謎

「…シャロンが部屋から出て来ない?」


 邸に帰って仮眠を取り、軽く食事を取りつつ書類を捌き、ようやく彼女に会えると思った矢先、別棟は訳がわからない事になっていた。


「…ええ。何度も説得するのですが泣くばかりで、結界に閉じこもって出て来ないのです」

「何があったのです?」

「…足が…少々」

「…足?怪我でもしたのですか?」

「腕も…少々」

「腕も!?」

「極めつけは、顔が……けっこう」

「顔…!!医師は呼んだのですか!?どんな状態なんです!大事ではないですか!!ジェームズ!宮廷医を…むぐむが!」

「ウィル君、落ち着いて下さい。医師にはどうする事もできません。そして…私にも。お役に立てず申し訳ありません」

「何が…あったのです」

「…申し訳ありません。シャロンが私に泣きながら願い事を言うなんて初めての事なのです。…お教えできません」

 グレゴリー殿が僕に頭を下げる。あの、グレゴリー殿が。


「……明日まで待ってもこの状態でしたら、一度クレインに連れ帰ります」

「ちょっと待って下さい!クレインに連れ帰るって、その後は…こちらに戻って来るんですよね!?」

 グレゴリー殿が溜息をつく。

「…シャロン次第です。もしもの時は、フェザントへの賠償は別の方法を考えます。…巻き込んでしまって申し訳ありません」

 また彼が頭を下げる。

 彼のこの姿を見ただけでも、彼女に大変な事が起きた事は想像に難くない。

 僕の頭の中は真っ白で、考えるべき事も、やるべき事も、何も浮かんで来なかった。




 

「シャロン、もう泣き止んで出ておいでよ。僕はもう体の感覚に慣れたよ」

「テリー……」

 扉の外でウィルと師匠が何かを話している声がする。ここでこんな事しててもしょうがない。それはわかってる。わかってるんだけど…。

 もう一度床に伏せた鏡をひっくり返す。

 映るのは、涙でグチャグチャになった、女の人…になった私。

 また涙が溢れて来る。

 

『………一度クレインに連れ帰ります』

 師匠の声が聞こえる。

 クレインに帰る…?

 帰るの?

 修行は…終わり?

 それとも、やり直し?

 帰ったら、どうなるんだろう。

 



 


 飾り気の無い自室で、眠るか眠らないかの何ともまどろっこしい時間を過ごしていた。

 彼女が泣いて見せたがらないほどの何か…。

 怪我、火傷、皮膚病…色々頭の中を通り抜けては行くが、どれも僕の中では決定打にならない。

 …そんな事、どうでもいいからだ。

 僕の心を痛めつけるのは、〝彼女が話してくれない〟という事実のみ。

 僕は彼女にとって、信用に足る男じゃないと思い知らされただけ。

 

 ふと開け広げた隣の執務室の机の上を見る。

 花瓶に生けた青い花。

 いつまでも青いままのブルースター。

 花のお礼にと、カードと一緒に買った焼き菓子。結局半分以上ここで食べてたっけ。

 そうそう、手紙を読みながら……。

 手紙……そう、まだ解けない謎。


 結局眠れないならばもう一度だけ見てみよう、ただ単にそう思っただけだった。

 淡くキラキラ光る手紙。シャロンが訳してくれた内容と、不思議な文字を一つずつ見比べる。



『あなたがもう戻らないことはわかっている。私は私が生きた証として、あなたとの約束を果たすことをここに誓おう。いつの日か、私とあなたの運命が再び交わらんことを…。

変わらぬ愛を込めて ギルバート・ウォーブル 』


 僕ならどんな時にこの手紙を書くだろう。恋を諦めた時?違うな、諦めたものに対してこんなに情熱を注ぐか?それよりも…何かを固く誓った時……。

 誓い…誓約、契約………約束?


 魔法陣のような複雑な文字。

 一つ一つが意味を持つ紋様ならば、助詞を省いて名詞と動詞だけだと仮定する。約束に対応する文字は……。

 指でそっと触れる。

 ………『約束』………

 そっと呟くと、ほぼ同時に手紙から光が放たれる。

 風が巻き起こる。

 凄まじい風が。

 窓がガタガタと鳴る。

 目を開けていられない。

 体が浮く……!

 そう感じたほんの僅かな瞬間、僕は誰かに抱き止められていた。



「防御結界!!ウィル、私に捕まってて!師匠、邸に保護結界を!テリーはローブの中に!私は魔力の元を抑えるから!」


 いつもより少しだけ大きく見えたその背中を、僕は後ろから抱きしめた。


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