54.目覚め
寝ても寝ても眠い。
夢うつつに枕元を見れば、相変わらずテリーが眠ったままなのが目に入った。
そっと体に触れて、ちゃんと温かいことを確認する。
こうする事で自分も生きているんだと実感する。そう、幼い時からの習慣なのだ。
そう言えば、さっきの夢の中に師匠が出てきた。今みたいに微笑みをたたえた悪魔のような顔ではなく、なぜだか泣きそうな顔をしていた。
そして誰かを責めていた。本気で怒っていた。
…あの女の人は誰なんだろう。
師匠の夢なんか見たら一瞬で覚醒しそうなものなのに、今日の私はやっぱり調子が悪い。
寝ても寝ても…眠いのだ。
混乱したままの頭を抱えて、僕はディノの運転する車で公爵邸に向かっていた。
…なぜか助手席にグレゴリー殿を乗せて。
「グレゴリー殿、先ほどの話は一体何なのですか?あの言い方だと、まるで僕がクレインの姫に長年片想いして来たかのような……」
後部座席からグレゴリー殿の後頭部に文句を言う。
「おや、違いましたか?どうもあなたの顔を見ていると、300年ぐらい叶わぬ恋に悩んでいるように思えたのですけどねぇ?」
300年……
「ははあ、なるほど……。グレゴリー殿、お互い隠し事は無しにしましょう。あなたはギルバート・ウォーブルを知っていますね?」
グレゴリー殿が顔半分だけ振り返りニヤっとする。
「ふふ、いいですね。やはりあなたを弟子にする事にします」
「ごまかさないで下さい!弟子になっても魔法が使えるようにはならないのでしょう?雑用係は御免です」
「おやまあ、ふふふ。そうですねぇ…あなたも秘密を一つ明かすというのはどうでしょう。…気になってるんでしょう?あの子の…年齢」
「!!」
この人は…頭の中でも読んでいるのか?
「魔法使いには年齢なんて意味がないんですけどね、人間はそういう訳にもいきませんものね。ちなみに、あなたの許容範囲は何歳までなんです?あの子は…当然範囲外だと思いますけど」
……彼は本当に食えない。
「なかなか意地の悪いことをおっしゃるんですね。僕が気にしているのは彼女の年齢ではありません。彼女はちゃんとした…成人した女性なのか、まだこちらでいうところの十代の少女ぐらいなのでは無いかと、それを気にしているだけです」
「あ!確かにそれは困りますね。十代の子に長年片想いしていたなんて話になったら、あなたも変態の仲間入りですからね!ははは!」
……会話が面倒くさい。
「ウィル君、貴方の質問も、シャロンの年齢も、その答えは全く同じところに行きつきます。そうですね…シャロンもそろそろ知るべきなのでしょうね。…ギルバート・ウォーブルとリーシャについて」
リーシャ…黒の家であの男が何度もその名を口にした女性……。
「ウィル君、あなたは賢い。おおよそ気づいているのでしょう?でもシャロンに話すべきか悩んでいる。一つだけ分からないことがあるから。違いますか?」
やはり…頭の中を覗かれている気分だ。
「…私、欲しいものがあるんですよねぇ」
「……クレインにガソリンはあるんですか。それが無いと車は走りませんよ」
「……!あなた、私の頭の中覗きました!?」
…やっぱり覗けるんだな、この人たち。
テリーの公爵邸での目覚めは、事件から二日後の真夜中のことだった。
そして私の意識の覚醒は、テリーの絶叫によって引き起こされた。
「ギャーーー!!」
「きゃーー!!って何て声出してんのよ!!……テリー?あなた目が覚めたの!?」
「ギャーーー!!」
「寝起き早々失礼しちゃうわね!!人の顔見て絶叫するなんて!!」
「……いやーーー〜〜!!」
テリーの絶叫が響いたのだろう。邸内がにわかに騒がしくなる。
「ちょ、ちょっと馬鹿テリー!静かにしなさい!!」
パニックで暴れ回るお猿を追いかけ回す。
「テリー、待ちなさいってば!!」
ドタバタすること数分、部屋の扉がバターーンと開く。
「シャロン!何ですか騒々しい!」
なぜか最近隣の部屋に住み着いている師匠が飛び込んで来た。
「し、師匠、ごめんなさい!テリーの様子がおかしくて…。あの子どうしちゃったんだろ。呪いがきつすぎたのかな………」
謝りながら変態師匠の顔を見る。
「…師匠?何ですか、その顔」
驚愕に見開かれた目、開きっぱなしの口、固まった体…。
麻痺の呪いにでもかけられたかのように、フリフリレースのナイトキャップを被った気持ち悪い師匠は、部屋の入り口に突っ立っていた。




